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19、古民家は要注意物件 その八

 怪異モンスターの銀鱗が手の中のナイフよりも鋭い輝きを放つ。

 どうやら武器を持つ俺に気づいて攻撃の優先順位を変えたらしい。

 弱さよりも危険性を優先する。

 それはいかにも死に怯える生物らしい選択だ。


 怪異は、固定化されるまでは不滅の存在だ。

 散らしたり封印したりは出来るが、一度発生した怪異はその元となる概念が滅びない限りは消え去ることはない。

 だが、固定化し顕現した怪異は、肉体を得るのと同時に生物の業をも背負う。

 そう、固定化した怪異モンスターは死ぬのだ。


 とは言っても、連中には寿命が無いし、滅ぼしたはずなのに復活した例など枚挙にいとまがない程ある話なので、やっかいなことには違いは無いが、ともかく、連中は死ぬからこそ本能的にそれを恐れる。


「よしよしいい子だ。来いよ、相手してやるぜ」


 怪物然とした魚野郎の、体と同じ銀色をした目に狡猾な光が浮かぶ。

 先ほどのようにすぐさま突進することなく、グッとその全身をたわめると、その周囲に光のもやのような物が渦巻き始めた。


「気をつけろ!魔法が来るぞ!」


 昔取った杵柄か、伊藤父、ジェームズ氏が素早く気配を察知してこちらに警告を飛ばす。

 固定化した怪異モンスターのやっかいな所はこれだ。

 人間は道具や文言に頼らなくては魔法を使えないが、こいつら固定化した怪異は意識のみで超常の力を使いやがる。

 なんというか、とことんフェアじゃない存在だ。


 俺は胸のベルトホルダから、素早く針入り水晶の結晶を抜き出した。

 所持している二種の水晶にはそれぞれ違う役割がある。

 透明度の高い水晶の結晶は、完成された調和を表し、高い精度の封具になる。

 既に怪異が固定化した今回は使えないが、それ以前の状態なら、この小さな結晶で半径100mぐらいの薄い怪異なら軽く封印出来るのだ。

 そしてもう一つ、この針入り水晶は攻撃に使う。

 針入り水晶というのは、結晶化の際に不純物が入り込み、あたかも内部に針を閉じ込めたように見える水晶のことだ。

 これの発する波動は全く予測が付かない上に強力で、精密部品を扱う界隈では乱結晶として嫌われていた。


「ちょっとうるさいが我慢してくれよ!」


 俺はそう断りを入れると、手の中の針入り水晶を軽く投げ上げて、それをナイフの背で叩き砕いた。


「ぐっ!」


 途端、くぐもった、あるいは声にならずにただ空気を吐き出すのみの悲鳴が満ちる。

 一瞬視界が歪んで見える程の不協和音、世界を遮るノイズが走った。

 わかっていて構えていた俺ですら、ぐらりと足元が揺らいだ気がしたぐらいだ、予測していなかった者はたまったものではなかっただろう。

 俺と、一切の外部波動を受け付けない伊藤さん以外は、その場の全員が地に伏せてしまった。

 よい子は真似してはいけませんという注釈が付きそうな場面である。


 だがそれだけの意味はあるのだ。

 魚野郎の発しようとしていた魔法は、この乱れた波動を受けて強制キャンセルを食らい、本体も受けた衝撃に身悶えしている。


「ふん!」


 俺は強い呼気による自身の波動で体内の歪みを瞬時に調整すると、やや捻りを加えた踏み切りでその場から跳んだ。


 怪異は固定化して既存の何かを模した形態を取ると、弱点もそのベースとなったものに準拠するという特長がある。

 これは連中が概念そのものの化身である弊害なのだろう。

 とは言っても、元となった存在からは比べ物にならない程強化されてはいるんだが。


 俺の僅かな捻りの入った跳躍は、ナイフを構えた右手を魚野郎の側頭部へと導く。

 魚類の弱点は、むき出しの呼吸器官であるエラだ。

 やや赤み掛かったいかにも硬質な銀色のそこへ、俺は思い切り狩猟用のゴツいナイフを叩き込んだ。


 刃先が触れた刹那、弾くような感触と、逆に何か軟らかい物が肌を這うような感触が等しく腕に伝わる。

 俺はそれらを一切無視して、捻った体の回転を利用して、更にエラを深く抉るように力を込めた。


 ギシャアァ!という車の事故の時に金属同士がぶつかってひしゃげるような音が響き、それがこの魚モンスターの苦鳴の声だと気づいた時には、着地した片足で更にもう一度跳んでいた。

 傷付いたエラを庇うように思わず仰け反った相手の動きに合わせて、残った反対側のエラも潰す。


「馬鹿か!祝福も無しに接近戦をやるなど!」


 かすれたような耳障りな声はかのワンコである。

 俺はその声をきっぱりと無視すると、両エラをやられてのたうっている銀鱗の魚体をじっと観察した。

 奴はその場の分厚いテーブルを叩き割り、床をぶち抜いて最期の足掻きを続けている。

 くそっ、弟が、浩二がいればこんな無様な破壊を許しはしなかったものを。

 自分の力不足が情けない。


 そんな俺の自責を他所に、怪異モンスターの凶器のような歯を並べた口が、今は酸素を求めて激しく開閉していた。

 生まれ立てのこのモンスターは、今、未知なる死を学んでいるのだ。


 やがてヤツはビクリと一回大きく体を震わせて動きを止め、その存在を解きほぐし始める。

 その、キラキラと光る怪異の残滓を、俺はベルトホルダから取り出した透明な方の水晶に絡め取った。


ばく!」


 輝く想念の切れ端は、色の無い水晶を淡く銀に染めて封印された。

 俺は懐から懐紙を取り出すと、やたら面倒な折り方でその水晶を包み込み、自分の髪を一本抜いてそれを縛る。


 ……痛え。

 しかも髪が勿体ねえ。

 じじいが禿げてる原因って封印のし過ぎじゃないだろうな?


「貴様!なぜ都内で武器を携帯している!犯罪行為だろうが!」


 とりあえず落ち着いたのか、ワンコが元気になぜか俺に突っ掛かって来た。

 お前、ごめんなさいはどうした?

 俺はともかくとしてここの住人にまず謝れよ。

 色々言いたいことはあったが、とりあえず面倒なので先に相手の疑問を解消してやることにした。


 首から下げて服の中にしまっておいた小さな金属プレート状のライセンスを引っ張り出してそれを示す。


「ハンター?」


 それを見て、意外にもすぐに反応があったのは伊藤父のほうだった。

 いや、冒険者だったというその経歴を考えれば当然か。

 あくまでも自称であり公的な立場を持たない冒険者と違って、ハンターは国際ライセンスだ。

 当然そこには義務と権利が生じるが、その特権の一つに武装判断がある。

 ハンターは、それが必要だと判断した場合、それがいかなる場所であろうとも武装が認められるのだ。

 もちろん対怪異の資格である以上、怪異に備える意味での武装に限るけどな。

 なので非武装地帯で帯剣するために、今回わざわざもう使わない予定だったライセンス証を引っ張り出したって訳だ。


「くっ、た、たとえハンターでも、いや、ハンターだからこそ、祝福無しで接近戦など正気の沙汰とは思えないぞ。精神汚染が恐ろしくは無いのか!」


 ワンコ、凄くしつこいです。

 もしかして俺を心配してくれてんの?感激だなあ。

 棒読みの台本のような馬鹿なセリフを、自分の頭の中で転がしながら、俺はかなり投げやりでいい加減に応えた。


「幸い俺は汚れにくい体質たちなんだよ」

「ふざけるな!」


 ふざけるなとは俺が言いたい言葉だ。

 奴の、本来大事なはずのことを置き去りにした言動に、そろそろガツンとかまそうかと思っていた俺の背に、


「木村さん!」


 少しうわずった、慌てたような声が掛けられる。


「大丈夫でした?あれってモンスター化した怪異なんですよね?ごめんなさい!こんなことに巻き込んでしまって」


 あれ?謝るべき奴が謝らないのに、謝る必要の無い人が謝ってるよ。

 世の中って不思議だな。


「いや、伊藤さんは何も悪くは無いですよ。むしろ被害者じゃないですか、謝らないでくださいよ」


 溜め息混じりにそうなだめる俺の耳に、ぽつりと、独り言のようなその呟きが飛び込んだ。


「なるほど『木村』か……」


 声の中の見下すような響きに、すうっとコメカミの奥に血が集まるのを感じる。

 俺は伊藤さんから犬野郎に向き直り、無言で奴に歩み寄ると、きっちりと締められたその首のネクタイを掴み上げた。


「な……」


 何をする!と言いたかったのだろうか?一言だけ吐き出された音のみを零して、その口がパクパクとただ動く。


「いいか」


 俺はゆっくりと言い聞かせるように告げた。


「ここはお前たちの奉じる神のおわす神聖王国じゃない。ここは日本だ、大日本帝国だぞ。この国にはこの国の法があり、それに照らして罪がある。これ以上罪に罪を重ねるのはやめることだな。既に怪異の顕現という大罪を負った身で、それでも足りないというのなら別だけどな」


 俺の言葉を理解したのだろう、奴の顔が青く染まる。


「失敗から学べることもあるだろうさ。受け入れることが出来れば、お前は今よりきっと強くなれる」


 言いたいだけ言うと、俺は奴から手を離した。

 奴はいかにも今まで息が出来なかったかのようにゼイゼイと荒い呼吸をして咳き込んでみせる。

 わざとらしい、嫌味な奴だ。


 一つ息を吐いて振り返ると、伊藤さんが物凄く困ったような顔で俺を見ていた。

 どったの?


「も、申し訳ありません!」


 突然の第三者の声に驚くと、すっかり忘れ去られていた不動産屋の人が頭を床にこすりつけていた。


「今回の損害は全て当社が見ます。この家の建て直しについても、伊藤様にご負担をお掛けすることはありませんので」


 そうそう、これがまっとうな社会人の態度だよな。

 営業はいかに頭を効果的に下げることが出来るかで決まると言っていいと、外回りの連中がいつも言ってるし。


「ふむ、しかし、まあ、怪異がモンスター化したにしては随分と小さな被害に留まったものだ。ハンターというのは凄いものだな。……優香、彼氏の紹介にしてはやたらと派手なお披露目になったな」


 どきりと胸が激しく鼓動を刻む。

『彼氏』だ……と?

 伊藤さんはその父親の言葉に溜め息を吐くと、


「違います。言ったでしょう?会社の同僚でこういうオカルト関係に詳しい人なんだって、木村さん、父が変なこと言ってごめんなさい。ただでさえこんな大変なことになってしまって申し訳ないのに」


 照れることすらなく、心から申し訳なさそうに謝ってくれた。

 

 ……いや、わかっていたさ。本当はわかっていたんだ。

 でもさ、男ってほら、期待してしまうもんだろ?

 色々それらしいことがあると、ちょっと期待するよな?


「いえ、気にしないでください」


 何か凄く気力が萎えた俺は、その後駆けつけた対策室の武装班相手への説明も酷く億劫で、つい、長年の知り合いを頼ってしまうことにした。


「何から何まで本当にごめんなさい。それからありがとうございました」


 鳴り響くサイレンと武装した大勢の人間に恐慌状態に陥りかけていた彼女とお母さんを落ち着かせて必要な手続きをして、とにかく伊東家の人は被害者ということで本日の所はどこかゆっくり出来るホテルを不動産屋が手配してくれたようだった。

 いきなり事情聴取とかにならなくてほっとする。

 正統教会のワンコは当然のことながらしょっぴかれた。


 ざまあみろ。


 ぺこぺこ頭を下げる伊藤さんは、ちょっと荒んだ俺の心に癒しをくれた。

 いい娘だよなあ、くそったれ。

 彼女の後ろで、父親のジェームズ氏が同情の目で俺を見ていたのが凄くむかついたのだった。

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