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エンジニア(精製士)の憂鬱  作者: 蒼衣翼


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142:羽化 その十七

「ようこそ! 我が親愛なる方々よ! 歓迎の催しとしてはなんとも閑散としていて申し訳ありません!」


 テンション高えよ。

 別にパーティに招待された訳じゃねぇから。

 大体すり鉢状に並んだ机と椅子と中央にある教壇と投影機らしきものしかないんだから閑散としているのは仕方ないだろうに。


「先輩、お久しぶりです」


 由美子がぺこりと挨拶をする。

 そういえばこれ、由美子の先輩だったか。


「あ、そう言えば、お前ロシアに行ってたんだっけ? よく帰って来れたな」

「おお! お兄さま! 私ごときの心配をしてくださったのですか? ありがとうございます! 感激です!」

「相変わらずのようでなにより」


 こいついつもこのテンションなのかな?

 疲れないのか?

 浩二がさり気なく俺を盾にしているような気がする。

 おい、気持ち悪いのはわかるが、挨拶ぐらいしておけよ。

 なんだかんだ言って、俺もこいつに慣れてきていた。

 テンションはおかしいが、とりあえず実害はない。

 そもそも嫌われている訳じゃなくてその逆だからなぁ。

 対応がさっぱりわからんのは確かだが嫌いになりきれないんだよな。


「お、木村君、よく来たね。ところでこの間の石碑の写しの欠けた部分の術式だが、やはり陰陽の法則から言って、あの部分には陽の象徴たる……」


 おおっ?

 変態に気を取られていたら、なにやら変態の後ろから温厚そうな紳士が出て来て、由美子に向かって話し始めたんだが、何事だ?

 もしかしてこの人が教授?


「先生、あの石碑は八世紀の物で、大陸との交流の痕跡が見受けられます。そうなると単純に陰陽思想と考えるのも安易な発想ではないでしょうか?」


 って、由美子まで何か違う世界に突入しているぞ?


「お二人共、とても興味深い考察ですが、今回はほら、みなさんお仕事でお見えになっていらっしゃるのですから」


 な、なんだと……変態が場を収めている!

 意外な関係性を知ってしまった。


「おお、失礼した。私はこの大学で古代呪術学を教えている持田と言います」


 ダンディにスーツを着こなしつつ、その顔立ちは笑いジワの目立つ優しげなおじさんといった感じで、先程の会話とのギャップが凄い。

 俺は慌てて差し出された手を握って握手を交わした。

 その手は意外とがっちりとしていて、皮が厚い。

 行動する教授といった所か?


「初めまして。由美子の兄の隆志と言います」

「同じく浩二です」


 俺の隣で次に教授と握手しながら浩二も自己紹介した。

 ってか同じくってなんだ。

 省略するな。


「今回わざわざご足労いただいたのは、あなた方が関わっている件が呪に絡んでいると聞いたからです」

「呪術の専門家としての助言をいただけると思ってよろしいのでしょうか?」

「ええ。むしろ私にとっては自分の理論の考察の一助になりますからね。どんどん疑問点をこちらに提示していただけると嬉しいです」

「はい。ええっと、それじゃあもうぶっちゃけて聞きますが、その、本人の内から本人自身に影響を及ぼす呪っていうのはあり得るのでしょうか?」


 せっかく専門家と会う機会を得たのだから、こうなったら積極的に聞いていくべきだろう。

 この先生だって忙しいんだろうし、あまり時間を無駄にしたくない。


「ふむ、それにはまず、呪という物の真実を理解してもらわなければなりませんね」


 教授は背後に置かれた投影板になにやら書き出す。

 そうすると俺たちの間の空中に文字が現れた。

 投影板は術式道具で、書かれた文字を規定範囲内にいる全員の目前に投影する便利な道具だ。

 その文字は個々人にしか見えないので、他人の目前にある文字と混ざることもない。

 学校の授業には必須の道具である。


 教授は呪という文字をイコールで望という文字と繋げた。


「実は呪いと望みは同じ物なのです。願いと言ってもよいでしょう」

「呪いと願いが同じもの?」

「そうです。呪というものは強い指向性のある想いという分類がなされます。この指向性のある強い想いは、生物にとって一種のスイッチ機能を持つのです」

「スイッチ機能?」


 教授は更に書き進む。

 それは猿の絵から人間にと続く、おなじみ進化の図だ。


「生物が変化をするためのスイッチです」

「それは進化ということですか?」

「進化を含む変化ですね。そこには進化だけではなく、封印、劣化といった変化もあります」


 教授の話は、にわかには頷けない所があるが、呪いと願いが同じであるという見解には新しい物を感じた。

 確かに強い指向性のある想いって意味なら同じかもしれない。

 生霊なんかは願いが強すぎて無意識に自分を分裂させてしまった物だけど、あれを進化と言われれば確かにそうかもしれない。

 普通の人間に出来ることではないからだ。


「待ってください教授。ということは、自分の中から生まれた呪いというのは、自分の願いという意味なのですか?」

「単純に言えばそうです。しかし普通、人間の願いというものは一代で自分を変化させる程強くはありません。時々その壁を突破する者はいますが、同世代に何人も出て来るような物ではないのです」

「んん? ということはどういうことなのでしょう?」


 うん? 今の話でやっとイマージュの謎が解けたと思ったのだが、そういう単純な物ではないらしい。

 まぁ確かに普通の強い想いでだれでもかれでも変化していたら人類はもっと多様になっていただろうな。


「お兄さんは聖域という物をご存知ですね?」

「え? ええ、はい」


 聖域とは精霊が影響を及ぼす場所のことだ。

 その中だと行動が規制されたり、幻覚を見せられたり、お告げを貰ったりと、普通の場所では起こらないような現象が起こる。

 いわば精霊の意識の中にいるようなものだ。


「精霊とは方向性を持った意識です。つまりこの方向性と自分の願いの方向性を合わせることが出来れば、その願いはブーストされると考えていい」


 教授の言葉に、俺はやっとこのイマージュという病の本質を理解した。


「つまり、迷宮が聖域と同じ働きをして、その願い、もしくは呪いをブーストする場となっている、と?」

「そうです。よく出来ました」


 いかにも先生らしく、持田教授はそう俺を褒めてくれたのだが、それどころではない。

 つまりそれは今後強い望みを抱いた冒険者の多くが変化、いわゆるイマージュになるということなのだ。

 うわあ、頭が痛い。


「ありがとうございました。大変参考になりました」

「いえいえ、どういたしまして。こちらこそ貴重な考察の場をいただきました」


 持田教授に深々と頭を下げると、俺は酒匂さんにこの結果を報告して後は丸投げしようと決意した。

 もはやこの話は俺にどうこう出来る範囲を超えている。

 あの迷宮を封鎖するか、でなければイマージュ化を打ち消す何かを考えるか、それは管理者たる国の考えることだろう。


「お兄様、この話は下手な人間に持って行くととんでもないことになるかもしれませんよ?」


 色々と先のことに思いを巡らせていた時に、急に耳元で囁かれて、俺は文字通り飛び上がった。


「うおう! なんだ!」


 耳をかばいながら飛び退くと、そこににこやかな顔で嬉しそうな変態が立っていた。


「そんなに感動していただけるとは、身に余る喜びです」


 なんてこったちょっと静かだから忘れていたらこれだよ、変態め。


「な、なんだって?」


 なんとか動揺を鎮めて尋ねる。

 とんでもないことってなんだ?


「勇者の血統は人に対しては無力です。しかし、この迷宮は人を容易く化け物に変える。もし、これを軍事的に利用したら……」


 俺はギョッとして変態を見た。

 いつも熱をはらんでギラギラしていたその目は、今はどこか底冷えがするように冷めている。


「人間が人間と戦う戦争が今更起こると?」


 前回の戦争は完全なる世界を提唱したとある国が力づくで領土を広げようとして起こったものだった。

 しかし、今は世界は安定していると言っていい。

 壁は中の人間を守り、それぞれの神もまたその民を守る。

 今更火種になるような物は無いと言っていいだろう。

 いや、ちょくちょくテロとか独立運動とかは起こっているみたいだけどね。


「人の欲望とは理屈でどうこうなるような物ではないのですよ。あなた方のような気高き存在には理解出来ないでしょうが、愚かないくつかの国は自らの大切な勇者を失いつつある。確かに今の世にあえて勇者を求める必要はないかもしれません。しかし、人の心は拠り所を求めるものです」


 いくつかの国が勇者の血統を失いつつあるという所でふと、アンナ嬢を思い出す。

 血族が滅びの危機を迎えていると言った彼女の言葉を。

 俺は、彼女の言葉を、勇者の必要のない世界へと時代が向かっている印として聞いた。

 しかし、この変態男は別の考えを持っているらしい。


「人はいつだって安心が欲しいのですよ。怪異も恐ろしいが、理解出来ない他人も恐ろしい。人は誰もあなた方のようにはなり得ない。だからこそ、我々はあなた方を愛するのです。我らはヒーローを欲する。誰よりも、自分自身を信じられないがゆえに」

「いや、なんか酔っている所を悪いけど、そんな偽悪的になる必要はないだろ。人間は十分に理性的だよ。だからこそこうやって文明を築いた」


 なんだか変な思考に浸っている変態な妹の先輩に肩をすくめて、俺はそう言った。

 俺だって自分の国を盲信している訳じゃないが、だからと言っていちいち疑っていたらまともに生活することすら出来ない。

 俺が触れ合って来た、行政に関わる多くの人達は、良くも悪くも理性的な人達だった。

 今更、そんな古代の王がやらかしたように怪異を手懐けて軍隊を作るような無茶をするはずもない。


「わかっています。それこそがあなた方の美徳だ。しかし、やはり私はお気をつけてと告げるのです。もしもの時にあなたを守る言葉の一片なりともになれればよいと願うがゆえに」


 うん、なんか凄く言動がおかしいです。

 とりあえず、もう関わり合わずにさっさと帰って行こうとしている浩二を追って、俺もその場を辞した。

 由美子はどうやらそのまま教授と残るらしい。

 あの教授、優しい感じでいい人だな。


 講堂を出ると、また大学独特の静けさの中でさざめく若者達の活気を感じてほっとする。


「変な人でしたね」


 浩二がげっそりした顔で言った。


「まぁ変態だからな」

「なるほど」


 そう言えば久々にこいつと一緒か。


「そうだ、なんか食いに行こう。一緒に食事するのも久々だし」


 すっと眉を上げて俺を見た浩二は、一瞬迷うような色をその目に浮かべたが、少し笑って頷いた。


「まぁいいでしょう。兄さんが奢ってくれるのは久々ですね」

「え? 俺の奢りって決まってるのかよ。おい」


 解決には程遠い結論に至った訳だが、とりあえずは俺たちにもう出来ることはない。

 心のなかに引っかかりを感じながらも、これで日常に戻れることにちょっとだけほっともしていたのだった。

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