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 ⑤⑥

自転車屋に寄ってパンクを直してから家に帰った。余計な出費のおかげでお父さんから貰った1万円も残り僅かとなったけど、まぁ、仕方ない。8月分のお小遣いに手をつけていなくて良かったと思った。


Amazonで注文した手斧のカバーも明日には届く筈だ。早くそれをつけて手斧を持ち歩いてみたかった。まぁ現実問題、つけて外を歩くのは無理だろうけど深夜などなら平気かも知れない。


僕は家に帰ると直ぐにお風呂に入った。夕飯もそろそろ出来る頃だ。今日はお父さんはいるのだろうか。朝に顔を合わせただけだったけど、正直、研いだ手斧の切れ味を試したかったから、お父さんに仕事が入っていて欲しかった。そうすればきっと新たに仕事を頼まれるし、手伝えるからだ。


工具から手斧が無くなっているのも、多分、お父さんに気付かれていると思う。けどまだ何も言われないという事は、僕が処理するのに1番適正だと感じ大事に持っていると思っているのかも知れない。問いただされる前に話しておこう。


夕飯時に、お爺ちゃんが来週から1週間ほど検査入院する事をお母さんから聞かされた。


何でも胃の中にポリープが出来たらしい。


「痛いの?」


僕が尋ねるとお爺ちゃんは


「全然痛くないぞ」


と弱々しい力こぶを見せアピールして来た。


「なら良かったね」


「婆さん以外、見舞いには来なくていいからな」


「何だよそれ、爺ちゃんが入院したらお見舞いくらい行くに決まってんじゃない」


「いや。いらん。夏休みをワシの見舞いに費やすような事はするな。圭介の好きなように有意義に使えばいいんだ」


「じゃあそうするよ」


僕は悪戯っぽくいいお見舞いという事にその有意義な時間を使おうと思った。


そんな会話をお父さんは黙って聞いていた。

どことなしか食事も進んでいなかった。元々口数は多くはないけど、今日に限りまだ一言も言葉を発していなかった。まるで一仕事終えた時のような疲労感が全身から滲み出ている。


会社から気が重くなるような話があったのかも知れない。食事が終わったら聞いてみようと思った。


「たまには僕が洗い物するからお母さんゆっくり休んでなよ」


僕がそう言うとお母さんは目を丸くしながら


「大きな台風来てない?」


と笑いながら言った。


「お?どうやら巨大な台風が出現したようだ」


お母さんの言葉に悪ノリしたお爺ちゃんが続く。お婆ちゃんはクスクスと笑っていた。


お父さんはそんな会話をビールを飲みながら聞いていた。


テレビでは芸人達のコントが流されている。

お婆ちゃんが笑ったのは、僕達の会話のやり取りを聞いて笑ったのか、それともテレビを見て笑ったのか僕にはわからなかった。


僕が洗い物をしている間にお父さんが席を外してリビングから出て行った。話をしたかったから何処に行くのか気になったけど、お母さん達の目もあるから、とりあえず急いで洗い物を済ませようと思った。


濡れた食器類を乾いたペーパーで拭き取る。食器棚に並べてる時に、お父さんの声がした。


「ちょっと出かけて来る」


「仕事が入ったの?」


お母さんがその声に返事をした。


「そんなとこだ」


お母さんがソファから立ち上がる。僕はシャツで濡れた手を拭きながらお母さんの横に立った。


「夜だし、余り無理しないでね」


「わかってる」


「帰りは遅くなりそう?」


「そうはならないと思う」


「わかった。気をつけてね」


僕は外に出ようとするお父さんの後について行った。


「見送って来るよ」


僕がいうとお母さんは黙って頷いた。


駐車場まで行くとお父さんが僕を見て言った。


「どうした?」


「お父さんに話があってさ」


「何だ?」


「えっとね…」


「話なら早くしろ。仕事に遅れるだろ?」


「手斧の事なんだけど」


「あぁ。無くなってるな」


「あれ、僕が持ってるんだ」


「そうか」


「勝手に持ち出してごめんなさい」


「まぁ、そうだな。勝手は駄目だ。だが、まぁ他の人間に盗まれたのではないのがわかっただけ良かった」


「心配かけて本当ごめんなさい」


「今度から気をつけなさい」


僕は頷いた。


「手斧、使いやすいのか?」


「うん」


「ならそれはやる。だから大事に使いなさい」


「ありがとう。わかった」


「話はそれだけか?」


「うん」


「ならちょっと言ってくる」


「気をつけてね」


僕のその言葉はお母さんのそれとは意味合いが違っていた。


僕は夕食時、ずっと無言だったお父さんの事が気になっていたのだ。だから今からの仕事は、つまり処理人として出かけるのではなく、シェフ、いや漂白者として出かけるのではないか?と思ったのだ。だからお母さんの言葉とは意味合いが随分と違い、より心配だった。


愛する者が突然いなくなると、それも殺されるとしたらどんな気持ちになるのだろう?


藤城たつきが白骨死体で発見されたのを知った時、赤津に対して僕はそのように思った。結局聞けずじまいだったけど、その感覚が今お父さんと話していて湧き上がって来る。


嫌な感覚だと思った。もう2度とお父さんと会えなくなるかも知れない。そう考えると手足が震えそうになった。前までは僕のこの手でお父さんを殺害する、殺したいと思っていたのに。なのに今は……


僕は無理矢理に手足に力を入れて震えを堪えた。このような仕事をしているのだから、常に覚悟はしておかないといけないと、頭ではわかっていたが、今夜はやけに不安ばかりが大きくなっていた。


「僕も一緒に行っていい?」


不安を掻き消す為の精一杯の言葉がそれだった。


「駄目だ。圭介は家での仕事があるだろ?」


「家での仕事?」


死体は届いていない。なら家でやる仕事なんかない。


「学生の仕事は勉強だ」


なるほどそう言う事かと思った。


「帰って来てね」


僕が言うとお父さんはクスッと笑った。


「お前が心配するような事は何もない。

ただあるものを見に行くだけだ」


「そうなの?」


「そうだ」


「何だぁなら良かった」


「勝手に変な風に詮索するものじゃない」


「ごめんなさい」


お父さんは僕の頭を軽く叩き車に乗り込んだ。


僕は車がバッグして行くのを見守った。


切り返した後、クラクションが鳴り、車が走り出す。運転席からお父さんが手を上げたのが見えた。


僕は手を振って答えた。


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