188:祈りの刻 その十
一見して武器こそ身に帯びてないが、恐ろしくごつい装備を身にまとった連中が棚の間を歩いているかと思えば、いつの時代だよ! とツッコミたくなる術師仕様のローブ姿の人間の姿も見える。
驚くべきことに一定の割合でどう見ても人間じゃない部位が体のどこかに存在している者すらいた。
外の家電量販店ではまず見掛けない光景だ。
この店舗は棚の間がやたら広々としていると思っていたが、あんなのだらけではいたしかたあるまい。
そんな風に売り場を確認してみているとやがておかしなことに気づく。
うちの人気商品である特許取得の調理ポット以外でもうちの商品が他のブランド家電よりも目立つ所に置いてあるのだ。
明らかに性能はブランド家電のほうが上、しかも値段もそう変わらない。
うちは二流ではあるが、価格がガクッと下がるノーブランドとは違ってそう安い訳ではない。店としては売り出しにくい中途半端な立ち位置にあるのに、おかしな話だった。
そこで俺は今まさにうちのキッチンスケールを選んでいるいかつい冒険者らしき男に声を掛けてみることにした。
「よお、景気はどうだ?」
「ああん?」
男は怪訝そうに俺を見たが、俺はニヤリと笑みを浮かべて片目をつぶってみせる。
「ちょっと先輩の意見を参考にしたいんだけど駄目っすかね?」
「ふむ、まぁ聞きたいってことによるわな、何がしりてえんだ?」
「物を選ぶ時のコツって言うか、こういう電化製品なんすけど、こっちのメーカーのほうが色々出来ることが多くて便利そうじゃないっすか。でも先輩そっちの機能が少ないほうを選んだっしょ、なんでかな? と思って。値段は大体同じですよね」
「けっ、だからトーシロは駄目なんだよ。見ろ、こっちの製品はボタンのないタッチパネル式でしかもこの繋ぎの部分にネジなんかの部品がねえだろ? これはあれだ、一度バラしたら再度の組み立てが出来ないタイプの品だ。その点こっちは昔ながらの部品を組み立てて作ってある製品でバラしても再度組み直しが容易だろ?」
「ああ、改造前提なんですね」
「たりめぇだろ。冒険者なら自分の使い勝手のいいようにカスタマイズするのは当然だ。ちょっとした効率の違いが命に関わったりするんだからな」
「よくわかりました。先輩ありがとうございます」
「おおよ、お前もあの迷宮の景気に誘われて冒険者に乗り換えた口かもしれんが、そんな初歩で躓いているようじゃ二層がせいぜいだぞ? 無茶せずに手堅くいくんだな」
「先輩マジで良い人っすね。そんけーします」
「いいってことよ。冒険者は相互扶助が信条だからな」
いかつくて毛深い冒険者の男はガッハッハと笑い声を上げながらピンクのキッチンスケールと一緒に可愛らしいウサギの形のキッチンタイマーを選んでレジへといった。
なんかシュールだな。
「こりゃあ根が深いぞ」
ちょっと離れた所で別の商品をチェックしていた流と伊藤さんにそう報告すると二人から何か言い難い視線を向けられた。
なんだ?
「隆志さん違和感なかったですよ!」
伊藤さんがグッと親指を立てて評価してくれた。
いや、それはちょっとうれしくないかもしれないぞ。
「お前、あっちの世界のほうが向いているんじゃないか? 自然に馴染んでいたようだったな。しかし、あんな風によくもまぁ話を聞けるもんだな」
「言ってろ。前に聞いたことがあるんだが、冒険者は格下相手には助言や手助けを惜しまない奴が多いらしい。そういう伝統なんだとか」
「へぇ、意外と文化的だな」
「いや、野蛮人じゃないんだから、単なる職業だからな? 冒険者も」
「ああいうのを見ているとそうは思えないがな」
流が顎をしゃくるとそこには二組の冒険者が剣呑な雰囲気になっているのが見えた。
店員が慌てて商品の移動をしている。
棚や展示台は全部コロ付きか、しかも慣れているな。
「おい、それは俺が先に手にとったブツだろ、なんで横からかっさらうんだ?」
「ああん? てめえは一度手を離しただろうが? 手を離した瞬間にお前には権利がなくなったんだよ。バカじゃねえの?」
「付属品を棚から取るために一度置いただけじゃねえか、元の場所に戻した訳じゃねえだろうが!」
「元の場所に戻さないマナーの悪い客は多いからな、おまえがそうじゃないって俺は知らねえしな」
ゲラゲラと男が笑えばその仲間らしき連中も笑う。
笑われたほうの男はすっと表情を消すと無言で踏み込みパンチを繰り出した。
なかなか早い。
なにより予備動作が少ないので動きを読みにくいのがいかにも実戦向けだ。
だが相手も易易とはその攻撃をヒットさせない。軽くやや斜めに体を傾けると丸太のような腕で相手のパンチの起動を変えた。
お互いにこの一手は様子見というか挨拶代わりのようでそれぞれの顔には驚きも焦りも見えなかった。
片方が足を横にスライドさせると相手は逆側に片足を踏み出す。
互いの間合いをじりじりと侵食しようと隙を伺いつつ動くその様は、よく動物のオス同士が行っている縄張り争いの前哨戦のようだ。
「おい、貴様ら」
そこへ登場したのは警備員の制服を着た初老の男だった。
「争いごとなら定められた場所でやれ。店内でやるな、迷惑だ。出入り禁止を食らいたいか?」
争いごと専用の場所があるのか? すげえな特区。
するといがみ合っていた二組は戦闘態勢を解除してその警備員に対して頭を下げた。
「失礼しました」
「悪かった。騒がせたな」
おお、収まったようだ。
なかなか秩序があるじゃないか。
男たちは端末を取り出すと、それぞれにそれを操作して互いに何かを確認すると一人が会計に向かった。
「首を洗ってまっていろ」
「へっ、てめえこそ遺書を書いて震えてるんだな」
どうやら警備員の言う通りに別の場所で決着をつけることになったらしい。冒険者には冒険者のルールがあるということか。
「なんか独特の世界だなこりゃあ」
「古い時代の開拓者の映画でも見ているようだったな。それかあれだディストピア物だな。この街が観光地として人気があるのも頷けるな。毎日がこんな具合じゃ外の人間からしてみれば映画の世界にでも紛れ込んだような気分だろう」
「アトラクションと違って現実だから巻き込まれる危険も大きいんだけどな」
「この調子じゃコロシアムみたいな物があっても不思議ではないな」
「あ、ありますよ、コロシアム」
俺たちが話していると伊藤さんが思いもかけないことを口にした。
あるんか、マジで。
「事前に特区のことを色々調べたんですけど、冒険者同士は話し合いで決着が付かない場合は戦いの勝敗で決めることが多いらしくて、それを行うための特別なスタジアムをコロシアムと呼んでいるようです。戦いを公開して見物料を取っているとか」
「ああ、それが今言ってた別の場所か。なんというか斜め上に治外法権な場所だな」
「とりあえずどっかで食事をしながら今後の方針を話し合おう。思った以上に常識が違う。顧客との接触にも事前情報が必要だな」
「りょーかい」
「はい。わかりました」
流の提案に俺と伊藤さんがうなずき、家電量販店を後にした。
短い時間でわかったことは、冒険者は自分の使う道具はカスタマイズするのが当たり前だと思っているらしいということだった。
これはもうちょっとサンプリングが必要だがあの常識だろ? 的な話しぶりから確定っぽい気がする。
問題は改造品についてメーカー保証の範囲外であることをどう納得させるかだろう。
もちろん冒険者側もそのほとんどは無償で交換しろとか修理しろとか言ってきている訳ではない。だが細かい部品の販売や、有料での修理を当たり前のこととして要求して来ているのである。
無償修理を要求している者もいなくはないしな。そいつらにこんこんと諭すという対応もしなきゃならん。
クレーム対応も担当者がいるにはいるが、既にパンク寸前らしい。
これらの対応をマトモにしていては会社の製造ラインにまで影響が出てしまう。
なにしろうちは二流のメーカーであり、工場は二箇所にしかない。
オートメーション化している部分はもちろんあるが、人の手に頼っている工程も多かった。
修理などの作業は中でも熟練の作業員の仕事になる。
マニュアルから外れた仕事ほど能力の高い人間にしか出来ないからだ。
冒険者という新たな市場は魅力的だが、同時にやっかいな問題を抱えているともいえた。
早急に対策マニュアルを作り上げる必要がある。
「俺の思うに、冒険者用にカスタマイズ専用の商品を発売すべきだろうね」
「と言うと?」
流の提案に俺は眉をしかめた。
ただでさえ面倒な所に面倒を追加するだけの提案に思えたのだ。
「基本的な性能しかないベース製品を売りだして。それ用のカスタマイズ周辺機器を別売りにするんだ。そうすれば冒険者が勝手に好きなように改造するし、必要なら修理するだろう」
「それって、会社に持ち込まれる修理や部品交換を逆に売り物にしてしまおうって話か?」
「ああ」
「在庫管理やら仕入れなんかが煩雑にならないか? しかも市場は特区だけ、駄目だろ」
「だが、冒険者の要望を容れるなら同じことだし更に社員の手間が増える。販売してしまえば内部の負担は減るはずだ」
「問題は市場規模ですね。特区のポテンシャルがどのくらいか正確に把握しないと会社も判断が出来ないでしょう」
結局その日はそれぞれの意見を纏めて伊藤さんが初日のレポートを作成して終わった。
なんというか前途多難だな。




