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 ⑤⑦

「仲野部さん?」


その男は私より2回り年配の男だった。


身体も小さく160センチもないだろう。だが身体の大きさに似合わず腕と脚は私なんかより全然太くて屈強だった。


それは作業着を着ている上からでも充分見分けがついた。


キャラで言えばロードオブザリングのドワーフみたいな体躯と言えばわかりやすいかも知れない。


私は会社から指定された通り、駅向こうの車のスクラップ工場へと向かったのだった。


約束の時間より10分早かった。だから私はエンジンを止めて暗がりの中、車内で待っていた。


しばらくしてドアをノックする者があり、私はそちらを見上げると人の良さそうな顔をした男が作業帽子を取りながら頭を下げて来た。


私は車内から出ようとドアに手を伸ばしたが、遮るようにその男が私の名前を呼んだのだった。


私は頷いた。それを確認した男は一旦、ドアから離れた。出ていいという合図だろう。


「園原さんですか?」


「ええ」


差し出された手を握るとその手は分厚くて硬かった。握り返しながらゴリラの手もこのような感じなのかも知れないと思った。


「一体、どう言う事なのでしょう?」


「ま、話は中に入ってからにしましょう」


私は薄暗がりの中、園原さんの後についてスクラップ工場の中へと足を踏み入れた。


プレハブの事務所に通される。


天井から吊らされた裸電球が淡いオレンジ色の光を発し部屋中に伸びていた。


「まぁ、座ってください」


指された場所はあちこちにガムテープで補修されている小さな黒いソファだった。


「あいにく冷たいお茶を切らしてましてね。温かいので良かったら入れますが?」


「頂きます」


「この年になりますと、真夏でま温かい方が良くてですね」


「そうですか」


「そうです。冷たい飲み物は節々に堪えましてね」


私は黙っていた。ただ園原という男がお茶を入れるのを目を逸らさず見張っていた。

変な動きをしないか確かめる為だ。


「どうぞ」


「ありがとうございます。頂きます」


見た限り急須に怪しげな物は入れていなかった。元々入っていたら、目も当てられないが、だがこの男はそんな姑息な事をする様にも思えなかった。だから遠慮なくお茶を頂いた。


「良いですね」


「何が、ですか?」


「素性もわからないこんなジジイの入れたお茶を疑いもせず飲むなんてね。いや恐れ入ります。私は好きですよ。そう言う人」


「いえ、一応は所作を確認してましたし、それに園原さんにはその屈強な身体があります。

ですので、わざわざ手の込んだ事はして来ないと思いましたから」


「なるほど。私を精査済みでしたか」


「まぁ.昔の癖と言いますか…」


「でしょうね。私でも同じ街に同業者がいる事を何年も知らされていなかったら、仲野部さんのように警戒は怠らないでしょう。いや、若い時なら腕ずくで威圧していたかも知れません」


園原さんはそういい破顔した。

お茶を、啜りながら


「全く大人気ないですな」


「あの、先程、園原さんは同業者の事を知らされてなかったらと仰いましたが、ひょっとして園原さんは私の事をご存知だったのでしょうか?」


「ええ。家も家族構成も知っています」


私は言葉を失った。同じ街に同業者がいる事自体稀な話だがその相手がまさか私の事を知っているとは…恐らく私のあらゆる情報を手に入れているだろう。


「そりゃ驚くのも無理もありません」


「まぁ、そうですね」


「本来であれば絶対に接点を持たさないよう、同じ街には住まわせませんからね」


「ええ ですが園原さんは違う」


私は声のトーンを一段下げて言った。


「あはは。仲野部さん、そんなに威嚇しないで下さいよ。私はこれでも一応は引退した身なのですから」


「引退?ですか」


「ええ。ちょうど仲野部さんがうちの会社に入った頃の話ですよ」


「そんな昔からですか?」


「まぁ、その時は別な場所に住んでましたがね。ただ引退を気にこの街に来たわけですが」


「私を見張る為ですか?」


「さすが結論に辿り着くのが早いですね。

ですが当たりでもあり、ハズれでもあります」


「どう言う事でしょう?」


「確かに私は仲野部さんの教育係としてここへ派遣されたようなものではあるのですが、実際はとある男を監視する為でもあったのです」


「といいますと?」


私が聞くと園原さんはこちら側の寂れた商店街にミニシアターがある事を知っているか?と私に尋ねて来た。


「いえ。ほとんどこちら側へは足を踏み入れないので、そんなミニシアターがあるなんて知らなかったですね」


「そうですか」


「ええ。それでそのミニシアターと監視する人物とはどういう関係があるのでしょうか?

想像では園原さんの監視対象のその人物がミニシアターを経営してるか、もしくは従業員だろうというのは判ります。ですがわからないのは監視対象という意味です。その人物が会社として処理する相手だとしたら、きっとそれはとっくに処理されているに違いないと思うわけです。なのに、何十年後にその話をするという事は、恐らくその人物は処理対象ではなかったという事ですよね?」


「ご名答です」


「なのに監視対象という意味は何ですか?」


「余りに素行が悪く会社をクビにされた男がいたのです」


「それがミニシアターを?」


「ええ ですから私は引退後にその人物を監視する為にここへ派遣されたわけです」


「引退されたのにどうしてそのような面倒な事を引き受けたのです?」


「それは私がその人物を将来的に私の後継者にしようと考えて会社に紹介したからです」


「つまり?」


「その人物は駒形と言いましてね。元々は気の弱い男でした。そして駒形が会社でいじめられていて、今で言うならパワハラってやつです。そこでそのパワハラをしていた人間が処理の対象になったわけですが、その処理を私がする日に偶然、駒形もパワハラ上司を殺害しようとして家まで来てたのです。仲野部さんならご存知でしょうが、私達の下調べは半端じゃありません。処理をするまで2、3年かかる時もあるわけです」


「そうですね」


「その調べた中でこの日しかないと言う時に、駒形が現れ、私よりも先にそのパワハラ上司を刺し殺しましてね」


「そうなんですか」


「それも淡々とです。パワハラされた恨みだとか憎しみを駒形は全く持っていなかったのです。私は現場を取り押さえとりあえず駒形と死体を車に積んで処理人に渡しに行きました。


駒形の処分は迷いましたが、とりあえず話を聞きたくて生かす事にしました。それで私は駒形に話を聞いたわけですが、すると奴は私達が下調べをしたように、ずっと長い間、その上司の交友関係や生活のルーティンなどを徹底的に調べ上げていたのです。その情報量は私達の仲間よりも詳細でした。それを聞いた時、私はこのような人物こそ会社に必要だと思い、勧誘をしたわけです」


「なるほど」


「ですが駒形は最初は二つ返事はしませんでした。その理由は殺したい人間は自分で決めたいからだという事でした。私はそんな駒形に問いました。お前は上司を殺す為に時間とお金を使い、細かく調べ上げたのだろ?とそうしたら駒形は何と言ったと思いますか?」


「さぁ。わかりかねます」


「憎んではいないと奴は言ったのです。恨みもないと。ならパワハラを受けていた事にはどう感じているのか?と聞きました。駒形はストレスが溜まっていて吐き口がわからない人だったと。可哀想な人だと。このまま生きていたらストレスで病気になって苦しんで死ぬのなら、殺してあげた方が良いと思ったらしいのです」


「それだけですか?」


「ええ。駒形が殺す理由はただ上司が心配だったからでした。私達とは全く違うベクトルで、殺人を思い立ったようです」


「それはある意味で危険な考えですよね?」


「全く仰る通りです」


「けれど園原さんはその危険な人物を会社に紹介し、入れた」


「ですね。今では駒形を会社に入れた事は後悔しています。ですがその頃の私はまだ多少なり若かったですし、そのせいで少なからず会社のやり方に不満もありました。それは正義を貫く為なのに時間をかけすぎだという不満でした。ですが、駒形ならそれなりの情報をでっち上げれば簡単に処理するのではないか?という思いがありました。何故なら駒形は初めて人を刺した時も全くためらいもなくそして一切の感情も出さず、淡々と上司を刺し殺していきました。私は今までこのような人間を見た事はありません。駒形が最初で最後です。ですから余計にこの人物を味方にしておいた方が良いと考えたわけです」


「そういう時代だったって事でしょうか?」


「まぁ。処理しなければならない人間が無数にいたのは間違いはないですね」


「で、そんな人物を、駒形といいましたか、その人を何故、会社は監視対象としたのでしょうか?」


「要するに会社の指示を全く聞かなくなったのです」


「と言いますと?」


「自分だけの正義を貫くようになってしまったのです。まぁ最初からそう言う所はありましたが。ある日、会社の指示である人物を処理した時、その内容証明を読んだ駒形は私にこう言いました。こんな人間処理する必要はないですよと。私は何故だ?と尋ねました。すると駒形はこう言いました。必ず、こいつの奥さんが殺すからですと」


そこで園原さんは言葉を切った。湯呑みを掴み一口飲む。私も釣られて湯呑みに手を伸ばした。


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