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13、古民家は要注意物件 その二

「さてと……」


 相談を受けたからと、即彼女のお宅に訪問という訳にもいかない。

 平日の仕事が終わってからになると、当然夜になるから怪異絡みは条件が悪いし、しかも相手は嫁入り前の娘さんだ。

 俺は年齢的には付き合っていてもおかしくない異性だし、ご近所やご両親に変に思われてもマズいだろう。

 だが、今は週の始まりで、日中に自由に動ける週末まで間が空く。

 ことがことだから事態が取り返しがつかないぐらいに進行してしまうのはまずい。

 そこで特技を生かしてひと工作してみることにした。


 まず用意するのは生卵。

 一応一人暮らしでも卵は頻繁に料理に使うので冷蔵庫に常備してある。

 望まれれば主夫でもなんとかいけるんでない?という程度には生活力はあるつもりだ。

 アピールする相手がいないけどな。


 さ、さて、気を取り直して、次に極々細い銅線を引っ張り出す。

 しょっちゅう何か作ってたり修理したりするんで、我が家には小規模なジャンク屋程度の部品類が転がっている。

 とは言え、きちんと仕分けはしているぞ。

 物作りに流用するんで整理整頓も大事だ。

 やっとかないと探すのが面倒だからな、果てしなく。


 引っ張り出した銅線だが、今回のような場合には本当は銅よりも金が良い。

 だが、短期間だし偽りの金と言われる黄銅なら十分間に合うはずなのでこれを使うことにした。

 まあなんだ、しゃれを言う訳じゃないんだが、さすがに金を手軽に使えるようなかねが無いんだよな。


 金という物質は、魔術的にも貴重な素材で、太古の昔から変わらず値が張るという脅威の普遍的高価値金属だ。

 おかげで安全な資産として購入する投資家までいて、人類滅亡まで価値が下がらないであろう物質と言われている。

 ……恐ろしい。

 一介のサラリーマンがホイホイ使うのは無理な素材ってことだ。

 俺が金持ちではないことを再確認したところで黄銅だが、これは綺麗に磨かれた物は淡い金色で、とても加工しやすい金属だ。

 金もまた同じような特徴がある。

 この、金に表面上の性質が似ているという所が肝心だ。

 それこそがオカルト学で偽りの金と言われる所以でもある。

 そして、そういう相似点を取っ掛かりに、世界の認識をごまかすのが、俺たちエンジニアの真骨頂というものなのだ。


「それじゃあ、楽しく巻き巻きするかな」


 一人で作業をすると、なんとなく寂しいのでつい声が出てしまう。

 他人に見られると恥ずかしいが、ここには他人どころか人は俺しか居ないから大丈夫だ。

 ……大丈夫なはずだった。


 だが、しかし、そうやって、俺が生卵に丁寧に黄銅線を巻き付けていると、軽い羽音が頭上でずっと聞こえているのはどうしてなんだろう?


 この羽音の主は、機械カラクリと式という、相容れぬ技術を元にそれぞれ作られた二匹の蝶々さん達だ。

 本来、少なくともカラクリの方は簡易守護陣を編みながら部屋の中を巡回する設定のはずなのだが、何故か二匹共に俺の頭上に留まって戯れている。


「お前か?」


 おもむろに問い掛けてみるものの、当然返事などない。


 この片方、式の蝶の主は妹なので、本来ならば当然この式を通して妹はここでの状況を見聞出来るのだが、今、妹はまだ実家にいるはずで、そうなると都市級結界の中と外になる。

 結界は外部意識の流れである道を一旦遮るので、妹とこの蝶の接続は現在不可能で、こいつは今のところ自立行動中のはずなのだ。

 もし、非常識にも、結界を挟んで見聞可能だったりしたら、凄く困る……そう、凄く。


 だって、ずっと監視されているようなもんだぞ?人としてそれはいかがなものかと思う次第だ。

 決して見られて困ることをしている訳ではないが。


 しかしなあ、あいつならやりかねん……。


「気にしたら負けだ」


 頭を振って、気を取り直す。

 そのまま、不自然に頭上に留まる蝶々さんズを放置して、俺は黄銅線の巻き付けを続けた。

 巻き方はいわゆるカゴメ巻きというやつで、目が六芒を形作るというよく見る籠の編み方だ。

 底辺を丸く残して編み上げ、ほどなく外の形は完成。

 完成したら底の穴から卵をつついて割り、中身をボールに出し、それでとりあえず卵焼きを作った。


「いや、卵焼きは関係無いんだが、早く使わないと鮮度が落ちるから使ってみました」


 って、付き纏っている蝶々ズが、おもむろに、取り出したフライパンで料理を始めた俺を不思議そうに眺めていたので(いや、まあ、雰囲気だが)、つい言い訳じみたことを口にしてしまった。

 いや、いかんいかん、あれは無視だ。


 その後、黄銅籠の内側に残った空の卵の殻を突いて崩し、丁寧に取り出すと、次に、特殊な鉱物を鉱物棚から引っ張り出す。


 粘石と呼ばれるこの鉱石属は、水を含むと粘性を持つことで知られる。

 だが、利用範囲が限られているため、一般にはあまり普及していなかった。

 それでも、子供用の玩具の原材料になっていることが多いので、そういう物の商品名を挙げるといきなり知名度が跳ね上がるが、原材料としての名となると、もはやそれなんの呪文?レベルだ。

 だが、こういう一時凌ぎには存外と相性がいい。


 俺は粉末状の青色粘石を乳鉢に大さじ一杯入れ、部品洗浄用に常備している純水を少しずつ加えながら混ぜていく。

 最初白っぽかった粉が水を含んで藍色に変わり、粘土と液体の間ぐらいの粘度になったところでストロー状のガラス管の先端に小指の先程度を掬い取った。

 それを先程作った卵型の銅籠の中に突っ込む。

 俺は思いっ切り息を吸い込むと、そのガラス管に口を付け、ただひたすら息を吹き込んだ。


 はっきり言って、この液状粘石を膨らませるには、ゴム風船を膨らませる比ではない肺活量が必要である。

 具体的に例えれば、ダンプカーのタイヤを人間の息で膨らませようとするぐらいだろう。

 いやまあ、そんな経験無いから知らんけどな。

 ともかく、


「エアーコンプレッサー、せめて手押しポンプぐらいは買っとくべきだよな」


 息をひたすら吹き込み続けたため、酸欠による酷い頭痛を引き起こし、床に転がりながらそう決意した。

 うん、いや、いつもこんなことがあるたびにその直後には購入の決意をするんだけどな……。


 さて、そんな俺の献身的な作業によって、黄銅籠の内側に瑠璃色のガラス状の膜が出来あがった。

 この膜から、急ぎ過ぎない時間を掛けて水分を飛ばすため、扇風機の前にそれを吊るす。

 決して送風機が無いからその代わりではなく、扇風機が作業に最適だから使っているのだ。

 これは本当だ。

 この過程に大体1時間掛かるので、その間に延び延びになっていた飯を食うことにする。

 伊藤さんの相談を聞いた店のカレーはプリンみたいな形にご飯が可愛く盛ってあって、別容器のカレーをそれに掛けて食うみたいな上品なやつで、なんか食った気がしなかったからな。

 しかもあんな話をしながら掻き込んだもんだから味すら覚えてない。


 冷めてしまってはいたが、一品、卵焼きは既に作ってあるので、後は飯を炊いて、簡単に春キャベツをツナ缶の中身と一緒に皿に盛り、それに密封皮膜ラップを掛けて少し電磁調理器で熱を通し、最近人気のマヨネソースであえる。

 これで夕食兼夜食の出来上がりだ。

 一応カレーを既に食ってるからこの程度でいいだろう。


 飯を食い終わると、ガラス状になった粘石が乾いて、見た目は正にガラスそのものとなっていた。

 こうして見ると簡単で綺麗なのでガラスの代用品としてよさそうに思えるのだが、残念ながら何事もいいばかりということは無い。

 この粘石は劣化が早く、ひと月も持たずに剥離が始まるのだ。

 まあ、性質を考えれば当然だけどな。

 だが、黄銅と同じように短期間なら十分だ。


 これをもうちょっと吊るして乾かして置いて、俺は部品の半端物を纏めている引き出しを開け、古くなった水晶機関から捨てる前に外して回収しておいたまだ使える水晶針を探す。

 透明度と大きさが近い物(そもそも国際規格として規格化されているので基本サイズは統一規格になっている)を二本取り出し、古いケースの端を切って加工したリサイクルケースに据え付けた。

 そのケースの端子から延びたコードを丁度良い長さに切って、裸の線を発光球と接続。

 その頃には大体いい具合に乾いた卵型籠の中に、この発光球を仕込んだ。


 六芒の星を描く卵型の黄銅籠は生命と太陽を表し、瑠璃の偽ガラスは空を表す。

 すなわち、内部からの光は、空を透かして太陽を照らすという、逆転のことわりを体現している訳だ。


 そう、つまりこのランプは、世界の逆転の象徴なのである。


 怪異は、その成り立ちから概念の影響を強く受ける性質を持つ。

 特に、まだ実体を持たない時にはそれが顕著だ。

 まあ、実は、この手の仕掛けは、概念を認識出来る人間をも少々不安にするという機能を持つのだけど、怪異と比べれば気のせいということでごまかせるレベルなので、大丈夫だろう。

 別に体調に影響したりもしないしな。

 で、これを、問題の家の中心で作動させておけば、怪異は逆転世界の気配を感じ取って混乱を来たし、その混乱により活動を沈静化出来るという、極々単純な仕掛けのアイテムなのである。



「伊藤さん」


 翌朝、会社に出社した俺は、早速彼女にそのランプを手渡した。


「あ、木村さん、おはようございます。あの、これは?」


 突然のことに戸惑う姿がちょっといい。

 あ、いや、それはともかくとして、説明しなきゃな。


「問題の家の中心にある部屋で使ってみてほしい。おそらく、しばらくの間異変を抑えられると思う。せっかく相談してもらったのに、お伺いするまでに何かあると俺の寝覚めが悪いしな」


 あまり期待されないように、少し冗談っぽく軽く言ってみたのだが、伊藤さんはこっちが驚くほどぱっと顔を明るくした。


「ありがとうございます。凄く助かります」

「いや、ごまかし程度なんで、正式の対処は別にきちんとしないと駄目だからね。それは間違えないように」


 こういう混乱系のアイテムは、相手に耐性が付いてしまうと効果がほとんどなくなるという使いにくさがある。

 本当にその場凌ぎのためだけの道具でしかない。


 目的を果たすと、軽くお互いに頭を下げあって席に戻った。

 その直後、男のくせに噂好きの先輩同僚の佐藤氏がすすっと俺の席に寄って来る。


「おいおい、伊藤ちゃんと抜け駆けで付き合いだしたのか?まあうちは社内恋愛禁止じゃないけど、仕事に影響させるなよ」


 なんでちょっと話してただけで速攻そっちの方向へ持っていくんだ?否定せざるを得ない俺のハートが傷つくのを考慮とかしてくれよ、マジで。


「違う、相談を受けて届け物しただけ。色っぽい話じゃない」


 内心の動揺を押し隠し、俺は淡々と答えた。


 いや、ちょっとだけ、社内の噂になってしまったら逆に意識しだして、なし崩し的に既成事実になるんじゃないかとか、単純で邪な思いが頭をよぎったが、それをやっては男として人として終わってしまう気がした。

 やっぱ男たる者、女の子を困らせるのは駄目だ。

 惚れられて困らせられるのは大歓迎だけどな!


「ちぇー、でもわかってたさ」とか、さり気に俺のハートに追撃を加えて、佐藤氏は自席に去った。

 この人これで俺より十六も上で、奥さんと子供もいるはずなんだけどな。いいのか?こんなんで。

 とりあえず一難去った俺は、ちらりと伊藤さんのほうを見る。

 彼女はにこりと笑うと、軽く頭を下げてくれた。

 ちょっと嬉しい。

 しかし、なぜかうちの部署のお局様の園田女史が彼女の隣から俺を睨んでるんだけど……。

 

 ん?俺、なんかした?

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