借金で買った高級馬車を自慢する婚約者は、損切りすることにします。
「見てくれこの素晴らしい装飾を! 華やかだろう、我がシェーラー伯爵家の家紋も箔がついて輝いて見える」
アメリアの婚約者ジークベルトは、アメリアの実家であるベーレント侯爵家の屋敷の前に止まっている自分が乗ってきた豪奢な馬車を自慢していた。
「そして外観もさることながら、なんとこの馬車は追い風の魔法がついているんだ」
「……追い風の馬車と言えば、王家が所有するような高級品ですが」
「その通り! さぁ、乗ってくれ。そうすればその素晴らしさがわかるはずだ!」
そうしてアメリアは手を取られて、その高級馬車に足を踏み入れた。
たしかに外観の装飾も内装も派手で豪華だ。しかし、細かな粗が目立つ。
なぜか埃をかぶっている金具や塗装の色むら。
中に入るとなんだか埃っぽくて、アメリアが取り扱ったことがある追い風の馬車とはどこもかしこも違った。
馬車の中へと入ると、ジークベルトが御者に声をかけて走り出す。
しかし、彼のそば、椅子の肘掛けの部分についている魔法石に彼は手をつけなかった。
そこに魔力を注いで起動しなければ、馬車に追い風は吹かず、ただの普通の馬車である。
「いい乗り心地だろう? これはなんとあの、多くの有名な魔法具を手がけている魔法使い、ヘンラインの作品なんだ」
「それは、たしかに素晴らしいことですが……」
「だろう!? ああこの良さがわかってくれたか、買って良かったな、本当に」
「……ジークベルト」
胸を張って馬車の良さを力説する彼に、アメリアはとても静かな声で彼を呼んだ。
ジークベルトは、アメリアの沈んだ声に、やけに明るく言った。
「なんだよ、そんな声出して」
「……いくら、したんですか」
「無粋なこと聞くなよ。いいだろ、俺が好きで買ったんだ。家族も持つべきものは経済を回してしかるべきと言って喜んで契約を後押ししてくれた」
「……」
「そもそも、将来金なんて領地の収入でいくらでも稼げるだろ。なら今、手に入れたいものを手に入れたい時に買っておくのが賢いんだ。そりゃ止める奴だっていたが、それは自分が買えないから妬んでるだけに過ぎないさ」
ジークベルトはもっともらしい理論を展開する。
それをアメリアはもう何度論破したかもう覚えていない。
高級な指輪、割高な別荘、珍しい毛皮。
様々な品を欲しがっている彼に何度も言った。魔法馬車が欲しいと相談されたときにもきちんと説明して止めた。
そのはずなのに彼にはまったく響かない。
そして今度はよりにもよって魔法具だ。アメリアは、なんだか虚無感に襲われていた。
「それに、若いうちからこういったものを所有していると言うこと、それが信用につながる。事業の話が都合良く進んだり、よりよい話が舞い込む可能性だって大いにある!」
「……」
「なにより、自分が手に入れたいものを持っているというのは心が潤う。幸せだと自覚できるんだ。いいじゃないか、節約ばかりして貧相ながめつい奴より。君だってそんなことがわからない馬鹿じゃないだろ?」
「……」
ジークベルトは自分が間違っていないと証明するために饒舌に続けた。
アメリアが反対していることを知っていて、止められても、物欲にあらがえない。
それは本当に幸福なことだろうか。
「……そうは言いますが、ジークベルト。私はあなたがそれだけ幸せかどうかは正直なところわかりません」
「最っ高に幸せだってそれが――」
「ですが、損か得かでいうと確実に損であるということは言えます」
アメリアは、そう断言した。
ジークベルトは言葉を遮られて、少し黙ってアメリアを見た。
「借金をして、買ったのでしょう? 利息の支払いが、借金を返すまでにどれほどになるか計算しましたか?」
「……ま、まだこれからだ」
「その金額だけ、お金を貯めてから買ったときに比べてあなたは確実に損をしている、と何度も説明しています」
これでも、いくつもの言葉を省いて伝わりやすいように組み替えた言葉を言ったつもりだった。
しかしジークベルトは、変なきょとんとした顔をするだけで「でもさぁ」となだめるみたいにアメリアに言う。
「俺の両親もこんなにいいものを自分の名義で買えるなんて立派になったって、喜んでくれたし、友人たちも俺を尊敬してる、それって、損か得か、じゃなくないか?」
「……」
「そこには、価値はあるだろ? 俺はそれを重視してるんだよ。それを金銭の損か得かだけで判断する人間なんてよっぽどの薄情者なんだろうな。ほら、窓の外を見てみろ、いい景色だろ。いいガラスを使ってるんだ」
「……」
何度言っても、何度説明してもジークベルトには伝わらない。
アメリアは静かに息を吐き出して、額を抑えてため息をついた。
それでも彼はべらべらとこの馬車の良さを語る。
アメリアが気に入るように言葉を尽くす、この後の展開はお決まりだ。
馬車が適当にそこらを走って、しばらく時間が経つと、「それで」とジークベルトは切り出した。
「相談なのは、さっきアメリアも言ってた利息のことなんだが……」
「はい」
「元金を返すのが少し重たくてな……アメリアには利息を少し手助けしてほしい」
「……」
「若くして挑戦した俺を助けると思ってたのむ。こんなの投資みたいなもんだろ。俺は君のところに婿に入って、こういう素晴らしいものを使って派手に社交する。そうしたら仕事だってわんさかやってくるさ」
「……」
「わかってるだろ? だから、よろしく頼む」
ジークベルトはそう言って悪気もなく、アメリアに笑いかけたのだった。
アメリアは実のところ恋や愛について、理解が及んでいない。
しかし、結婚というものはわかる。結婚はお互い家計をともにして生活を営む小規模な共同経営だ。
今までなんとか、愛や恋ではないにしろ、将来の共同経営者となる彼のことを考え更正してもらう方向で動いていた。
しかし、今回の一件はそれを考え直すよいきっかけとなった。
(負債が膨らむばかりですね。……ここらで損切りとしましょう。大いに勉強になりましたが……そうですね)
ただ、切り捨てるでも良いのだが、これではアメリアの理論が彼の理論に負けたようではないか。
それに父にジークベルトの危険性を説いてこちらから和解金の支払いを支払っての婚約破棄、それはこちらが被る損が大きい。
これがただの市場の動きならば、アメリアだって仕方が無いと受け入れるが、相手は人間だ。
一般常識に照らし合わせて考えるとジークベルトはアメリアの言葉に耳を傾けるべきであり、夫になると決まっている人間が勝手に借金をして加えて利息の支払いの負担を要求するのはどう考えても不平等だ。
憤ってもいいはず。
アメリアは現に、歪んだ理論を展開する彼に腹に据えかねている部分があった。
そういうわけで、策を講じることにした。
呼び出したのは、アメリアが実家の商いで一番信頼している魔法使いのギルベルトだ。
「……あの、頼み事があるってことみたいだったけれどどういったご用件で?」
彼はおずおずとアメリアに問い掛けてきた。
声は優しく話し方はまったりと間延びしている調子だが、容姿は魔法使いらしく少々ずぼらで、切っていない黒髪が目元にかかっている大男だ。
また、魔法具の制作に熱中していて屋敷から出ていなかったのだろう。
侍女を振り返ると、察しのいい侍女はすぐにアメリアに、髪をとめるピンを刺しだした。
「表情が読めません、前髪をよけてください」
「え、は、はいっ」
言いながらローテーブルの向こうに居る彼に厳しい表情でピンを差し出す。
彼はアメリアに言われていそいそとの半分を横によけてピンで留めた。
そうするとやっとギルベルトの金の瞳が見えて、アメリアは話を切り出すことにした。
「それで、頼み事というのはですね。ギルベルト様」
「な、なんなりと」
「まだ何もいっていません。あなた、そういう態度を他の商人にもとっていませんか?」
「取っては、ないです」
「ならいいんです」
ギルベルトと話すが、アメリアは彼の態度が気になって話が進まない。
これはいつものことだった。
そうして、また頭を切り替えてやっと彼に言った。
「それで、話というのは、あなたに魔法具の認証申請を行ってほしいという話です」
「なるほど、申請。一番面倒なところですね」
「ええ、その通り。先日、私の婚約者が魔法馬車を購入したのですが、詳しく話を聞いたところ、まだ魔法具の認証証明書が届いて居ないため、魔法具としての使用は控えているそうです」
「それ。やばいやつじゃ」
「ええ、魔法関係の仕事に就いていればピンとくる人間が多いですかね」
「ま、まぁ、僕も魔法使いなので……」
なぜかギルベルトは、自分が魔法使いだという言葉を、モショモショと歯切れ悪く話した。
もっと誇ればいいものをギルベルトは時たま自信がなくなる。
背筋を伸ばし自身を持てと、また言いたくなったが、アメリアは話が進まないのでぐっと堪えて、話を続けた。
「話を戻しますが、その婚約者の魔法馬車にあるべき作者のサインを見つけ出して制作者を特定し、代理で申請を行っていただきたい、そういう依頼です」
普通、魔法具というものは、制作者が魔法具にサインを残し、きちんと本人が責任を持って魔法具の認証申請を行い品物とともに届ける。
しかし希に、人気魔法使いだったりすると、面倒で時間のかかる申請が後回しになることがある。
そういう場合には、他の魔法使いに依頼して、代理として申請することも可能である。
時間がかかっているジークベルトの魔法具の申請を、アメリアのコネを使って代理で行おうという提案である。
ただし、大体の魔法使いは魔法を使うこと、研究すること、魔法具の制作は大好きでも、申請など大嫌いである。
なので普通の魔法使いは受けてくれない。
だからこそ信用しているギルベルトを呼び出したのだ。
ちなみに、今更ではあるがベーレント侯爵家は遙か昔から魔法具の商いを主としている商家を抱える一族だ。跡取りという地位ならば信頼している魔法使いの一人や二人はいるものだ。
「……もちろん面倒で、魔法使いから倦厭される仕事だとは存じていますが、その分、報酬――」
「や、報酬とかいらないよ」
「……はい?」
「だって、アメリア様のお願いってことみたいだし、報酬はいらない」
(たしかに頼み事とは、言いましたが…………この人は)
そうしてアメリアは、若干あきれたような気持ちになった。
そうだから、生活に困るのだ。
もっと、自分を大切に、価値を高めて、お金を稼ぎ、生活を守る、それが一番大事だと言っているだろう。
叱りつけるためにぐっと視線を鋭くした。
ギルベルトは肩をすくめて少し猫背になった。
しかし、不思議と、ジークベルトに腹を立てていた時とは違う。
あの嫌な虚無感はない。
なぜだろうか、言語化はとても難しいように思えた。
アメリアは、追い風の馬車の利息を支払う件について条件を出した。
それは、魔法具の認証証明書を用意すること。しかしそれは、人気魔法使いであるため、すぐにとは難しい。
だからこそアメリアが責任を持って、代理の魔法使いを用意し、サインを確認して申請を行うという至れり尽くせりな条件だった。
そしてそれと同時に、追い風の馬車のお披露目会を行うのはどうだろうかと持ちかけた。
親類や家臣貴族、周辺領地の貴族などを呼び、せっかく手に入れた富の象徴を利用し、その馬車の素晴らしさを知らしめる。
そんな機会にしようと提案。
ジークベルトはそう言った催しが大好きだ。 もちろんその提案を呑んだ。
そして、当日、アメリアはシェーラー伯爵家の庭園に赴いた。
一番目立つ場所には、もちろん追い風の馬車、それを眺め交流できるようにガーデンパーティーの用意がされており、貴族達が和やかに談笑をしている。
ジークベルトとその両親が、ゲストの貴族達に挨拶を終えると、ジークベルトが馬車のそばに控えて、ギルベルトとともに馬車のそばにいたアメリアへと声をかけた。
「待たせたな、アメリア。改めて今日はこんな素晴らしい機会を用意してくれてありがとう」
「いいえ、私は当然のことをしているだけですから、お気になさらず。それよりも早速始めましょう」
「ああ!」
ジークベルトは自信満々の笑みを浮かべて、貴族達へと向き直った。
「皆こちらに注目してくれ。今から、今日のメインイベントである、魔法具のサインを確認する!」
そう声をかけると、緩やかに貴族達がこちらへと移動してきた。
貴族達は、口々に「楽しみね」「魔法使いヘンラインのサインを見るのははじめてだ」と期待を口にする。
「では、ギルベルト始めてください」
「はい」
そうしてアメリアは指示を出して、ギルベルトは、従者に馬車の扉を開けさせて中へと入っていく。
ジークベルトはキラキラとした瞳でその様子を眺めていた。
十分も経たないうちに、ジークベルトは、椅子の肘掛けの位置に設置されていた魔法具の基板部分を持って出てくる。
テーブルに置くとギルベルトの髪がまた顔にかかって、彼の瞳を遮った。今日に備えてきちんと散髪はしたようだが、それでも普通の男性よりは前髪が長かった。
「……これが、魔法具の基盤となる部分です。大型の魔法具は動力になる部分とこの部分が切り離せるようになっており、魔法使いは起動用の魔石の裏にサインを残すことになっています」
ギルベルトは説明しながら、用意された机の上に、魔法具を置いて、箱の上に突き出している魔法石を杖で示した。
「おお、この裏に!」
ギルベルトも、貴族達も興奮した様子で視線を送る。
ギルベルトが丁寧に、魔法具を開いて、起動用の魔法石が外されるのを眺める。
そして彼は外れたその裏を見て、ちらりとアメリアに視線を送った。
その視線にアメリアは、小さく首肯する。
「……」
ギルベルトは、無言のままゆっくりとこぶし大の魔法石を裏側にして、貴族達に見えるように差し向けた。
ジークベルトもそれをじっと見る。
貴族達も、じっと見る。
アメリアは、その数秒の沈黙の間に、声を張ってジークベルトに聞いた。
「あなた、どこの商人からこの魔法具を購入したのですか?」
「…………き、北の低級貴族が抱える商会、か、から」
「では聞きますが、あなた、追い風の馬車をほしいと私の前でぼやいてから、一ヶ月ほどで現物を私の前に持ってきましたね」
問い掛けると、ジークベルトは青くなって、答えなかった。
なのでアメリアは、その場にいる全員に聞こえる声で、続きを言った。
「魔法具を扱う大手の商会から買わなかったのは、大方無茶な要望を通そうとしたからでは?」
「……」
「できるだけ早く、できるだけ安く、そうごねたのでは?」
「…………な、なんで知って」
「ただの予想です。でもその様子では事実ですね。そして、信用のない商会にも声をかけた。彼らはすぐに用意できる、あなたの要望を通せるそう、強く言った」
貴族達の間にざわめきが広がる。
「その結果がこれです」
サインのあるべき、起動用魔法石の裏。
そこには目を皿にして見つめても、何もない。
まっさらなキレイな石肌が広がっているだけ。
ヘンラインどころか、誰のサインもされていない。
つまり、作り手がわからない、動くかどうかもまたわからない。
「あなたはその口車に乗せられて、偽物どころか、サインのない魔法具もどきをつかまされた。これはただの馬車です」
「っ……え……?」
ジークベルトは消え入りそうな声で、疑問の声を漏らす。
最初から怪しいと思っていた。と言うか、この目でこの馬車を見たときからアメリアは確信していたのだ。
これは、騙されていると。
騙す方がたしかに悪い、けれども、ジークベルトには非がないか。
答えは否だ。
「価値はせいぜい金貨五十枚と言ったところでしょうか。さて、あなたはいくらの支払いを商会に?」
「…………」
ジークベルトは黙りこくって、視線を下げた。
彼は小刻みに震えていて「うそだろぉ?」とつぶやく。
「どうやら、ショックで答えられないぐらいの金額を借金して、購入したようですね」
「ほ、本当なのか! よく見せてくれ!」
「嘘よ! そんなことがあるはずありませんわ!」
アメリアが断定すると、遠くから見守っていたシェーラー伯爵と、伯爵夫人がやってきて、伯爵はギルベルトの手から魔法石を奪い取って、顔に目一杯近づけて舐めるように見つめる。
伯爵夫人は、ジークベルトの肩に手を置いて、揺さぶった。
「どうして、そんな適当な相手から買ったのよ?! どうするのよ! 借金だけが残るなんて!」
心配からヒステリックになっているようだが、体をガクガクと揺さぶられて、ジークベルトはばっと母親の手を振り払った。
「黙っててくれ!」
そう母に怒鳴りつけて、ジークベルトはアメリアの方へと視線を寄こす。
そして、ぐっとアメリアのことを睨みつけて、大きな声で言った。
「君がなんとかしてくれよ! 俺は、騙されたんだ! 君は頭が回るし、婚約者なんだから手助けして当たり前だろ!?」
「……」
「詐欺に遭ったんだ! 借金なんてチャラに出来るはず! いや、出来なきゃおかしい!! アメリアは商会の仕事もしてるんだから、金にまつわることにはがめつい商人なんだから、そうする方法ぐらいわかるだろ!」
ジークベルトは興奮してアメリアに一歩また一歩と詰め寄ってくるが、アメリアのそばに来たギルベルトが、無言で間に入ったので、一定の距離は保たれる。
「君が暴いたんだから責任持ってなんとかしろよ!」
ジークベルトはギルベルトの行動など言及している余地もなく、アメリアにつばを飛ばしながら言った。
(……そうですか。この人本当に救いようがないんですね)
アメリアはそう判断し、ジークベルトがおとなしく落ち込んでいれば言わないつもりだった言葉を紡ぎ始めた。
「答えは、否です。私にそのような義理はございません。あなた方にそこまでするだけの理由などない」
「それでも――」
「それは、ここにいる誰もがわかっているはずです。シェーラー伯爵家はこうして、自身の欲望のままに自ら危険な道へと進んだのに他人にたかり、損失をなすりつけようとする」
「そ、そんなつもりは」
「加えて、今までも彼らは同じようなことをしていた。こういう機会があった故に、魔法馬車がただのガラクタだとわかったわけですが、果たして、この屋敷にある資産のどれだけが本物なのでしょうか」
アメリアは、不安を煽るように、集まった貴族達に問い掛ける。
「負債だけは、まごうことなく背負っているものですが、それの対価に手に入れた代物はそれほどの価値があるものか。貸し付けをしている人間は、それが回収できるのか」
貴族達は気が付く、彼らのハリボテの栄華に。
婚約者のアメリアにもたかるような人間だ、親類に借金がないとは考えられない。
そういう貸し付けをしている親類は、貸してるお金を返してもらいたくなったら、家にあるものを売ってでも返してもらえばいい。
そう考えているだろう。しかし品物の価値すら怪しくなった。
そうなれば、貴族たちはどう動くか。
「……シェーラー伯爵、支給わたくしと話を」
「いや、私が先だ。こちらは、シェーラー伯爵家の運営資金を融資したんだ」
「いいえ、私よ! 伯爵夫人に、少しばかり大きな金額を!」
そうして貴族達は、シェーラー伯爵家の三人にどんどんと詰め寄ってくる。
ジークベルトは、ぽかんとしていて、状況が理解できていない。
彼は、展開について行けていないようだった。
しかしアメリアはもう、この場に用はない。
アメリアは彼に貸し付けはしていないので、どうでもよい。
シェーラー伯爵家が潰れるのは時間の問題だろう。婚約を解消するというアメリアの目的は果たされたのである。
シェーラー伯爵家は破産した。
もちろん、ベーレント侯爵家は王族に婚約破棄の請求行い、和解金の請求も行なう権利もあった。
しかし、シェーラー伯爵家は借金していた分を様々な貴族からむしり取られてすっからかんだ。
とても和解金を支払う当てはないと、見ればわかるが、ベーレント侯爵家はきちんと支払いを受けることが出来た。
なぜなら婚約するときに、違約金も兼ねてジークベルトが婿に来るときの準備金として、相場の持参金の半分の金額を預かっていたからだ。
それを、和解金という形でベーレント侯爵家は自分たちの資産に組み込んだ。
これで、アメリアは婚約破棄を成立させ、なおかつ、ジークベルトは相応の報いを受けた。
一件落着と言うことであるが、新しい婚約者捜しに翻弄する前に、ギルベルトがアメリアの元を訪れた。
相変わらず、前髪は少し長くて野暮ったいものの以前よりは酷い有様ではない。元はよいのだからそうして毎日きちんとしていればいいのだがとアメリアは考える。
ギルベルトはうつむき気味でそれでもアメリアのことを見ながら、言った。
「アメリア様はこれから、新しい相手を探す予定ですよね」
「ええ、婚期も近いので」
「……」
「誰か推薦する相手でも?」
アメリアは少し考えてギルベルトにそう問い掛けた。
新しいツテになる相手か、彼の魔法使いのつながりの相手か。
そういう有用な人物を紹介して、アメリアに恩を売ろうということか。
だとすればギルベルトも多少は成長しているということだろう。
そうだったらいいなと思って聞いてみた。
「……ごめん、違うんだけど」
「では、なんですか」
「り、立候補、させてほしい、です」
「……立候補?」
「僕が……」
「あなたが?」
「はい」
「なぜ?」
アメリアは謎の提案に、困惑して理由を聞いた。
すると彼は、少し迷ってから立ち上がって、ローテーブルを回り込んでアメリアの前にやってきた。
目の前にたたれると壁のように大きく、顔に影が落ちて何を考えているのかまったくわからない。
少々怖かった。
しかし、ストンと膝をついて、アメリアの手を取った。
「なぜって……僕、アメリア様のこと誰より慕ってるからです。僕が安く買いたたかれて生活が困窮してるときに移籍の話もってきて立て直してくれた恩、ずっと忘れてない」
「……」
「言いつけも研究に没頭して忘れたりしない。なんでもする。結婚しても何もいらないし何も要求しないから役に立ちたいんだ。頼みます、アメリア様。アメリア様は結婚でもしないと、僕のこと都合良く使ってくれないんだし」
たしかにアメリアがギルベルトを使うのは、仕事として適切な範疇できちんとした対価を持ってだ。
都合良く、利用したりしない。
アメリアの手をぎゅっと握ってギルベルトは、懇願するように続けて言った。
「僕を使ってください、腕は知ってるはずだ。あなたの役にどうしても立ちたいんだよ。助けてくれたあのときから、そのことばっかり。心から慕ってるんだだから、対価のいらない使い勝手のいい手駒にしてください」
ギルベルトは、目を細めてアメリアのことを見上げる。
瞳は潤んでいて決死の告白のようだった。まさかアメリアが彼のためにした行動をそんなふうに感じていたとは思っていなかった。
それに普段は、話しかけなければ話さないタチなのに今日ばかりは積極的でその本気度がうかがえる。
彼が自分に惚れているからこんなに真剣なのだと思うと、あきれや小言が出てくる前にじわっと嬉しい気持ちが広がった。
「……」
「……どうか、お願いします」
それは、想定外の気持ちで、アメリアは戸惑ったが、下手に拒絶する理由も待たなかった。
彼が言ったとおり彼の腕は知っている。一級品の腕をもつ職人が商会を擁するベーレント侯爵の配偶者となるのも悪くない。
それに一心に思われるというのは案外、強く胸を打つ。
「…………」
「…………」
「いいでしょう」
長い沈黙の後アメリアはぽつりと短く素早く言った。そして彼が反応する前に続ける。
「ただし、その前に説教です。いい加減にしてください。ギルベルト様あなたは自分の価値を低く見積もり過ぎている。私はそのことが許せません」
そうしてアメリアは、小さく跪いている大男を説教して、それから婚約者にしたのだった。
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