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ジュニア冒険者 ユイと競能祭

作者: 優湊

挿絵(By みてみん)



 わたしはユイ。

ジュニア冒険者をしている。


 今日は、ママが|競能祭〈けいのうさい〉に出場する日だ。


 競技は専職(せんしょく)〈調理〉のスキル〈包丁術〉。

 基本にして奥が深いスキルだ。


「すごい人、多い?」


「うん。でも、ママも頑張る」


ママはそう言って、湯のみを流しに置いた。

声は落ち着いている。気負いは、ない。


 ママの〈包丁術〉のレベルは、6。

競能祭の参加者は、レベル6から10までいる。

 

 競技は一対一のトーナメント。

勝敗は、同じ競技に出ている参加者たちの投票で決まる。


 だから、誤魔化しはきかない。

派手さより、正確さ。見せ方より、積み重ね。


「見るだけでも、十分勉強になるよ」


 ママはそう言った。


 会場は、港に近い大きな調理施設だった。

白い床と、整然と並んだ調理台。

魚と金属の匂いが、静かに混ざっている。


 人は多い。

でも、騒がしくはない。


 ここにいるのは、自分の手で切り、自分の技で食材と向き合ってきた人たちだ。


 表示板には、こう書かれていた。


――競技スキル:〈包丁術〉

――形式:一対一・トーナメント

――勝利条件:規定勝利数達成


 ママの冒険者名も、そこにあった。

対戦相手は、まだ表示されていない。


 参加者たちが、調理台の前に並ぶ。

まだ包丁には触れない。競技は、これから始まる。


 アナウンスが響いた。


「競技を開始します。対戦者は、前へ」


 ママが、一歩、前に出る。


 今日は、ママがレベルアップするかもしれない日だ。

でもそれ以上に。


―― ママは、どんなふうに切るのかな。


 わたしは息を吸って、その背中から目を離さなかった。





 開始の合図と同時に、調理台の上に食材が置かれた。


 魚だ。

 まだ氷気の残る、大きな一本。


 ユイは、思わず背筋を伸ばした。


―― 一匹、丸ごと。


 刺身用、という表示がある。

 でも、それだけじゃない。


 厚みの指定、制限時間、仕上がり形状。

 細かい条件が、淡々と読み上げられていく。


 ママは、動かない。

 すぐに包丁を手に取らない。


 魚を見る。

 頭の角度、腹の張り、尾のしなり。

 鱗の流れ、背骨の湾曲、関節の位置。

 “どこに刃が入りたがっているか”を探している。


 対戦相手は、先に動いた。

 迷いなく出刃を取る。


 重たい音。

 骨を断つための選択だ。


 ママは、まだだ。


―― あ。


 ユイは、そこで初めて気づいた。


 ママは、「何を使うか」じゃなくて、「どこから始めるか」を決めている。


 少し遅れて、ママが動く。

 手にしたのは出刃包丁。


 でも、それは“最初の一本”でしかない。


 頭を落とす。

 関節の“逃げ”を指先で探り、軟骨の隙間に刃をそわせる。

 断つのではなく、関節を外すように滑らせる。

 骨を割る音ではなく、軟骨がほどける音がした。


 腹を開く。

 皮を切る音、薄膜を裂く音、脂を通る音。

 全部、違う。

 ママはそれを聞き分けている。


 内臓を外す。

 刃先がどこにも触れないように、

 指で位置を確かめ、包丁の“通り道”だけを作る。

 刃は、ただその道をなぞるだけ。


 動きは静かで、速すぎない。

 刃が入るたび、音が違う。


 ユイは思った。


―― 切ってる、というより、ほどいてるみたい。


 対戦相手は力強い。

 確実で、迷いがない。


 でも、ママは違う。

 魚の大きさに合わせて、角度を変え、力を抜く。

 骨の向きに逆らわず、身の繊維に沿って刃を置く。


 内臓を外したところで、ママは出刃を置いた。


 次に手に取ったのは、細身の包丁。


――え。まだ出刃じゃないの?


 ユイは、思わず瞬きをした。


 骨はもう処理した。

 ここからは、身を傷めない工程。


 包丁が変わる。

 動きも、変わる。


 対戦相手は、まだ出刃だ。

 骨と身の境を、力で分けている。


 ママは、違う。

 背骨の“つなぎ目”に刃をそわせ、

 骨の節を一つずつ外すように、身を離していく。

 刃が骨に触れるたび、わずかに音が澄む。


 その途中で、また包丁を替える。


 刺身包丁。

 細くて、長い。“引く”ための刃。


 ユイは、そこでやっと理解した。


―― 一本じゃないんだ。


 解体用。切り出し用。仕上げ用。


 魚の大きさ、身の厚み。

 切る目的。


 その全部で、使う包丁が変わる。


 さらに。


 ママは、一度、包丁を置いた。

 別の一本を取る。


 白い刃。

 軽そうな包丁。


――セラミック。


 身離れがいい。酸化しにくい。

 “最後の一線”を傷めない。


 指定された厚みで、同じ幅で、同じ長さで。


 ユイは、息をするのを忘れていた。


 対戦相手も、上手い。

 速い。

 きれいだ。


 でも、ママの皿は、違う。


 切り口が、揃っている。

 端まで、同じ表情をしている。

 どこを見ても、刃が迷った跡がない。


 制限時間、終了。


 静かに、包丁が置かれる。


 投票が始まる。

 参加者たちが、皿を見る。


 誰も喋らない。


 ユイは、胸の奥が、じんとした。


―― これが、包丁術。


 切ることじゃない。

 選び続けること。

 判断し続けること。


 アナウンスが流れた。


「勝者――」


 ユイは、思わず、ママを見る。


 その横顔は、

いつもの、料理をするときと同じだった。


 ただ、少しだけ――

 誇らしげだった。





 結果は、すぐに出た。


 掲示板に、ママの名前が表示される。

その横に、小さな印がひとつ増える。


 勝ち。


 大きな歓声はない。拍手も、控えめだ。

でも、参加者たちの視線が、一瞬だけ、ママの手元に集まった。


 二回戦。三回戦。

食材は変わる。種類も、大きさも、違う。

それでも、やることは同じだ。


 見る。考える。選ぶ。

包丁を替える。動きを替える。


 レベルが一つ上の人との対戦では、投票が割れた。

それでも、最後に残った印は必要な数に、届いていた。

 

「ママ、レベル7になれたわ」


「おめでとう!」


 帰り道、港の方から風が吹いてくる。


「ね」


 ユイが声をかける。


「包丁、いっぱい使ってたね」


「うん」


「一本だけじゃ、だめなんだね」


ママは少し考えてから、うなずいた。


「一本でできる仕事もあるよ。でもね」


 立ち止まって、ユイを見る。


「その方がいいときと、替えた方がいいときがある」


「そう」


 ユイは、胸の奥があたたかくなった。

切る、という行為が、こんなにも考えることだとは思わなかった。


「スキルってさ」


 ユイは、空を見上げながら言った。


「かっこいいね」


 ママは、少しだけ笑った。


「かっこいい、というより……」


 一拍おいて。


「積み重ねてるだけだよ」


 その言葉が、ユイの中に、静かに残った。


 切る。選ぶ。替える。

それを、何度も繰り返す。


 きっと、冒険者の仕事は、全部そうだ。


 今日の夕ごはんは、家で作る。

特別じゃない、いつものごはん。


 でも、包丁の音が、少し違って聞こえた。


 ユイは思う。


―― わたしも、いつか。


 ユイはママの競技の姿を思い出してそう思うのだった。

最初の物語へ

ジュニア冒険者ユイと魚の養殖

https://ncode.syosetu.com/n1969lr/

次の物語へ

ジュニア冒険者 ユイと包丁術

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