98:明鏡止水 その二
夢のカケラを使って充電する蓄電池開発は、その出だしから躓いていた。
「サンプルが手配出来ない」
課長が渋い顔である。
まぁでも仕方の無い話ではあった。
夢のカケラの所有は許可制であり、民間取引は禁止されている。
しかもとんでもない高額商品であり、実験で使い潰せるような代物ではなかった。
うちで危険物取り扱いと魔法資源取り扱いの資格を持っているのはお隣の開発室の数人だけなので、結局はお隣との共同開発となったのだが、そうやって場を整えて手配を掛けてもなかなか入手が困難なのだ。
「とりあえず俺たちは色々と可能性のありそうなシステムを設計するだけなんだし、まだそれも行き詰まってるから実物どころの話じゃないんだけどね」
ぼやく俺に、流が魔法エネルギー摘出装置の一般的なモデルを示す。
「一般的に魔法エネルギー摘出には圧潰方式が使われる訳だが……」
物質に閉じ込められている魔法エネルギーを取り出す場合、一番手っ取り早いのがこの圧潰方式だ。
なんといっても発電施設の多くはこの方式を採用している。
「夢のカケラはそれ自体が高魔法エネルギー体だ。下手に圧力を掛けたら無秩序な魔法効果を撒き散らしながら拡散するんじゃないかな?」
「正直、そんな物質が結晶化していること自体が有り得ない話なんだけどな」
「迷宮生成物に常識を求められても困るだろうよ」
流の常識的な意見に俺も一般論で返す。
正直今更論じるような話題でもない。
それなのに俺たちがこんな話をしているのは、エネルギーの変換方法を模索しているせいだった。
一般的に夢のカケラをエネルギーに変換するには、一度結界内に閉じ込めて、結界内で術式を発生させて効果を引き出すというやり方が取られる。
つまり、本来夢のカケラ自体が魔法エネルギーであり、それに魔術式や魔法を使って何らかの術効果を発生させることで一般的なエネルギーとするのである。
うん、なんかおかしいよな。
つまり夢のカケラはあくまでも生のエネルギーであり、そのまま使う方が効率的なんだ。
下手に変換すると、手間とエネルギー損耗率が馬鹿みたいなことになるのである。
しかも、俺達がやろうとしているのは、蓄電だ。
普通にやれば正に無駄の極みでしかない。
「もう一つ問題がある。魔法陣が使えない以上は一度術式を通してエネルギーに変換する手は使えない」
佐藤が電算機を何やら弄りながらそう発言した。
魔法陣や術式は武器扱いなので家電では使えないのだ。
「前にポットでやったやり方は使えないのか?」
「あれは効果の弱い術式だから使えたやり方だよ。あのやり方だと単純な図形しか描けないし、さすがにこれに同じやり方をしたら吹っ飛ぶぞ」
俺の問いに答えたのは流である。
すごく物騒な話だった。
「なあ、すごく基本的な疑問なんだけど、これって、家電屋のやるべき仕事じゃなくね?」
俺は投げやりに口にする。
「今更すぎるな」
「常識は投げ捨てるものだよ」
今更何をという口調で俺に同意する流と、馬鹿なことをあっさり言う佐藤。
なんてアットホームな職場だろう。
感動で涙が出そうだ。
「そもそもだからこそ君の出番だろうが」
「はい?」
一人嬉しそうにはしゃいでる佐藤の言葉に俺は嫌な予感と共に声を上げた。
「君は錬金術師だろうが、力の変換については専門家のはずだ」
「魔力と錬金術とは相性が悪いんだよ」
まぁ俺がチームリーダーに指名された理由もその辺りなんだろうが、正直辛い。
世界に錯覚を生じさせて法則の隙間を通すのが錬金術なら、強大な力技によって世界の理をねじ伏せるのが魔法だ。
よくこの二つを同じものと錯覚する人がいるが、全く違う方向性の技術なのである。
―― ◇ ◇ ◇ ――
「すごく苦労されているみたいですね」
その日の終業後、帰路を共に歩きながら伊藤さんが心配そうにそう言った。
そろそろ雪が降ってもおかしくない時期だ。
彼女の服装は薄茶色のコートにショートブーツとなっている。
何年も同じ物を使い続けてすっかり着古した俺の着ているジャンパーとはすごく釣り合わないこと甚だしい。
「う~ん、まあこの企画は最初から苦労することは見えていたからね。予想外という話ではないんだけど」
「私も何かお力になれればと思って色々調べてみたんですけど、夢のカケラって基本的に魔術師か魔法使いが使う物らしいですね。一般的なエネルギーとして利用するという事例が見当たらなくって、すみません」
「いやいや、謝るようなことじゃないよ。俺の仕事だし」
彼女と一緒に当然のように大型スーパーのほうへと向かいながら、俺はそういえば最近コンビニに寄って帰るってことがなくなったなと思い至った。
平日は彼女も滅多にうちに寄ったりはしないが、簡単な夕食のレシピを二人で話しながら一緒に買い物をするのが習慣化しつつあるのだ。
「そういえば、伊藤さん」
俺の呼び掛けに彼女はまっすぐなまなざしを向けて来る。
相変わらず子犬のような目だな、と思いながら俺は言葉を続けた。
「なんか最近、言いたいことがあるんじゃないの?」
「えっ!」
伊藤さんはたちまち顔を赤くする。
なんてわかり易い人なんだろう。
「ええっと、その、差し支えなかったら聞かせてくれると嬉しいというか、気になるというか」
伊藤さんは茹で上がったように赤くなりながらモジモジしていたが、キョロキョロと周りを見回すと、俺の腕を引っ張った。
「あの、よかったらどこか落ち着く所に入りませんか?」
言いながらそのままぐいぐい引っ張って行く。
言葉は問いかけだけど、どうやら決定事項らしい。
ここで俺が行かないと言ったらどうするんだろう?
いや、断らないけどね。
結局俺たちが入った店は、以前彼女に紹介してもらって流と飲んだこともある、元冒険者がマスターをしている多国籍食堂だった。
一見さんにはわかりにくい店だが、さすがに時間的に仕事帰りに外食する客でそこそこ混んでいる。
伊藤さんはピアノの近くの、演奏のせいで他人に声が聞こえない席を選んだ。
料理が運ばれてくるまでの間、緊張している伊藤さんをフォローしようと流れている曲名についての話題を振った。
今日の曲はクラッシックではなく、なにかのテレビ番組で聴いた曲をアレンジしているようだった。
「確か真冬の太陽って曲ですよ。ドラマ主題歌なんですけどそこのスポンサーのCMにも使われていて人気があるみたいです」
「へぇ、ドラマって観ないけど面白いのかな?」
「私も観てないんですけど、久美ちゃんの話では敵同士の男女が葛藤の中で愛を育んでいく話なんだそう……で、す」
途中からまたもや赤くなる。
どうやら今は触れてはいけないキーワードが出たらしい。
やがて、お茶のサラダと変わった色のどろっとした豆のカレーが運ばれて来た。
バガン王国料理らしい。
うん、意外と美味い。
「実はですね」
伊藤さんはサラダを少し口にすると、思い切ったように口火を切った。
「前に木村さんのお宅に泊まったことがあったですよね」
「あ、ああ」
俺としてはカレーを食っている時に思い出したくない記憶だ。
「うちの……母が、それでその、一人で盛り上がっちゃって。えっと、今度は我が家に泊まってもらいなさいって」
んん? 伊藤さんのお家に招待されてるってことか? 伊藤さんのお母さんから?
「ええっと、あの、……なりゆきで結果が出てから話を進めるのは許さないって……その、父も」
伊藤さんは真っ赤である。
しかしお泊りと伊藤さんのご両親がどういった関係が?
「その、ごめんなさい! うちの両親ったら思い込みが激しいんです。なんとか止めているんですけど、会社に乗り込みかねない勢いで、もう、馬鹿なんだから父さんったら」
「えっと、ごめん、かいつまんで説明してくれると嬉しいんだけど」
俺の言葉に伊藤さんはとうとう真っ赤になったまま顔を覆ってしまった。
「うちの両親、私と木村さんが付き合っているって誤解しているんです」
「お……」
付き合っている? 付き合っているってえっと、付き合ってはいるよな、こうやって一緒に過ごす時間は多いし。
ううん? うちに泊まった日からって、……え? なりゆきで結果って……まさか。
「もしかして、『恋人として』付き合っているって思われている……とか?」
「……はい」
グフッと喉にカレーが詰まってむせる。
プロポーズとか、いや、付き合ってくださいとかすらまだ全然言ってないのに、いつの間にか俺達と周囲との温度差が酷いことになっている。
会社でもなんかそんな風に見られているよね。気づかないふりしてたんだけどさ。
え? あの親父さん怒ってるの? 会社に乗り込みかねないって?
どうしよう。
俺の頭に浮かんだのはそんな言葉だけだった。




