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エンジニア(精製士)の憂鬱  作者: 蒼衣翼


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128:羽化 その三

 冒険者カンパニーの設立はどうやら年の瀬の忙しい時に行われたらしい。

 役所はバタバタとしていてなかなか仕事が上手く回らない時期だ。

 そこになんらかの意図を感じるのはある意味当然のことだろう。


「よくそうやって勘ぐられるのですが、全くそんなことはないのですよ。実は生誕祭のお祝いの時に会社設立の話が出て、冒険者らしく即断即決を行った結果登録が月末近くになっただけの話なんです」


 目前に座る男は冒険者のイメージと相違して、パリっとした背広姿のエリートサラリーマン然とした格好をしていた。

 やたらと濃い顔なのに翻訳術式を使っている訳でもなく流暢な日本語を話すのがものすごい違和感だ。


「確かに冒険者は即断即決と聞きますが、そもそも膨大な情報を収集してからでないと考慮すらしないとも聞きますね」

「ふむ、我々を随分高く買ってくれているようで嬉しい限りです」


 我が国にはこれまでほとんど冒険者がいなかった。

 地脈と精霊を繋ぎ、それぞれを結び管理している朝廷のおかげで、この国は国内の土地の異常をほとんど自国で一元管理することが出来る。

 島国という排他的環境もあって、自国で管理できない者に怪異への対処を任せたりはしていなかった。

 別にこれは我が国だけの話ではなく、島国家はほとんどそうだと聞いたことがある。

 精霊主義国家の大半が山岳地帯と島国であることを考えれば、その独立主義っぷりがわかるだろう。

 そのため、この国の人間の多くにとって、冒険者とは物語の中の存在だった。

 そう、今までは。


 冒険者は粗野なイメージがどうしても付きまとう。

 装備は独特、基本暴力的な見た目で野蛮と言っていいし、何日も風呂に入らずに行動したりするから体臭のキツイ者も多い。

 さらに暴力の世界に生きているのでその言動が乱暴だ。

 しかし、彼らの世界が弱肉強食で出来ているという意味をよく考えたら、彼らが粗野なだけではないということがわかるだろう。

 生物としての人間の強さは肉体の強さではない。

 そう、冒険者とは馬鹿は死ぬ世界で生きている者達なのだ。

 その外見だけで単純な力だけを信奉している者達と侮ってはならない。


「しかし驚きましたね。立派な物です。まるでお役所がもう一つあるような感じすらする」

「そうですね。私達は見栄えを結構気にする生き物なんですよ。力があるならそう示さないと侮られると言いますか」

「なるほど」


 この冒険者カンパニーの立地はゲートのある特区庁のすぐ傍にあった。

 なんでも特区にホテルとしてオープンする予定だった建物が、手続きに手間取って資金不足に陥って放棄されたらしい。そしてそれを冒険者カンパニーが流用したとのことだ。

 そのため、ヘタするとお役所より豪華にすら見える。


「それで、今回のご用件は、迷宮中階層での異常事態の調査依頼でしたっけ?」

「いえ、ええっと、依頼ではなくて、所見をお聞きしたいと申しますか、冒険者はどう感じているかを知りたいと言いますか」


 相手の切り出し方からしてこれは一筋縄ではいかないと感じられたが、とりあえずこちらの要求をストレートに告げておく。

 その俺の言葉に、この冒険者カンパニーの代表取締役であるらしいアウグスト氏は少し困ったような顔を作った。


「ふむ、さすがにこの国の方は冒険者というものをご存じないとみえる。我々は対価のない依頼は一切受けません。それがインタビューであろうと、依頼として提出していただき、それをお受けする形で成り立ちます。特に我が社は冒険者の情報を管理するという立場にあります。代表自ら筋の通らないことをする訳にはいかないでしょう?」


 うわあ面倒くさい。

 俺は横に座ってその場のやりとりを眺めていた弟、浩二に視線を投げた。

 続きは任せたという意味だったが、なぜか浩二は無言で同じく視線によって俺を制して、会話をそのまま続けさせる。

 仕方ないので交渉に戻った。


「はあ、それで、依頼として出す場合、その相場はおいくらくらいになるものですか?」


 俺がそう尋ねると、相手は今度ははっきりとわかるぐらいに嘲る口調で応じる。


「やれやれ、交渉という物をご存知ないお方は困る。まぁ島国に引き篭もって特別な立場にある御方となれば傲慢がデフォルトというのは別におかしなことではないのでしょうが、いささかガッカリですね」


 うーん、すごく持って回った言い方だけど、これってもしかして挑発されているのだろうか?

 純粋な交渉ではなく、丁々発止のやりとりをしたいって言うんなら詐術などというスキルを持たない俺にはどだい無理な話ではある。

 そっちが得意の弟殿はなぜか交渉の席に着こうとしないし。

 困ったな。


「そうですね。実のところ今回俺は交渉とかするつもりはないし、聞きたいことを聞きたいだけなんですよ。だから勘弁してくれませんか?」


 アウグスト氏はふうと息を吐いた。


「ならば100万と言う所ですか」


 うっ、これは俺の感覚からすると法外に高い。

 しかし、情報という物の値段は表面からはわからない価値を持つ場合も多い。

 これを高いと一概に跳ね除けていいのかどうかがわからなかった。

 わからないことは相手に聞くしかない。


「ええっと、それが相場ということなんでしょうか?」

「手付けといった所ですね」

「……っ」


 これはもう相手に取引をするつもりがないと思ったほうがいいのではないだろうか?

 席を蹴るべきなのか?

 ちょ、涼しい顔してないで助けてよ、コウくん。


 俺の懇願の眼差しが届いたのか、もしくはそれ以外の理由なのか、浩二はやっと言葉を発した。


「それで、貴方は僕達と直接顔を合わせての会話というこの状況にどれだけの対価をお支払いになるおつもりなんでしょうか?」

「ほう、ようやくマリッツィアらしくなって来ましたね。よろしい、根拠を提示してください」


 マリッツィアってなんだ? それと根拠ってなにの? 会話の対価って?

 浩二よ、兄ちゃんはお前とその人の言っていることがさっぱりわからない。


「貴方は今、兄のことを特別な立場にある御方と言った。それは僕達のことを知っているという意味でしょう? それならば貴方は僕達の情報の価値をよくご存知のはずだ。そして僕達がそれを貴方に今現在提供し続けていることの危険性も」

「ふむふむ、いいぞ、ブラッボォ! 続けて」

「ゆえに僕達は今現在貴方に対価の先払いをしていることになる。冒険者の流儀で言えば『ただで与えられる情報の価値は地に落ちる』といいましたっけ?」

「素晴らしい、予習は出来ているといった所ですね。あえて彼を前面に立たせたのも、私に疑念を抱かせず情報を受け取らせるためだったということでしょうか」

「何の話だよ」


 俺の横でわからない会話を繰り広げられると困る。

 解説を頼みたい所だ。


「兄さんは自分の価値を知らないということですよ。僕達はここに通された時からあらゆる方法で記録されています。そもそも彼らが簡単に交渉のテーブルに着いた理由を考えるべきです」


 あー、もしかして俺らの素性がバレてるってことなのか?

 そりゃあマズい……のか、……な?


「とまぁこの通りの人なんで」

「ふむ、予想以上と先に断っておきますよ。てっきりもっと用心深いと思っていました」

「貴方のおっしゃる通り島国の引きこもりですから、僕達」


 ふっ、とアウグスト氏が失笑した。


「いや失礼。ですが、実のところ私は貴方方に失望したりはしていないのですよ。確かに交渉は下手くそですし、そもそもの出だしで間違えてますが、実際……『間違えるリスクを冒してもそれを押し切る自信がある』ということではないかと恐れ慄いている始末ですからね」

「考えすぎでしょう」

「……ほう?」


 うん、お手上げだ。

 お前ら何の話をしているんだ? って言いたい。

 そもそも俺達の価値云々は今はどうでもいい話だろうに。


「お楽しみの所すまんが、とりあえずこれだけ教えてくれないか?」


 業を煮やした俺はすっくと席から立ち上がり、真っ向から尋ねた。


「結局の所、メタモルフォーゼ現象について知っているのか知らないのかどっちだよ」


 応えたのは、喉の奥てで笑いを噛み殺したようなアウグスト氏の声と、弟の呆れ果てたと言わんばかりの表情と言葉だった。


「ほらね」

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