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エンジニア(精製士)の憂鬱  作者: 蒼衣翼


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187:祈りの刻 その九

 部屋の中は清潔感があり、テレビジョンとテーブルとソファのある居間とトイレ付きの風呂と小さめのキッチンが一つ、寝室が二つと個別のトイレがもう一つある。なかなかゆったりとした造りだ。

 ベッドルームは片方はベランダ付き、片方は出窓でウォークインクローゼットがあった。

 協議の結果、俺がベランダ付きを、流がウォークインクローゼットのある方を選ぶ事となる。まぁ流は衣装持ちなので当然と言えば当然か。俺は服なんぞ着替えのシャツとジャケットと下着ぐらいだ。

 携帯用の電算機の端末はそれぞれのベッドルームに設置して書類仕事はそこで行う事とする。

 専用共鳴を利用した会社用のクローズドネットの接続が出来るかを確認して、会社に到着の報告を入れておいた。


「よし、てかなんか仕事というよりも旅行気分だな」


 学生時代はよくハンターの仕事で日本中を遠征したものだが、こういう宿泊施設に泊まることは実は少なかった。

 大体は依頼者の家に泊まったり、野外テント生活だったりで、まともな宿泊施設を初めて利用したのは中学校の修学旅行という始末だ。

 そのため宿泊施設イコール旅行という意識が俺の中にはあるのだろう。


「それにベッドがやたらでかいな、家族サイズか?」


 一人で使うにはちょっとどうかと思うような大きさのベッドが部屋の大半を占めていて、スペース的にもったいない気がする。

 まぁ普通は旅行客が使うということを考えればベッドは大きいほうがいいのだろう。

 何かをするには睡眠が大事だからな。特に体力を使う特区の散策とかは絶対に疲れるはずだ、体も気持ちも。

 とりあえず少ない荷物の片付けも終わったので居間へと戻った。

 流はまだ来ていないのでキッチンを覗いているとノックの音が響く。


「あ、はい」


 おお、画像付きのインターフォンがあるぞここ。


『あ、隆志さん、片付け終わったので来ちゃいました』

「あ、ちょっと待って開ける」


 見た目はマンションなのだが入り口は自動錠になっていて閉めたらそのまま鍵が掛かってしまう仕組みなので、開けておくことは出来ない。

 これって鍵を持ち出し忘れたら大変なことになるな。ポケットに入れておくか。

 玄関扉を開けるとそこには目をきらっきらさせた伊藤さんがいた。

 どうした? 伊藤さん。


「お部屋、すごく可愛かったです」

「そうなんだ」


 伊藤さんは入るなり俺たちの部屋を見回した。

 特にソファーをしげしげと見ると、ちょこんと座る。

 スーツ姿からややラフなワンピース姿になっていてなんとなく社会人というより高校生ぐらいのお嬢さんのように見えた。

 うん、可愛い。


「こっちの部屋のほうが大人向けって感じがしますね。私の部屋はアンティーク調の家具でまとまっていて、とても可愛い感じでしたよ。後でお二人でいらしてください」

「え? いや、さすがに女の子の泊まっている部屋に男二人が押しかける訳にはいかんだろ」


 なんせ自動錠だから入り口を開けておくということも出来ない。

 なんかで止めておけば開けておけるかな?


「日のある内ならいいんじゃないでしょうか? 自分の部屋というよりも宿泊施設ですし」

「招くのは付き合っている隆だけにしておくのが無難だろう。俺は遠慮しておくよ、馬に蹴られたくないしね」

「馬?」

「流お前なにすっかりくつろいでるんだ? どうせすぐ食事を兼ねて下見に出るんだぞ」


 日本のことわざに詳しくない伊藤さんが戸惑っているが、さすがに俺から説明しにくい。

 というか、流のやつ部屋着に着替えているし。マジで旅行気分かよ。


「その時はまた着替えるさ。部屋にいる時に外向きの服装は息が詰まる」

「その気持ちわかります。部屋にいる時は楽な格好がいいですよね」

「そんなもんか」

「お前のように自宅でも完全武装の奴にはわからないだろうな」

「さすがに家で完全武装は無いぞ、防刃シャツとナイフぐらいは装備しているけどな」

「ほらな」

「さすがです」


 何がほらで何がさすがなのかわからないが、なんとなく居心地が悪くなった俺はキッチンへと逃避した。


「ここ、うちのコーヒーメーカー置いてあるぞ。ああ、でもコーヒー豆が無いな」

「あ、それじゃあ買い物リストを作りますね。コーヒー豆を一週間分と、お米も買っておきましょうか自炊しますよね?」

「あ、そうか、自炊出来るんだよな。そうすると野菜や肉とかも買いにいかないと駄目だな。っと、調味料のたぐいもないし」

「一気に所帯じみて来たな」

「ご飯はここのキッチンでまとめて作りましょうか? そのほうが材料も無駄が出ないですし」

「そうだな、調理当番は交代制でいいか」

「ちょっと待て」


 俺と伊藤さんが大まかなルール作りを始めていると、流が急にストップを掛けた。


「なんだ?」


 流は酷く真剣な顔で俺たちを見ている。

 まさか高級料理を作れとか言うんじゃないだろうな? 無理だからな、特に俺は。


「俺は料理など作ったことがない」

「はあ?」

「えっ?」


 俺と伊藤さんの不思議そうな視線にたじろぎながら流は少々言い辛そうに続けた。


「調理当番は無理だ」

「いや、だって、学校でやるだろ? 家庭科の時間に」

「そういう勉強もあるんですね」


 俺の言葉に伊藤さんが感心する。

 そう言えば伊藤さんは小中高の学校生活を経験してないんだな。


「家庭科の実習は同じ班の女子が全部やってくれた」

「死ねよ」


 反射的に俺は口走っていた。

 伊藤さんがびっくりしたように俺を見る。

 いや、仕方ないだろ? 普通だれだってそう思うよね。思わない?


「無理に俺がやると食えないものが出来上がるとしか思えないんだが、それでもいいならやるぞ」


 当の本人はまったく気にした風もなく、そんな感じで開き直って堂々と言い放つ。

 こいつめ。


「でもそれって不公平ですよね。あ、じゃあこのお二人の部屋の掃除は室長がするということでどうでしょう?」

「え、でもそれじゃあ優香は負担があるだけになるだろ、不平等じゃないか」

「さすがに私の部屋の掃除は男の方にしてもらうのは嫌ですし、料理の負担は半分に減りますから全然問題ないですよ」

「ふむ、掃除なら俺も家でやっているから大丈夫だろう」

「まぁ優香がいいなら俺は問題ないけどな」


 と、そんな感じで一週間の間のルール決めを行い、一段落付いた所で周囲の偵察を兼ねて食事と買い物に出ることとなった。

 俺は上着さえ着替えればそのまま外出OKだが二人共完全に部屋着なので外出着に着替えるために部屋に戻る。

 こうやってすぐに外出するのになんで着替えてしまうのか、本当にわからんな。

 とは言え、俺も改めて装備している武器などのチェックを行った。

 ナイフはもちろんのこと、いくつかの攻撃用の符と鎮圧用の閃光符、怪異用の術陣や色々な応用が効く水晶素材などもジャケットの下のベルトの隠しやジャケットの内ポケットなどに入れてある。

 場所が場所だけに油断は禁物だ。

 あと、仕事用に精製用の素材と調整用の音叉を別のポーチに入れて腰のベルトに装着してあった。

 何と言うか、二つの仕事がクロスオーバーしたようでちょっと変な感じがするな。


「待たせたな、出るか」


 流が部屋から出て来てそう言ったので俺は首を横に振ってみせた。


「いや、優香が出て来るのを待とう。絶対あっちのほうが時間掛かるから男二人が部屋の外で急かせるのはまずいだろ」

「ほう、お前もそういう配慮が出来るようになったか。どうだ、彼女が出来ると世界が広がるだろ?」

「ぬかせ」

「もし、お前たちの関係にくちばしを突っ込むような輩が出て来たら相談を受け付けるぞ、それなりに俺にもやれることはある」


 いきなりそんなことを言った流にぎょっとする。

 いつも俺たちの関係にはあまり感心がない風だったくせにそういうことを言ってくれるとなんというか驚きが先に立つな。

 それにこいつ実家を出てるから上に対する影響力はそこまでないはずなんだよな。


「ああ、まぁ期待せずに相談するわ」

「ぬかせ」


 お互いにニヤリと笑うと玄関からノックの音がした。

 というか伊藤さんチャイム使わないよね。

 そのまま合流した三人でホテルの外へと繰り出す。

 本格的に動くのは明日からとしても下見は大事なのだ。


「今日はまだ案内頼んでないから戻ってこれる範囲で動くからな。帰りはタクシー拾えば大丈夫とは言ってもやっぱり自分達で道順認識出来るほうがいいし」

「マッピングなら任せてください」


 伊藤さんが手帳を手に持って張り切っている。

 マッピングって、ここはダンジョンではないのだけど、……いや、うん、まぁ、ダンジョンに近いかもしれないな、この街は。


 ホテルの一階フロアはカフェになっていて朝食や昼が面倒な時はここで食事を摂るのもよさそうだ。

 すぐ近くにコンビニ発見、これには全員のテンションが上がった。

 大通り沿いなので外部からの出店の店舗が多く、有名な大衆食のチェーン店も見付けた。

 しかし、目立つのは服飾関係で、しかも外とは全然違うミリタリー調がメインだ。

 防弾、防刃服や術式を施された物など、オーダーから量産品までなんでもござれとなっている。

 だが、さすがに表通りには武器の類のショップは見当たらない。

 そんな風にうろついている内に大きめの家電ショップを発見したので視察に入った。


「おお、うちの調理ポットがメインを張っている。感動するな」

「実際に売っているのを見ると違うな」

「なんだか嬉しいですね」


 そこには目立つ展示スポットに置かれているうちの商品があった。

 やっぱり売れ筋なんだな、開発メンバーとしては誇らしい限りである。


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