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不死身階段は見た目以上に傾斜がキツい階段だった。
確かにこれを登り切るには不死身じゃないと無理かも知れない。
そんな馬鹿げた事を考えながら僕等はゆっくりと登って行った。
「今、何段目?」
赤津が聞いて来た。
「知らない。赤津数えてないの?」
「その言葉、まんま返すよ」
「マジか」
一旦、足を止めて水分補給する。
チェーンの手摺りにお尻を乗せて身体を休めた。
「降りる時に数えよっか」
赤津の提案に僕はすぐさま同意した。
休み休みしながら何とか上まで辿り着くと、そこは一面、林に囲まれていた。階段のような石畳みはなく獣が踏み荒らしたような道なき道があるだけだった。
茂った草木は手入れもされてなく鬱蒼と生え伸びている。木々の隙間からお寺の境内らしき屋根が見えた。住職が人に見つからないようこの道を使って遊びに行くという噂は本当の事かも知れない。
「寺まで行く?」
僕が尋ねると、流石に疲れたのか赤津は草の上にへたり込みながら首を横に振った。
「何が不死身よ」
背負った小さなバッグを下ろし中からハンカチを取り出した。額と顎を拭った。
「不死身じゃなくたって登れるっての」
「確かに」
「めちゃくちゃ辛かったけどさ」
「もしかしたら、登り切れた僕らは、今この瞬間に不死身になったとかない?」
「あるわけないじゃん」
「そんなのわかんないじゃん」
「なら、チェーンを首に巻いて下へむかとてジャンプしてみてよ」
「首に巻けるほどチェーンは弛んでないし、見ての通りそれくらいの長さも余ってないからな?ていうか、赤津、お前さぁ」
「何よ」
「人を自殺に誘導するような言い方は良くないだろ」
「仲野部が不死身になったっていうからじゃん」
「なったとは言ってない。わからないと言っただけだし」
「同じようなものよ」
「全然違うけどな」
僕は買って来た炭酸水をその場で一気飲みした。
赤津はスポーツ飲料をチビチビと飲んでいる。
林の中にいるせいか、どことなく気温が低く感じられる。火照った身体の熱が下がりだしたのか風が吹くと若干冷んやりとした。見上げると木々が午後の陽射しを遮っている。木漏れ日が光の槍となり地面に突き刺さっていた。
「そろそろ帰る?」
僕が尋ねると赤津は黙って頷いた。
よほど疲れたらしい。背負って降りてあげたら赤津の中で僕の男としての評価も上がるのだろうけど、この急斜面じゃ2人とも転げ落ちる未来しか見えなかった。
腰を上げ赤津に向かって手を差し出した。
赤津はお尻に根が生えたみたいにべったりと腰を下ろしている。僕の手を見ると姿勢を上げる。目が合った。
「ちょっと待って」
赤津はいいTシャツを胸の下辺りまで捲り上げた。お腹をさらしハンカチで丁寧に拭いた。
そのお腹を見た時、赤津の身体の全てに触れてみたいと思った。流れる汗も全て舐めてあげたいと思った。今、赤津が握っているハンカチの匂いも嗅いでみたかった。
透き通るような白い肌にノコギリや手斧でゆっくりと少しずつ傷つけてその傷口にキスをして、流れる血を飲みたいと思った。
「仲野部?ねぇ仲野部?なかのべっ!」
「あ、は、何?」
「大丈夫?さっきから呼んでるのにぼぅってしてさ。熱中症にでもかかったかと思ったじゃん」
熱中症にかかるとぼぅっとする症状が出るのかは知らないが僕は赤津が伸ばした手をとり、引き起こした。
「帰りはちゃんと数えんだからね」
「何を?」
「階段の数に決まってるじゃん?つか本当大丈夫?私、仲野部を後ろに乗せてチャリなんか運転しないからね?」
「ケチくせーな」
「自転車漕げないなら私はバスでも探して帰るから」
「平気でそう言える赤津が怖いわ」
「だってあの距離を自転車漕ぐのやだもん」
「わかったよ。大丈夫だから、ちゃんと責任を持って地元まで送り届けますよ」
「敬語が腹立つ。けどまぁ許してあげるよ」
「お願いしますは?」
僕がいうと赤津はマジな目で僕を睨んだ。
「嘘嘘」
僕らは一言の会話も交わさず不死身階段を降りて行った。何故なら途中で数え間違いをするかも知れなかったからだ。
243段あると思われていた不死身階段は、実際には267だった。赤津に尋ねたら赤津も267段だと言った。2人の答えが合っていたから、恐らく間違いではないだろう。
けどならばどうして不死身階段なんて呼ばれているのだろうか。
単純に過去に前輪寺のこの階段を登った人間があまりのキツさに、不死身でないと登るのがキツいと感じ、そんな噂を流したのだろうか?
その時、語呂がいいから階段の数を243段だとうそぶいたのか?真相はわからないけど、とりあえず不死身じゃなくたって登れるし、階段の数も違っているというのがわかっただけでも、来た甲斐はあったのだろう。
殻になったペットボトルを捨てに2人で自動販売機に向かった。僕が財布を出そうとしたら赤津がそれを遮った。スポーツ飲料を奢ってくれた。
「途中でへばってもらったら困るからね」
「へばらないよ」
「どうだかねぇ」
笑いながら赤津がそう言った。
「それ、私からの奢りなんだから、ありがたく飲むんだからね?」
僕はわかってるよと返し赤津と共に自転車を止めている場所へと向かった。
地元の駅ビルに着いたのは夕方だった。明らかに来た時よりも倍近くの時間がかかった。
自分が思う以上に疲れていたらしい。
でも事故なく戻って来れた事は良かったと思った。
「ありがとう」
「うん」
駅の改札の前で赤津のお礼に対して僕はそう言った。
「ちゃんと宿題やりなよ?」
「そっちこそ」
そういい2人とも笑みを浮かべた。
「じゃあね」
「あ、うん。またね」
「バイバイ」
赤津が僕に向かって手を振った。仕事終わりなのか沢山の人達が改札を行き交う。
その中で、手を振るのは少し恥ずかしかった。けど、僕は赤津に手を振りかえした。
相手のしてくれた行為にはちゃんと答えなければいけないと思ったからだ。
僕は背を向けて歩いて行く赤津の姿を見えなくなるまで見送った。
そして自転車を止めた場所に戻った。
取り出し跨ぎ漕ぎ出す。直ぐに違和感を感じてブレーキをかけた。後ろタイヤを見るとタイヤの空気が抜けてペシャンコになっている。どうやらパンクしたようだった。
赤津って意外と体重あったりしてな。
そう言った僕に対する赤津のリアクションを思い浮かべながら自転車を押した。
自転車のパンクも、案外、悪いものではないな。
僕は赤津と過ごした今日という1日を思い返しながらそう思った。




