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エンジニア(精製士)の憂鬱  作者: 蒼衣翼


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165/232

155:好事魔多し その十三

 迷宮に捕らわれていた冒険者の兄妹を保護して、あまり詳しい話は聞けなかったが、とりあえず名前は教えてもらった。

 男の子がタネル、妹がビナール、十九歳と十七歳だそうだ。

 親を失うには若すぎる年頃だろう。


「二人に言っておきたいことがある。君たちのお父さんの遺体は迷宮に置き去りにするしかない」


 これは辛いが仕方がないことだった。

 前回のように車両があれば話は別だが、今回は徒歩での踏破だ、とてもじゃないが遺体を運ぶ余裕が無い。

 ある程度抵抗を覚悟しての宣言だったが、二人の兄妹はぞんざいに頷いただけだった。

 意外にあっさりしている。

 二人共あまり装備は残っていないが、妹のビナールのほうのバックパックが溶けずに残っていたので僅かに荷物が残っていた。

 彼女はそこから自分の物らしきスカーフを取り出すと、父親の遺体の上半身を覆う。

 一番酷い部分が隠れたため、その姿に人間らしさが戻った。


「迷宮に遺した死体は後日同じ場所を訪れた時には跡形も無くなっている。せめて形見を貰ってもいいか?」


 兄のタネルが無表情にそう言って来た。

 なんで俺に聞く?


「お前たちの親なんだ、自分達の好きなようにするがいいさ。俺たちに遠慮する必要はない。出来れば三人でお別れをさせてやりたいが、お前たちだけにするのも危ないしな」


 俺がそう答えると、少年、タネルが不思議そうに首を傾げた。


「僕達は体が弱っていてお前たちを襲ったりは出来ない。危なくはない」


 ううん? 言葉は通じているはずなのに通じてない感じがするぞ。


「リーダー、こんな時になんだけど、その子ら腹減ってるんじゃないっすか? そうとうふらふらしてるっすよ」

「ああっ、そうか」


 どのくらいあの怪異に捕らえられていたか知らないが、確かに随分と飲まず食わずだったんだろう。

 さっき水を必死で飲もうとしていたから、いきなり沢山飲むなと取り上げたばかりだった。


 こちらのやきもきした視線を受けながらも、兄妹は極めて冷静に父親の遺体を挟んでお互いに父親に何かを囁くと、兄は腕時計らしき物を、妹はベルトに残ったナイフを取って自分が装備していた。

 言葉にすると落ち着いて聞こえるが、その動作は酷く緩慢でどうもおぼつかない感じだ。

 明らかに体を動かすエネルギーが足りていない。

 もっと早く気づいてやるべきだった。

 駄目だな、俺は。


「君たち、何か食べられない物があるか? 宗教上の理由とか体質とかで」


 俺がそう聞くと、二人はまた理解出来ないといった顔を見せる。

 なんだろうな、由美子の術式に不備があるとは思わないんだが、ちょくちょく極端な意訳をすることがあるからな翻訳術式は。


「食べ物を選り好んだりしない。だが、なぜそんなことを聞く」

「え? ああ、君たち何か口にしたほうがいいと思ってね。ちょっと待っててくれ、さすがに固形レーションは無理だろうから少し調理をする時間がかかるんだ」


 俺がそう言うと、少年、タネルは激高した様子で立ち上がった。


「ふざけるな! 確かに僕達は助けてもらったが、身売りしたつもりはないぞ! 僕達は若くて未熟だが、きちんと借りは返すつもりだ!」


 え? どういうことなの?


「兄さん待って。……申し訳ありません。私は従者として仕えさせていただきますので、どうか兄には自由をお与えください。お願いいたします」

「ビナール馬鹿を言うな! 身内の女を売ったなどとなれば僕は一族から絶縁される。それなら僕が奴隷に堕ちたほうがマシだ」


 は? 何の話だ? 奴隷って? お前ら何世紀の人間だ。

 俺は困惑してちらりと仲間たちに視線を投げた。

 うん、全員が困惑している。

 これはあれかな? 文化の違いというやつか?


「君たちいいか。我が国には奴隷制度はない。君たちの国はどうか知らないが、我が国では奴隷などを持てば犯罪者だ。俺は犯罪者になる気はない。わかった?」


 俺の言葉に兄妹は納得した風ではなかった。

 兄のタネルはビナールを背に庇って俺を睨めつける。


「わかっている。迷宮内での命の借りに水と食料、それは生涯掛かっても返せるかどうかわからない物だ。それなら自ら身を賭して仕えるのが当然のことだろう。だが、僕達は一族の稼ぎ手だ。せめてどのような不利な条件でもいいので、仕送りが出来るようにしてもらいたい」


 駄目だ、全然話が通じない。

 誰かヘルプ!


「君たち、俺はこの国の軍人っす。救助に見返りは求めないっすよ」

「軍人?」


 大木ナイス!

 俺は初めて大木に心の中で感謝した。

 二人はちょっと戸惑ったが、ようやく落ち着いたようでその場に座り込む。


「冒険者じゃないのか」

「冒険者だったら奴隷になんなきゃならんのか?」


 ちょっと聞き捨てならないので、確認した。

 タネルは不思議そうに俺を見る。


「冒険者は他グループやパーティの人間を狩場で見つけたら、素通りするか獲物を横取りするか、殺すか、捕まえて利用するかが常識だ。一番まともな冒険者はお互いにかち合わないように気を配るものだ」

「でも、さすがに死にかけている人間がいたら助けるだろう」

「まぁそういう輩もいるにはいる。だが、それは助けられた者へ必ず負債として背負わせる。助けられた者によってはいっそ見殺しにしてもらったほうがいいこともある」

「そんな話があるか!」


 俺は我知らず怒鳴った。

 助かるのに死んだほうがマシだなんて有り得ない。

 生きていればその先はなんとかなるものだ。


「あなたは冒険者という者をわかってはいない。そもそも死ぬよりマシだから冒険者になったという者が大半だ。僕達も死ぬことは嫌だ。だけどいずれそこに至ることは覚悟しているんだ。それでも、ただ生きていればいいという訳でもない」


 言い切ると、タネルはふいにふらりと倒れ込んだ。

 ヤバイ、本格的に餌切れのようだ。

 とりあえずお互いの間の物事の認識に齟齬があるのはわかったので、そこは今は置いておいて食事の用意をしよう。


「兄さん、しっかり」

「さすがに意識が混濁して来るとまずい。大木、先に飴か何かやっといてくれ」

「了解っす。ほらほら、お嬢ちゃん、お坊ちゃん、美味しい飴ちゃんをあげますよ~」


 大木よ、小さい子供相手じゃないんだからもうちょっと言いようがあるだろう。

 そうは思ったが、とりあえず放置して、今こそ我が社の新製品の力の見せ所だ。

 担いでいた背嚢から某社の迷宮用のポータブル発電機を取り出す。

 夢のかけらの小さいやつを投入口に入れてスイッチを入れると発電する優れ物だ。

 プラグ口径は一般的な物なので、そこに我が社の試作機3号君を繋いで、中へおかゆ用の固形素材を入れ、キャップを水の目盛りに合わせる。

 設定容量分の水が溜まったら今度はもう一度キャップを回して調理ボタンを押す。


「面白いですね」

「楽しそう」


 弟と妹の食いつきがいい。

 そうだろうそうだろう、ちょっとまだデザイン的には不格好だが、給水と調理が一体となったこの新製品は迷宮にぴったりの品物だ。

 一度に調理出来る容量は三人前までなので、人数によっては調理回数が何度が必要となるが、その分圧力をかけて調理するので時間は早い。


 それにしても、と、考えて俺はため息を吐いた。

 冒険者に関して、俺は知らないことばかりなような気がする。

 彼らはおそらく自分の身内以外は信じないのだ。

 以前訪れた冒険者カンパニー、伊藤さんのお父さん達、变化した冒険者、それを始末しようとした冒険者、わからないことばかりだ。


「とにかくあの子達も腹が膨らめばもうちょっといい方向に物を考えられるかもしれないしな」


 人間空腹だととかく建設的にはなれないものだ。

 食べるって大事だよな、と、思いながら、俺は試作機3号くんから吹き出る蒸気を眺めていたのだった。

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