⑤④
自転車のカゴにリュックを入れ置き場から取り出した。赤津の前まで行くと黙って僕の自転車のステップに足をかける。跨ぐと両手を僕の肩の上に置いた。
「荷物カゴに入れようか?」
「このままでいいよ」
「わかった」
「しゅっぱ〜つ!」
赤津はそういい駅員のように前方を指差した。
そんなテンションで言われても、漕ぐのは僕なんだけどなと思いながら楽しそうな赤津を見ているとそう言った気持ちは言葉に出してはいけないと黙っていた。
幸いにも赤津の位置からは僕の顔を覗き込まない限り表情を見ることが出来ない。お陰でまだテンションが上がってない僕の表情で気持ちを読み取られるような事はなかった。
真夏の午後に自転車で2人乗りしながら遠出はするものじゃない。海岸線を走るならまだしも、中途半端に交通量の多い県道をひたすら走るのはかなり神経を使うしおまけに車の排気ガスやアスファルトから上がる熱に全身が焼けそうなほど暑くなるからだ。
まれに吹く風も熱風でうんざりするほどだった。正直、今すぐにでも帰りたかった。そんな僕と違って赤津はノリノリだった。歩道と車道の段差にくるといちいちうわっ!と喚いたりした。疲れて速度が遅くなると、肩を掴むその手に力を入れて、
「気合いだぁ」
などと僕を叱咤した。全く漕いでいる人間の身にもなれっての。
赤津の指示で県道から道を右手に曲がる。それからしばらく道なりに進んでいった。
街並みが徐々に変化していく。県道で目についたあらゆるチェーン店やホームセンターが一気に姿を消して行った。民家の数が増え、それに付随するように辺りは畑が広がって行った。
「間違ってなければ」
赤津が僕の後ろでそう言った。
「もうすぐだよ」
後を見上げると赤津はスマホを覗いていた。
どうやらナビを見ているらしい。
でもナビに不死身階段なんて載っているのだろうか?
そんな事を考えながら前に向き直りペダルを踏み続けた。
近いという事なら既に1時間前後、水分補給もなしに自転車を漕いだ事になる。急に咽喉が渇いた。
「何か飲みたい」
僕がいうと赤津が黙って僕の顔の前にミネラルウォーターを差し出した。
「全部飲んで良いよ」
そう言われ受け取ったペットボトルの水は残り3分の1余だった。まさかとは思ったけど、赤津は僕が汗を垂らしながら自転車を漕いでいる最中に1人水を飲んで喉を潤していたってわけか?
その事を尋ねると赤津は平然と答えた。
「うん。そうだよ」
「そうだよって…」
「こんな暑い日に水分持たずに出かけるわけないじゃん」
「クーラーの効いてる本屋に行くのに水分はいらないけどね」
嫌味でそう言った。
「仲野部は本屋に行くまでずっとクーラーの効いてるチャリで来たのかよ」
あれ、いきなり呼び捨て?と思ったが僕の方は前から赤津と呼び捨てにしていたと思い何も言わなかった。よくよく考えたら、クラスメイトだし呼び捨てで構わないのだ。
「そうだよ」
当たり前の事を当たり前に言われた悔しさからそう返した。
「ならここまでの道中もさぞ涼しかっただろうねー。あれ?クーラーで涼んでるくせそんなに沢山汗かいちゃって何故かしら?」
「これはあれだ、赤津が重過ぎるからだよ」
「最低」
赤津はいい、ペットボトルの先を摘んでいた僕の手からミネラルウォーターを奪い取った。
「あ、何すんだよ」
「やっぱあげない」
「1回くれただろ?」
「ごめんなさいは?」
「は?何で謝らなきゃいけ…」
「あー喉渇いたなぁ」
「わかったよ、わかった。謝るから」
「はい?」
「ごめんなさい」
「よろしい」
赤津はペットボトルの蓋を開け僕に手渡した。
僕は片手でそれを掴んだ。
走る速度を落として片手で自転車のバランスを取る。ペットボトルを口に運び水を一気に飲んだ。
カラのペットボトルを自転車のカゴに入れハンドルを握り直した。
「ありがとう」
「生き返った?」
「ちょっとだけ」
「ちょっとじゃないでしょうが」
「何でだよ。足りないからいちょっとだけだって」
「私と間接キスしたんだからそこは嘘でも全開だって言うのが男だろうが!」
あ、確かにそうだ。暑さと疲労でそんな事には意識がいかなかった。
「全開全開ぜんか〜い!」
「そんなだから仲野部は彼女いないんだよ」
「赤津はいんのかよ」
「秘密」
「何だよきたねーな」
「あ、次の左手の細いカーブ道曲がって!」
「話そらすなよ」
「そこだからそこ!」
「わかったって!」
僕ははぐらかされた事は後々聞かしてもらうからなと言いながらそのカーブを曲がった。
曲がるとそこは小高い山が見え、その直ぐ側に鳥居のようなものが見えた。
「あれが不死身階段があるお寺ね。てことは……
階段が、あるのは裏側だから2つ目の信号を右だね」
「右だね」
「そうだよ」
寺の名前は前輪寺というらしかった。
何とか宗と書いてあったけどそんなのは僕らにはどうでも良かった。
裏側に着くと確かに石畳みの階段があった。その前に自転車を止めた。見上げるとかなり急勾配で登るのも降りるのも大変そうだった。
その為だろう。錆びてはいるが手摺り用だろう。鎖が等間隔に繋がれていた。
「これが不死身階段かぁ」
「うん。間違いないと思う」
「でも、登るの大変そう」
「だよね」
赤津が言った。続けた。
「あ、だから不死身階段なんだ!」
「え?」
「いやさ、これだけ急な階段を登るのって大変じゃない?」
「だから、そう言ったじゃん?」
「大変だから不死身の人間でなきゃ登り切れないよって意味から不死身階段ってつけられたのかも!」
「え?つか赤津さぁ。お前、243階段あるから不死身階段って言ってなかったっけ?」
「言ったよ。けどこんな急角度の階段みたら、その方が自然に思えて来てさ」
まぁ。赤津の言わんとしたい事はわからないでもなかった。
「とりあえず謂われは置いておいてさ」
「うん」
「これ、マジで登る?」
「登るよ。登るに決まってるじゃん?」
「かなりキツいと思うけど?」
「ここまで来て何言いだすの?夏休みだよ?私達、夏休みなんだよ?」
その夏休みだからって意味がよく分からないけど、赤津は急角度の階段を見た今でさえ全く怯む様子はなかった。
「わかったよ。行くよ。だって夏休みだもんな」
「そうこなくっちゃ」
「その前に飲み物買って来るから」
僕は近くにあった自動販売機を指差した。
「赤津は何がいい?水?それともスポーツ飲料系?」
「私も買いに行くよ」
「いいよ。さっき水くれたからそのお礼で奢るからさ」
「ならスポーツ飲料系で」
赤津は全く遠慮しなかった。僕としてもそちらの方が気が楽だ。
「わかった。赤津に貰った水より、冷たいし量の多いスポーツ飲料をご馳走するからさ」
「本当、仲野部って一言余計なんだよなぁ」
僕は赤津にピースをして見せた。
「ダッシュな!」
赤津は笑ってそう言った。




