156:好事魔多し その十四
無言。
およそ緊張しっぱなしの迷宮行で唯一ほっとすることが出来るはずの食事の時間が酷く気まずかった。
「……」
「どうだ? 味は口に合うか?」
返事がない、ただの屍の……って実際に死体が近くにある時に考えることじゃないな。
おかゆというより煮た野菜を入れたので味の薄い雑炊のようになったそれを兄妹はスプーンで口に運びながら不安そうに俺たちをちらちら見ている。
やっぱりまだ不安なんだろうな。
と言うか、彼らの言ったように狩場で出会う他パーティが危険な存在っていうのならまぁ当然の警戒と言える。
いきなり見知らぬ相手を信用出来るほうがおかしいのかもしれない。
二人はすぐに食事を終えた。
別に胃が弱っている訳でもない俺たちは固形のレーションでの食事でもよかったのだが、なんとなく付き合って同じ物を口にしていた。
この椀一杯のみの食事じゃあ俺たちは元より、ずっと何も口にしていなかった二人にも全然足りないんだろうが、彼らの弱った体がいきなり大量の固形物を消化する作業に耐えられない可能性があったので、最初は少なめにしておくしかない。
俺たちにしても、迷宮内では腹いっぱい飯を食うのは避けるのが常套だった。
食べるということは普通に考える以上に体には負担になる。
危険の無い時ならいいが、この迷宮のように油断が出来ない場所では腹いっぱい食うのは避けるべきとされているのだ。
「美味しかった、ありがとう」
兄妹の妹のほう、ビナールがおずおずとお礼を言ってくれた。
おお、少しは心を開く気になってくれたのかな?
兄のほうもちょっと前よりは刺々しさが薄れたようだった。
やっぱり人間空腹だと攻撃的になるんだな。
「ええっと、それで、もしよければ君たち迷宮の踏破まで同行してくれないかな? その、君たちも冒険者なんだから他所のパーティに干渉されるのは嫌だろうけど、せっかくだから、ええっと、これも何かの縁だと思うし」
俺が言うと、兄のタネルがぴくりと反応した。
「導き?」
「え?」
俺、そんなこと言ってないよな。
あ、もしかしてあれか、翻訳術式の適当な意訳か?
彼らの言語に「縁」に該当する言葉が無くて「導き」って言葉に変換されちゃったのか。
「ちょっと聞きたい。彼は軍人と言ったが、あなた達は軍人に見えない」
「ああ、うん、俺達はハンターで軍に雇われているんだ」
この程度は明かしていい情報だ。
だが、実の所彼らを同行させると拙いことがある。
例のモニタリング装置のハウルだが、これは当然ながら軍事機密という物に引っ掛かるのだ。
使っている所を見られる訳にはいかない。
しかし同行していてごまかせるかどうかちょっと自信がないんだよな。
とは言えこの歳若い兄妹だけ放置するということも出来るはずがない。
「ハンター?」
タネルは俺たち、俺と浩二と由美子に、順繰りに視線を移してハッと息を呑んだ。
「もしかして聖者?」
「聖者?」
いやいや、そんな清らかな人間は……まぁ由美子は聖者かも、いや聖女かもしれんが、少なくとも俺たちは違うな。
「ハンターだから、そういうキラッキラしたイメージの人とは関係ないからな」
「聖者は怪異と戦うために生まれた人間のこと。ええっと、確か他所ではホーリーブラッドとか言うはず」
「ああ、ホーリーブラッドね」
なるほど勇者血統のことらしい。
ほんと地域ごとに色々な呼ばれ方してるんだな。
というか彼らの地元の勇者血統の在り方が俺たちと違う可能性が高い。
でもそこを肯定してやる訳にはいかないんだよな。
「ハンターはハンターだ。詮索されても困るし、あんまり変に思い込まないように」
ハンターは個人情報を公開していない。
クラスと通称とチーム名で活動をするのが常だった。
俺らが本名で活動しているのは俺たちの事情的に国内限定の活動になるので、素性を隠すことにあまり意味が無いからだ。
しかし相手が冒険者、しかも外国人となるとそうはいかない。
「は、い、わかりました。僕たちにとっては同行は願ったりです。それと救助の礼金も必ず払わせていただきます。よろしくお願いします」
タネルがそう言うと、後ろにいた妹のビナールがほっとしたように表情をゆるめた。
なんだかんだ言って色々不安だったんだろうな。
「みなさん、ええっと、お二人はその、お父さんのことが心残りでしょうけど、ここは通路で狭い場所ですし不安定っす。移動しましょう?」
大木がさすがに言いにくそうにそう言った。
同行自体はOKらしい、反対されなくてよかった。
しかし、大木は俺にちらちら視線を寄越している。
うん、後でちゃんと相談しような。
「わかりました」
「はい」
おお、素直だ。
「じゃあ、お父さんに還元の術をかける。いい?」
由美子が兄妹に確認を取る。
万が一にでも怪異化しないように魂と肉体を世界の流れの中に還元する術を施すのだ。
「ありがとう、よろしくお願いします」
「あ、ありがとうございます」
二人は思いもかけないことを言われたというような顔で由美子を見たが、両手を胸に当てて頭を垂れて礼をした。
由美子はいつもの通りの無表情でうんうんと頷いていたが、すごく優しい目をしている。
うん、うちの妹はほんと優しくて最高だよな。
そう言えばこの三人は年齢的に近いし、話もし易いかもしれない。
由美子は死体に懐から取り出した塩を振りまき、その上から呼び出した水も振りまく。
「生者は留まり死者は逝く、巡る世界の環に迎え入れられんことを切に願う」
死体を青い炎が包む。
それは熱のない炎で触っても熱くはない。
だが、死体はゆっくりと炎そのものに変わって行き、解けるようにその形を崩していく。
「お父さん」
ビナールがタネルの腕を握りしめながら小さく呟く。
兄のほうは表情一つ変えずにその様子を見つめていた。
こういうのはあれだな、何度見ても慣れないよな。
還っていく父親を見送る兄妹をそのままに、俺は大木に話をしておくことにした。
「すまんな。それでテストのほうはどうする?」
「まぁいいっすよ、人道的見地から仕方ないっすからね。テストのチェックはこっちでやっておきますから、リーダーはあの兄妹の面倒を見てあげてください。おそらく彼らの国では勇者血統はかなり特別な意味を持つんじゃないっすかね。俺も本部に問い合わせしておきますけど」
「いやでも俺らのことは明かせないだろ?」
「ですけど、あの子らもう確信してるっぽいっすから」
「むう」
結局俺が面倒見るって話なんだから別にいいか。
最初からそのつもりで助けたんだし、放り出す訳にも行かないからな。
しかし、迷宮の上層では広大なフィールドに多くの冒険者が同時に挑んでいるって聞いていたんだが、さっきのあの子らの話ぶりによると冒険者ってのは協力しないのか?
そんなんじゃフィールドボスと戦えないんじゃないか?
そもそも協力しないなら冒険者協会や冒険者カンパニーが設立した意味が無いよな。
う~ん、やっぱり何かこう違和感があるんだよな。
あの子らももうちょっと馴染んだら詳しいことを教えてくれるかもしれないな。
「終わった、出発」
「ん? ああ」
由美子がやって来て腕を引っ張る。
っていうか既に陣は解除してあるな。
もういつ敵が現れてもおかしくは無い状態だ。
「じゃ行くか。タネルとビナールは俺の後ろでいいか?俺は前衛特化でコウとユミは後衛なんだが、君たちはどのポジションが動き易い?」
「僕もビナールも中衛です」
「そりゃあ、バランスがいいな、ありがたい」
「あ、はい」
お、今の顔はよかったな。
なるほど、自分達が働けるのが嬉しいのか、出来れば手の内について聞いておきたいが、どうなんだろう、ハンターもそうだが、冒険者もおそらく身内以外に手の内を明かさないものだ。
下手に聞くのもよくないし、まぁおいおいお互いすり合わせて行くしか無いか。
ちょっと人数が増えたというか、なんとなく下の弟妹が増えたような気分になりながら、俺は不安定な通路を先導しつつ先へ進んだのだった。




