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18、古民家は要注意物件 その七

「これからすぐに来るそうだ。すまないが説明のために同席して貰えないか?」


 不動産屋に連絡を入れた伊藤父、ジェームズ氏がそう言ったのは、まあ想定内だった。

 おそらく俺にしか説明出来ない部分もあるだろうからだ。

 だが、こういう契約の履行やサポート内容の確認なんかは、結局の所契約者当人が主体であって、弁護士でもない限り他人の出番などないもんだ。

 ということで、俺の立場は単なるサポートに過ぎないので、実際はあまり気にしなかった。


「それにしても今すぐですか、なかなか対応は悪くない感じですね」

「ああ、この家を建てる時もかなり色々と便宜して貰ったからな。今回不備があったとしても出来るだけ穏便に済ませられればそのほうがいいと思っている」

「そうですね。それに裁判になったりするといろいろ面倒ではありますし」


 まあ物的証拠は有り過ぎる程なので敗訴は有り得ないが、一般家庭でそういう面倒事は敬遠するのは当たり前だろう。

 と、そこまで考えて、冒険者という職種がそういう裁判沙汰のスペシャリストであることを思い出した。

 そういや何とか言う互助組織があったような。

 元冒険者のお父さん的にはその辺は平気なのかもしれないな。

 そんな様々なことを考えながらお茶とお茶菓子をいただき(このお茶菓子は伊藤さんがわざわざ用意してくれていた手作りクッキーで、食べているときに伊藤父の視線が痛かった)、暫くまったりした頃に、(くだん)の不動産屋が来訪したのだった。


 その相手を一目見た途端、俺は最初に門を見た時に感じた嫌な予感が現実のものになったことを知った。


 いや、不動産屋自体には問題は無かった。

 まさに平身低頭の見本のような低姿勢で主人であるジェームズ氏に対応している。

 問題は一緒にやって来たその不動産屋のアドバイザーだ。

 胸に下げられた木製の聖印、両手の守護印入りの黒皮の手袋、間違なく正統教会の牧童(シープドック)だ。

 普通は不動産屋のアドバイザーといえば風水士がやるものだが、それ以外でも総合呪術の正規資格があれば資格的に問題は無い。


 しかし、こいつらの教義は極端で、我が国の風土とはあまり馴染まず、社会に溶け込んでないのが現状で、これはかなりのレアケースと言って良い。

 なにしろ彼等の教義では怪異(マガモノ)は全て悪魔(ゆうわくしゃ)と呼ばれ、絶対的な悪として断罪される。

 それに対して我が国は、自然発生系の怪異(せいれい)を土地神として信仰対象にしている地方が多々あるのだ。

 いや、そもそもがこの国の国神からして、彼等からすれば悪魔の一体に過ぎないというのだから、どう考えても上手く行くはずが無かった。


 そのレアなアドバイザーの男は、最初からあからさまに苛立っていて、ちらちらと周囲に走らせる視線がいかにも(あら)を探していますよ的でむちゃくちゃ不安である。


「なるほど、変わった飾り瓦だとは思っていましたが、まさか呪物だとは。うちの落ち度に違いありません。本当にご迷惑をお掛けしました」


 不動産屋が恐縮しきりにそう言っているのを聞いて、さすがに俺の杞憂だったかと安心をしたのだが、その時を狙っていたかのように、その男は口を開いた。


「確かに集魔の仕掛けを見逃したのはこちらの手落ち、言い訳はいたしますまい。しかし、床の間にあった要の魔鏡はきちんとした処理を終えています。そのように人に仇なす程、この家に魔物が集まるはずがない」


 なんだこいつ。

 はずがないって、実際に被害にあってるんだから現実を見ろよ。

 正直俺はカチンと来た。

 謝っているのは口先だけで、最終的な責任をこっちに持たせようとしているように聞こえたのだ。


 見た所、この男は純粋な倭人(にほんじん)だ。

 倭人でシープドックというのは余程優秀でないとなれないはずで、つまりこの男はそれなりに優秀なのだろう。

 デスクワーク専門の公務員のような陰気な風貌だが、牧童(シープドック)というのは正統教会における戦闘部門、いわゆる悪魔払い(エクソシスト)だ。

 文字通り教えを守護する番犬という意味だ。

 多くが先祖代々正統教徒で、頭が堅く血の気が多い連中がそろっている。

 そこへ外部の人間が割り込むのだからかなりのものなのだろう。

 それならプライドが高いのも当然だ。

 だが、だからといって不当な言い掛かりをしていいはずもない。


 しかしどうでもいいが、シープドックを牧童と誤訳して、更に訂正なしにそのまま当て字として使われているのはなぜなんだろう。

 どうでもいいことなんだろうが凄く気になる。


「その鏡が封具なんだから当然だろう。集められたはいいが封じられることの無くなった怪異が(さわ)りを成すのはむしろ自然な流れだし、その程度で済んだことに感謝すべきじゃないのか?」


 俺はイライラした気持ちのままつい口を出してしまった。

 案の定、その正統教会の男がこちらをぎろりと睨んで来る。


「きわめて専門的な話をしているのだ。素人は口を挟まないでくれ」


 神経質に顔面を強ばらせているその顔を見て、唐突に俺は悟った。

 こいつは『謝れない』人種なのだと。

 このタイプは技術屋に多いが、自分の間違いを絶対に認めることが出来ないのだ。

 きっと認めたら死ぬと思ってるんじゃね? ってぐらい謝らない。

 そう理解すると、今度はちょっとそいつが哀れになって来てしまった。


「こういう隔離された地域で発展した呪法については知らなくても別段おかしくは無いですよ。資料として纏められてもいないし、経験で補って行く方面の知識です。そういきり立たずに今回のことは勉強だと思えばいいじゃないですか」


 ところが、どうやらこれが決定的に悪かったらしい。

 きっとど素人に()められたと思っちまったんだろうな。

 奴は青筋を立ててがばりと立ち上がると、あろうことか部屋に飾ってあったある物に一直線に歩み寄り、それをいきなりぐしゃりと握りつぶした。


「これだ! いかにもな邪悪な異教の呪物! これが原因だ!」


 そう叫んでそいつが壊したのは、そう、例の一時的な魔除けの為に俺が作ったランプだった。


「おい!」


 器物破損とか他術士の呪具破壊とかそれだけで立件できそうな現行犯罪はともかくとして、それはあまりにも馬鹿げた行ないだった。

 それについて何か文句を投げつける暇すらなく、それまで霞みのように薄く散っていた気配が急激に高まる。

 ぞぞっと体中の産毛が逆立つ感覚がする。


「きゃああああ!」


 ただ一人、本来怪異の影響を受けないはずの伊藤さんの悲鳴が響き渡った。

 そう、彼女にも見える状態に、それはなりつつあったのだ。



 それはそら恐ろしく、同時に、たとえようもなく美しい光景だった。

 千差万別の色合いと形を持った怪異共が、絡まり綾なし、一つの形を作り上げて行く。


「ちっ!」

「天の高きにおわす我らが主神よ……」


 伊藤さんの悲鳴と前後するように、二つの意思を持った声と動きも捉える。

 舌打ちは伊藤父であるジェームズ氏である。

 思わず腰にやった手が空振ったことに対するものだろう。

 冒険者時代に培った反射的な動きで戦闘に備えようとしたものの、平和な自宅で武装しているはずもなく、得物の無い状態を確認してしまったのだ。


 そうなれば無手で対処せざるを得ない。

 顕現した怪異相手にそれがどれだけ無謀か、実戦経験があるだけに骨身に染みて知っているに違いない。


 もう一人は当然あの犬野郎だ。

 こっちは攻撃より先に防御を選んだらしい。

 あの聖句の出だしからすると、完成すれば庇護の祈りになるはずだ。

 野郎、自分だけ守られようとしやがったら、後で生まれて来たことを後悔するような恥ずかしい目に遭わせてやるからな!


 ほぼ完璧な一般人である伊藤さん、伊藤母、不動産屋は、それぞれが茫然自失の(てい)で、まだしも悲鳴を上げられただけでも伊藤さんは肝が座ってる部類だろう。


 周囲の、それらの状況を頭の片隅に置いて、俺は目前の怪異から目を離さずにいた。

 それにしても、怪異が固定化(けんげん)する瞬間を生まれて初めて目撃することになったぞ。

 普通専門家が呼ばれるのはことが起きてからだ。

 一般人が大事(おおごと)になったと感じるのは怪異が固定化した後だからな。


 周囲の大気と(ことわり)が歪められ、息苦しい。


 この、腹の底からふつふつと沸き立つのは敵意だろうか?

 血の深く、細胞の一片までに刻み込まれた本能が、それ(・・)を敵だと認識する。


 鮮やかに織り上がったその姿は、まるで空中を泳ぐ魚だ。

 (ヤイバ)のような鱗とヒレ、大きく開いた口には、肉を噛み裂く鋭い歯がびっしりと並んでいる。

 ヤツ(・・)は紛れも無い敵意を宿し、天井スレスレの高みから居並ぶ人間共を睥睨(へいげい)した。

 ギラリと(まなこ)を光らせた次の瞬間、弱そうな獲物と見てとった相手に襲いかかる。


「お母さん伏せて!」


 意外な気丈さで、伊藤さんは母親に指示を飛ばす。

 だがそれより早く、完成した正統教会の聖句が、非戦闘員と見なされた三人を包む護法の光となって攻撃を弾いた。

 よくやった。なるほどワンコも実は悪い奴じゃないんだろう。

 よしよし、後でボコボコにするぐらいで勘弁してやろうじゃないか。


「全く、冗談じゃない」


 ぼやきが口から漏れる。気分は最悪、最低だ。


「こんなことなら色々無駄に考えずに最初からやっとけばよかったよ」


 シャリンとわずかな金属擦れの音を発し、黒打ちのナイフが鞘走る。

 鈍い色のその刃は、それでもその役割を示すように薄く光を弾いた。


「消えろ、バケモノ」


 冷えていく頭の奥、冷徹で残酷な本能の囁きを聞きながら。

 それでも俺の本質の一部は、今から起こる戦いを面倒くさいと思ってしまっていたのだった。

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