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ここ数日、お父さんから笑顔が消えていた。
元々そんなに笑う人ではなかったけれど最近は特に酷かった。
そうなった理由は恐らく例のニュースだ。
僕が勝手に手斧を持ち出した事を謝ったあの日の夜、お父さんは物憂げな表情で出かけていった。恐らく出かけた先はスクラップ工場だろう。そうみてほぼ間違いないと思う。
つまり死体処理についての話し合いをする為に呼ばれたのだろうけど、行く前と帰ってきた翌日ではまるで別人のように明るくなっていた。その理由は相手と良い話し合いが出来たからだと僕は思っていた。
だが普段通りのお父さんが見れたのはそのニュースが報道される前までだった。その間の数日は仕事の電話もなかったようで、早朝の釣りに始まり、午後は庭の植木の水やりをしながら、たまに器具の手入れなどを日課とし日々を過ごしていた。
僕は僕で夏休みだから早朝の餌釣りを手伝い、午後から勉強という日々を送っていた。けれどその何気ない数日間の日常は昨日の夕方のニュースによって唐突に終止符を打たれたのだった。
夕方のニュース報道を見てからのお父さんは直ぐにその顔から笑顔が消えた。
そのニュースというのはスクラップ工場で5人の死体が発見されたというものだった。
たまたま僕もお父さんと一緒にニュースを見ていたけどいきなり5人の死体と報道され、頭の中でクエスチョンマークが浮かび上がった。何故ならスクラップ工場に捨てたのは1人だったからだ。それが5人とはどういう事だろう。画面を見入りながら、増えた死体と僕が捨てた死体との繋がりを探した。
だが報道だけでは情報が足らず理解しようがなかった。けれどその繋がらない糸はリポーターの一言によりハッキリと繋がった。
殺害現場は近くのミニシアターと見られており死体を遺棄する為にスクラップ工場へ運ばれたと思われる、とその中継のリポーターが言ったのだ。瞬間、僕は生きた心地がしなかった。
僕はお父さんに悟られないよう平静を装ってはみたものの、動悸は激しく高鳴っていた。それに上乗せするかのように死体発見が思ったより早かった事に動揺し始めていた。
「5人の死体の内、4人はスクラップ工場のオーナーである園原耕造の手により殺害された模様です。死体は死後、10日から20日経っていると思われ、その解体処理中に聞き込みに来た警察官が園原の言動を不審に思い、近くにいた刑事へ連絡報告した後、2人の刑事が家宅捜査を強行した所、事務所の風呂場で5人ものバラバラ死体が発見されたようです。犯人と思われる園原耕造は逃げられないと悟ったのか、持っていた拳銃で自ら命を絶ったと思われます」
お父さんは真っ直ぐ画面を見つめていて、僕が側にいる事も忘れているようだった。それほどまでにお父さんはニュースに集中していた。
僕はTV画面とお父さんを交互に見ながら、あの後、お父さんはミニシアターの死体を工場まで運ぶのを手伝ったのだろうか?と思った。
いや、どうせ処理をするならわざわざ一旦スクラップ工場に運ぶ理由がない。無駄だからだ。絶対に家に運んだ方が良いに決まっている。という事はつまりスクラップ工場のオーナーの園原という人がミニシアターから1人で運んだ事になる。
けれど何故、その園原という人は1人で死体を運んだのだろう?奴等とはどういう関係なのだろう?そんな事を考えているとお父さんがいきなりTVを消した。そしてゆっくりと立ち上がるとリビングから出て行った。
やはりお父さんは自殺したという園原という人と何かあったらしい。だけどそれを聞いてもお父さんは答えてくれないだろう。
何故なら会った翌日は機嫌が良かったのだから、園原という人の事を話すならとっくに話している筈だ。だがお父さんは言わなかった。つまり機嫌良い時に話さない事を機嫌が悪い時に話すわけがない。そういう事だ。
僕は部屋に戻り手斧を工具置き場に戻すのを口実に小屋に行ってみようと思った。
案の定、お父さんは小屋にいて工具の手入れをしていた。僕がカバーのついた手斧を見せると気に入ってるのなら持っていてもいいと言ってくれた。僕は満面の笑みを作ってみせた。
その後に、さっきのニュースの話を切り出そうとしたが出来なかった。1人にしろというお父さんの無言の圧力を感じたからだ。その一瞬、僕は背筋が震えた。お父さんの目が人殺し、つまりシェフ、いや僕の中では漂白者だ、その目に見えたからだった。
とりあえず、その目から逃れたくて僕はお父さんが手入れした工具類を見て回った。その間、何度か話を切り出そうとしたが出来なかった。
1つ1つ工具を手に取り眺めていく。
もし、警察の捜査で園原という人が殺人者とされているなら、それはそれで僕としては都合がいい。けれどきっとお父さんはそうじゃない。
あの目をみたら報道内容に不満を抱えているのは明らかだ。
僕は工具をひと通り見て回ってから黙って小屋を出て部屋に戻った。事件の発覚は正直、参ったけれど、この際死人に口なしという感じで、このまま園原という人物に全責任を背負って貰いたい。
しばらくした後、階下からお父さんが、お爺ちゃんを病院に送るが、来るか?と聞かれ僕はいかないと返した。そして見送りもせずいってらっしゃいと声だけでお爺ちゃん達を見送った。
僕はスマホを取り出し久々にゲームをした。
自分では落ち着いていると思っていたが、
スマホを握る手が微かに震えていたのに気づき思わず舌打ちをした。
殺人がバレるのは勿論嫌だった。けれどそれ以上に、処理人のお父さんがいるのに何をドジな真似をしてんだという気持ちがふつふつと沸き上がっていったのだ。
しっかり処理していれば見つかるような事はなかった筈だ。その気持ちに歯車がかかり自分でも驚くほどの腹立たしさを感じた。怒りにも似たその感情はやがて床にスマホを叩きつけるまでに至った。
勿論、後先考えずに奴等を襲ったのは僕だ。死体もそのままにしたのも僕だ。全部僕の仕業で、僕のせいだった。わかっている。わかっているけど、やはり発覚した事は精神上、宜しくなかった。
だがこのような時でさえ平然といられるようマインドコントロールを出来るようでなければ、これから先の未来、処理人兼用の漂白者になるのは厳しいと思った。それは嫌だった。僕は、どんな事にも動じない、そのような強い精神力を身につける為に、扇風機を消して腕立を始めた。全身の毛穴という毛穴から揺れ動く気持ちを汗と一緒に外へと排出したかった。腕立てが終わると僕は全裸になり床に寝転がった。
激しく腹筋運動を始めた。身体を持ち上げる度、皮の被ったペニスが目に入る。僕が殺した奴等の中の1人はこの皮の被ったペニスが可愛いといった。その時の事が脳内でフラッシュバックする。股間が熱を持ち始める。あの男に言われた時は勃起しなかった。多分、射精したばかりだったからだろう。萎んだペニスをみてあいつは可愛いと言ったのだ。だが今は違う。
勃起して皮は剥けていた。
そんな自分のペニスを見てもあいつは可愛いというだろうか?そんな事を考えながら僕は限界が来るまで腹筋をし続けた。




