⑥①
検査入院の筈がしばらく伸びそうだとお母さんから聞いた時、僕はお爺ちゃんは死ぬんだと思った。
勿論、お爺ちゃんには内緒にしているが、既に手の施しようもないほど全身に癌が広がっているらしい。
高齢という事もあって癌の進行は緩やかではあるが、確実にお爺ちゃんの体を蝕んでいてもって3ヶ月という話らしかった。
抗がん剤治療という手もあるが、それをした所でほんの僅かな期間の延命処置にすぎず、それならば残りの人生を家族と共に過ごされた方がお爺ちゃんにとっても幸せではないか?と担当医が遠回しに自宅療養を薦めて来たという。
お母さんはそれに反対だった。
抗がん剤治療が効いて良くなるかも知れないと。お父さんは告知するべきだと言った。
自分の父親の人生だ。真実を知った上で本人に判断させればいいと。
お婆ちゃんは自宅療養を望んでいた。
何故なら一瞬でも一緒にいたいからだそうだ。
それにたまたま病院に行って検査したから癌の事がわかっただけで、行かなかった時も行った後もお爺ちゃんの身体には何の変化もなかった。
つまり元気のままだったと。
だからそんなお爺ちゃんを入院させる方がよっぽど体調を悪くさせてしまうと思うとお婆ちゃんは話した。
僕は何も言わなかった。ただ近い未来にお爺ちゃんが死ぬだけだ。ただそれだけ。
そもそも未来なんて誰にも予想出来るものじゃない。予測出来るなら奴等は僕に殺されずに済んだ。
それを思えばお爺ちゃんは充分長生きしている。見知らぬ誰かに命を奪われる事なく、生きてきた。
そしてあの歳になって自分自信の内部からからその命を短縮するよう警告を受けている。それはある意味で幸せな事だと僕は思った。川に沈められたり、鰐の餌になったりする事もなく、親族によってお葬式をあげて貰いちゃんと荼毘に伏す事が出来るのだ。よっぽど幸せじゃないか。
僕は家族会議の最中、ずっとそう考えていた。
お母さんから意見が求められた時、僕はお爺ちゃんに任せた方がいいと思うと答えた。病院が嫌なら帰って来ればいい。気に入っているならそのまま入院させておけばいい。
僕はそう言いお婆ちゃんを見た.お婆ちゃんは黙ったままニコニコした笑顔で僕を見返していた。
僕はお風呂に入って来ると言ってリビングを後にした。僕の答えは出したからだ。だからいつまでも話していたってただの時間の浪費だ。
そんな事をしてるなら別の何かをした方がいい。勉強やトレーニングだってしなくちゃいけない。
幾ら学生だからと言って夏休みが無限にあるわけじゃないんだ。途中で退室した映画だってちゃんと観てみたいし、赤津が選んでくれた文庫本も読んでみたい。そしてもっと上手に手斧を使いこなせるようになりたかった。
アクション映画の俳優のように。その為の時間はあるようでないのだ。
僕はシャワーを浴びながらそのような事を考えていた。新たな死体が来ない限り処理すら出来ないし、処理の技術も上手くはならない。
それが出来ないのはストレスでもあったけど、そのストレスを別のエネルギーに変えなければいけない。シャワーを止めて僕は全身に力を入れてみた。腕にも胸にも腹部にもまだ筋肉らしい筋肉は見当たらない。まだまだだ。もっと鍛えなければいけない。僕は手の平を広げその手で自分の胸を全力で叩いた。




