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15、古民家は要注意物件 その四

 駅からほぼ30分間隔で出ている北部方面のシャトルに乗り込み、結界外へと向かう。

 結界とは言っても、実の所壁のような明確な物がある訳では無い。

 上空から見下ろせば、建物の密集した都市と住宅地の間を、何もない帯状地帯が円を描いているということがわかるだろうが、それだけだ。


 昔、といってもまだ百年そこそこだが、その頃ぐらいまでは、人口の多い都市部の周辺には本当に強固な壁があり、人や獣、そして災害クラスの怪異モンスターから人々を守っていた。

 壁で防げるのは、体を持った怪異、俗に言うモンスタークラスだが、実際にはどのくらい効果があったのかは不明だ。

 しかも実体化をしていない怪異マガモノについてはほぼ放置状態で、街中ではしょっちゅう連中の絡む事件が起こっていたらしい。

 だが、今やそんな古典的な防壁に頼っている大都市は存在しない。

 地方都市のいくつか、貧しい国々とかはまだまだそういう防壁も現役らしいが、かの錬金学修士であり、物理学の権威でもあった、アイシタイとかアルバムとかいうゲルマン人が、コイル状光粒子振動帯なる力場の発生プロセスを確立させて以来、人類は、ついに自らをも封じてしまっていた不自由な壁から開放されたのだ。


 この結界素材は、常時通電の必要はあるものの、それまで結界と言えば術者が行使する強力だが短時間しか効果が無い物、鉱物を使った消耗率の激しい物、象徴を使った自意識があるモノにしか効かない物、そんな、一長一短で決して使い勝手のよいものでは無いという認識を、根本から考え直させる革命的発明だったのである。


 この電気的な結界が発表されるやいなや、たちまちいくつかの国の首脳達によって議論され、防衛部隊によって実践で確認され、その有効性が認められると、あっという間に世界中に広まることとなった。


 まあ、これだけポピュラーな技術なんで、電気式結界をテーマにした勉強は随分やらされたもんだ。

 高校の基礎理論、大学で応用技術として苦労しながら習った。

 あの頃、決死の覚悟でやった勉強は、忘れようとしても忘れられない記憶として残っている。

 ただし、実用性はない。理屈はわかっても民間で利用できるようなものじゃないからだ。

 そして、いらんことを思い出したせいで、つられてゴボゴボと湧き上がる汚水のごとく古い記憶が溢れて来た。


 家族の総反対の中、自力で大学に入るためには成績上位での奨学生枠を取る必要があった。

 今考えると、当時は結構無茶な詰め込み学習をしていたと思う。

 おかげで今や、当時の勉強のことを考えると気分が悪くなるようになってしまった。


 俺は頭を振ってそれらの記憶を一緒くたに脳内ゴミ箱に放り込んだ。


 シャトル列車の前方で、レールを伴った跳ね橋がゆっくりと下りる。

 結界の中と外を繋げる道の完成だ。


 そこ(・・)を通り過ぎる刹那、列車内で思い思いに交わされていた会話が途切れ、僅かな緊張の混ざる静寂が訪れる。

 電気的結界は、決して人体に影響しないと保証されてはいるが、どうも、誰もがなんとなく緊張してしまうような何かがあった。

 実際、ケーブルの上の帯状の土地も、建物を建てることは禁じられているものの、別に立ち入り制限はされていない。

 だが、その上に人影を認めることは極めて稀だ。

 せいぜいが反抗期の若い連中が原動車バイクを転がしているぐらいだろう。

 やはり、なんとなくだが、誰もがそれにおそれを感じるのだ。


 結界とは断つ物。

 怪異とは本質的に思念であり、想念だ。

 それを断つということは、人の意識をも断ってしまえるのではないか?

 そんな風にまことしやかに囁く声が絶えない。


 といっても、そんな不安は一瞬の物。列車は何事も無く、中と外とを繋ぐ跳ね橋を渡る。渡りきった所がもう隔外だ。

 隔外からは、風景が一変する。

 鬼瓦に守られた瓦屋根の家々。

 一時代前のこの国ではごく一般的だった都市部の風景がそこには広がっていた。

 現在中央の都に立ち並ぶ巨大なビルなど、昔なら災厄を招くだけの物として、誰も建てようなどとは思わなかった時代があったのである。

 なんといってもバベルの塔の災厄の話は有名だったしな。


 だが、常時発動の結界に守られて、人はその反動のように技術の粋を凝らして頑丈で高くそびえるコンクリートのビルを次々と建てた。

 そして人々は、結界の加護の下に急激に文明を発展させ、生じた文化を謳歌するようになったのである。

 もはや闇の時代は終わったと誰もが思っていても、それは責められるべきことじゃないだろう。


 さてさて、うん、窓越しに眺める街の風景は、ちょっとだけ故郷を彷彿とさせるようなものだけど、所々に粗が見えるんだよな。

 一度もメンテナンスしていなさそうな鬼瓦とか、庭にある欠けた灯籠とか。

 まあでもそれは、この辺りでは大して古典的な守護は必要とされてないってことを表しているんだろうから、喜ばしいことなのだろうなぁとは思うのだが、なんとなく釈然としない。

 危機感の喪失だけならまだいいが、先人から受け継いだ知恵が失われてしまうような時代が近い内に訪れてしまいそうで不安になるのだ。


 人が守られることに慣れたからと言っても、世界のことわり自体は変わらずに存在し、怪異は生まれ続けている。

 今になって、浩二の奴が何を心配していたのかがわかるような気がした。



「木村さん、あそこです」


 隔外ニ番駅に降り、延々と続く似たような風景のおかげで、迷路さながらとなっている住宅街に恐々としながら歩いていた俺に、伊藤さんが声を掛けて来た。

 顔を上げて示されたほうを見ると、この辺りはそれまでと趣を変えて、田舎の風景風にデザインされた一画となっている。

 様式はバラバラだったが、本格的な造りの田舎家が並んでいた。

 その中に在って、伊藤さんの示した家屋は一見してごく普通に見える。

 だが、それは何も知らない奴が見た場合だ。


「おいおい、こりゃあ不動産免許一発取り消しクラスのポカだろ」

「どういうことですか?」


 俺の呟きに伊藤さんが不安げな顔になる。

 一瞬しまったかな?と思ったが、ここは下手に隠すよりも問題点をはっきりさせておいた方がいいだろうと思い直した。


「伊藤さん、この家は実際にどっかの村から運んで来た物だと思うんだけど、間違いないかな?」

「あ、はい。それも父の自慢で、凄くいい状態の古民家が手に入ったって……喜んでて、」


 言葉が不安そうに途切れる。

 つまり古民家風ではなく、実際にどこかにあった古民家をここまで持って来たってことだ。ご苦労様。

 まあ状態はそりゃあ綺麗だったろうな。

 実際に人が住むことなどなかっただろうし、状態維持の呪いがあちこちに使われているはずだ。

 しかし、不動産屋専属の風水師は何やってたんだ?

 急いで納品したんで確認しなかったとか、そんな間抜けな事情じゃないだろうな?


「えっとだな、僻地の集落では時々あるんだが。その、いわゆる怪異バケモノ捕獲器ホイホイみたいな物だと思ってもらえばわかりやすい、かな?」


 しばしの沈黙。


「えっ! ええっ? 台所の黒い悪魔を捕獲するのと同じということですか?」

「うん、まあその、黒い悪魔さんいらっしゃ~いじゃなくて、怪異バケモノさんいらっしゃ~いって所か」

「そ、そんな……」


 ショックのあまりに絶句。

 正にそんな感じで固まる彼女の様子に、もうちょっと言い方が他にあったかもしれないと反省する俺なのだった。

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