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エンジニア(精製士)の憂鬱  作者: 蒼衣翼


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163/232

153:好事魔多し その十一

「うげっ、これは……」


 大木が吐きそうな顔をしたが、それは俺も同感だった。

 そこにあったのはとんでもなく異様な光景だ。


 俺たちが落ちたアリーナから、やや細い通路を進んだ先には、また大きめの空間があった。

 そして、その空間には縦横無尽に繊維状の物が張り巡らされている。

 見た感じはガムを貼り付けて引き伸ばしたような質感だ。

 それだけならいいが、その網目状の繊維に色々な種類の怪異が貼り付いていたのだ。

 いや、正確に言うとちょっと違うな。

 色々な怪異が捕らえられていた。


「とりもち? みたいなもんなのかな?」

「もしかして食ってるんですかね? 同じ怪異を」


 誰にともつかず呟いた俺の言葉を浩二が拾う。

 そう、確かにそれは食っていた。

 繊維に絡み取られた怪異はジタバタともがいているのだが、繊維から立ち上がったびっしりと細かい繊毛のような物がその怪異を取り囲み膨らんだり縮んだりを繰り返している。

 明らかに何かを吸っていて、「ギャーギャッ!」と泣き喚いていたその長い蛇に似た怪異が徐々に萎んでいた。

 あれって、さっきアリーナで足元にあったやつと同じなんじゃないのか?

 今更ながらにぞっとする。

 他にも猩々のようなモノが別の所で元気に揺れながらギャーギャー喚いていた。

 どうもこの繊維、なかなか粘着力だか捕獲力だかが強いらしい、結構大きい怪異も中にはいたが、びくともしていない。


 そして、その張り巡らされた繊維の網には、下の方に僅かにくぐり抜けられそうな隙間が空いていた。

 由美子がすかさずそこへ子犬ぐらいの大きさの蟻とトンボの式を放つ。

 最初、何事も無く進んでいた二つの式は、半ば辺りに差し掛かった時、上から降ってきた紐のような物に絡め取られた。

 その紐は恐ろしいスピードで巻き戻り、獲物を絡めとった部分を中心にして四方に繊維が伸ばされる。

 それが天井や壁、他の繊維に届いて、空間を埋める網の目の一つとなった。


「これは無理かな」

「は、早く離れましょう! ヤバイっすよ!」


 大木が真っ青になって後退りしている。

 後ろを見ずに下がるとか危ないぞ。


「兄さん、奥に人、いる」

「え?」

「さっきうちのトンボメガネ君が捕まった時にちらっと見えた。人が捕まっている」


 由美子の報告に俺は浩二と顔を見合わせた。

 迷宮内で他の人間と言えば冒険者に違いない。


「それは生きている人間という意味か?」

「わからない、干からびてはなかった」


 生きているか死んでいるかわからない、か。


「ちょ、まさかそれを調べようってんじゃないっすよね? どうせ相手は冒険者でしょ? 連中は何があっても自己責任と宣誓して迷宮ダンジョンに潜っている連中っすよ。しかも油断も隙もない、社会性のカケラもない連中だ。なによりもう死んでるに違いないっす。あれに捕まったんなら、もう」

「うん、まぁ、そのまさかだ」


 大木の猛反対に俺は簡潔に応えた。

 生きている可能性がある限りは見捨てることは出来ない。

 なんとかして確認して、生きているなら救出しなければならない。


「え? 正気っすか! マジで?」


 大木は、本気で信じられないという顔で俺を見た。

 いやいや、俺だけじゃないから、ほら、うちの可愛い弟と妹も全然迷ってないっしょ?


「とりあえず調べて来るからお前はここで待機な。もし俺たちに何かあったら脱出符を使って脱出しろ」

「な、なんでっすか? 意味わかりません、冒険者なんて我が国の民じゃないんすよ。我が国に寄生して金儲けに来た害虫のような連中っしょ。それにもう生きている訳がない」


 荷物を預けられて大木は大慌てで俺達に翻意を促した。

 うん、心配はありがたい。

 俺だってそれが自分達以外なら止めていただろう。

 でもな。


「うん、まぁ、でもな。それは俺たちに選べない道なんだ」


 生きているかもしれない、助けられるかもしれない、ほんの僅かでも可能性があるのなら、迷うことはない。


「僕の影を潜らせることが出来ればいいのですが、この場所には影がありませんね」

「ああ、不気味な程だな。おそらくこの繊維が発光しているんだろうな。あれか? 誘蛾灯の理屈か?」

「しかし、迷宮内でこのような食物連鎖じみた光景を見ることになろうとは、興味深いですね」


 今この時にそんなことに考えが及ぶお前が興味深いよ。

 うちの弟は淡白というか、心配しないというか、うん、冷たいよね、俺に。


「兄さん、脱出符を携行して行って、危険を感じたら脱出して」


 その点、我が妹は優しいな。

 可愛くて優しいとか非の打ち所が無さ過ぎて怖いぐらいだ。


「そ、そうですよ! 脱出符、いざとなったら絶対使ってくださいよ」

「ああ、うん、わかった」


 由美子と大木の二人から詰め寄られて頷いたんだが、どうだろう? いざとなって使っている暇あるのかな?

 そんな俺に明らかな不信の目を向けながら、由美子は考えたらしい作戦を説明する。


「兄さんの頭上に小さい式を沢山展開して盾に使う」

「僕も視線が通る所まではフォローしますけど、問題はその先ですね」

「そうだな、俺も身代わり符の一枚ぐらいはあるが、とりあえずヒートナイフが効いてくれればある程度なんとかなると思うんだが」


 大まかな作戦としてはこうだ。

 浩二が目線の通る所までは触手と俺のいる場所とを分断する。

 その後は由美子の式を盾にして距離を稼ぎ、その後は俺とこの紐野郎とのタイマン勝負ということになる。

 とは言え、やるべきことは敵を倒すことではなく、生存者の確認、救助だ。

 無理をする必要はない。


「とにかく俺は本部に連絡するんで、ちょっと待ってもらっていいっすか?」

「わりぃ、待っただけ捕まっている奴らが危険だ。もう始めさせてもらう」

「ええっ? ちょ!」


 ヒートナイフを荷物から出してベルトに鞘を固定、ブーツに術式をセットして精石をチャージする。

 チャージしたのは跳躍ジャンプの術式だが、俺、これちょっと苦手なんだよな。

 まぁでも仕方ない。


「じゃ、行くぞ」

「はい、いつでも」

「行って」


 ふわっと白い紙吹雪が沸き起こり、俺の頭上に集まったかと思うとブーンと独特の羽音が響く。

 うん、ちょっと怖いな、この蜂の群れ。

 ひと呼吸吸い込む途中に既に走りだす。

 そして例の紐は、広間の半ば辺りで死角を突いて降って来た。

 こちらの視線と意識が届きにくい場所から襲って来る。

 なかなか頭脳プレーっぽいが、こいつ知性があるのかな?


 まだ浩二の視線が通る場所なので、頭上の蜂の群れも無事だ。

 敵の触手はなぜか獲物に届かないという事態に納得がいかないのか何度か触手を大きく揺らしたが、捕まえられないとなると引き戻す。

 さて、諦めてくれたらいいんだが。


 網目がまるでレースのカーテンのようになっている部分を潜り抜ける。

 さて、ここからが入り口から視線が通らない部分だ。

 その、捕まっているって連中はどこだ?


 上を見ながらの移動で、どうしてもやや足取りが鈍る。


 ――……フォン、


 ふっと、生ぬるい風のような気配を感じてとっさにサイドにステップを踏む。

 その鼻先を触手が掠めた。

 おいおい、今のは反則だろ? 横からかよ!


 そう、上からを諦めたのか、今度の攻撃は横から来た。

 どうやら壁もこの紐野郎の体の一部だったらしい。

 なんという隙の無い攻撃。

 必死で不規則なステップを踏んで避ける俺の横を蜂の群れがカバーする。

 それを機に踵を二度打ち付けてジャンプの術式を起動しつつ、ヒートナイフを繰り出す。


「よし、切れる」


 熱を持ったナイフが網を切り裂く。

 捕らえられていたいくつかの塊がドサリと音を立てて転がった。

 視界が広がる。


「っ、あれか!」


 網の一画に大きな塊がある。

 手足と顔、人間だ。

 二人……いや、三人か?

 さてあそこまでジャンプ出来るかな?

 と、ざあっと、まるで突然の豪雨のような音が響いた。

 やべ!


 視界を埋め尽くすような触手に、さすがに反応が間に合わない。

 左腕が絡め取られるのを感じたのと、体が上空に跳ね上げられるのはほとんど同時だった。

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