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 ⑤②

偶然、赤津奈々と会ったのは駅ビルの本屋の中でだった。


その日はたまたま部屋の掃除をしていて、前に買って置いた浦尾三代子の「川へ沈む」が目に留まり、又、本でも読んで見ようかと思ったのだ。


掃除を終えて駅ビルの本屋に向かった時、ばったりと赤津奈々と出会ったのだった。


「仲野部君、ここ本屋だよ?」


「それくらい知ってるよ」


「来る所、間違えてない?」


「間違えてないし」


「夏休みに入って事故に遭ったりした?」


「何でだよ」


「何処かに頭を強くぶつけたのかなぁって」


「それ、どういう意味だよ。つか赤津、僕の事、馬鹿にしすぎだろ」


「冗談よ」


赤津奈々はいいほんの少し微笑んだ。

その笑顔を見ながら赤津ってこんなキャラだったっけ?と思った。


藤城の話ばかりしてたからか、僕に対してはいつも怒っているイメージだった。でもそういえば赤津とこうして何気ない話はした事がなかったかも知れない。


「仲野部君が、本を読むイメージがなかったからちょっとからかって見たかっただけ。あ、本じゃなくて漫画買いに来たんでしょ?」


「違うよ。面白そうな小説を探しに来たんだ。そもそも僕は漫画全然読まないし。ていうかさ。赤津、漫画を馬鹿にしてない?漫画だって立派な本だからね?そんな発言、漫画好きの前でしたら炎上しちゃうよ」


「馬鹿になんかしてないよ。私だって漫画好きだし、読むし」


「そうなんだ?」


「意外?」


「んー、そうだなぁ。赤津から漫画のイメージはあんまりしないかな」


僕がいうと赤津はイメージって怖いねと笑った。


赤津がどんな漫画を読むのか少し興味があった。けれどそれ以上に赤津がどんな本を探しているかの方に僕の心は惹かれた。


クラスメイトの長谷のようにミステリー好きかも知れない。赤津の外見のイメージから好きな本のジャンルを考えるとミステリーが1番当たりに近い気がした。思春期だからって赤津が恋愛小説が大好きだと、とても思えなし。


「赤津はどんなジャンルの本が好きなの?」


「こだわりはないかなぁ」


「ない?」


「そう。前までは陳列されてる本棚を眺めて目についた物を買ってたけど」


「けど、何?」


「最近は「あ」で始まるタイトルばかり選んで買ってるよ」


「「あ」で始まるタイトル?作者じゃなくて?」


「そ、タイトル」


「なんだか変わってるな。「あ」から始まる作者順に選んで読むってのは、何か想像出来るけれど「あ」から始まるタイトルとなるとさ、陳列棚全部見ていかなきゃいけないわけじゃない?だってどの本がその時の赤津の目に付くかわかんないわけだからさ」


「まぁそうだけどね。でも仲野部君が考えてるよりあっさり決まったりするよ」


赤津奈々はいい、文庫本の陳列棚に向き合った。「あ」で始まるタイトルをゆっくりと探している。


「仲野部君も本を買いに来たんでしょ?私の事なんか気にしないで自分が読みたい本、探したら」


気にしないでと言われると気になるんだよなぁと思いながら僕はホラー小説特集のコーナーへと向かった。

ちょうど赤津の見ている陳列棚の裏側にそれが位置していた。本棚を挟んだ向こうには、産まれながらに生き別れた藤城たつきという姉妹が殺され四国の山中に埋められ、今年になって白骨化で発見された血の繋がった姉妹がいる。


ひょっとしたら藤城たつきはお父さんが殺したのだろうか?と思った。違うとしても多分、お父さんの会社の人が手を下したのかも知れない。そういう気は、手伝いを始めてすぐに思うような事はあった。聞かなかったのはどうでも良かったからだ。


「欲しい本見つかった?」


陳列棚の向こうから声がした。ここに僕がいるから良いものの、いなかったら赤津は頭がおかしい人だと勘違いされるだろうに。そういう所は意外と無頓着なのかも知れなかった。


「まだだよ」


そこから話しかけてくると変な人と思われるぞと言いたかったが止めた。


「赤津は?」


返事がなかった。


「赤津は決まったのか?」


2回目も返事は返って来なかった。


僕は手に取ったホラーの文庫本を一旦、置いて赤津がいる方へと回ってみた。


すると赤津は肩を揺らし頬を赤めながら手で口を押さえいた。今にも笑い出しそうだった。


「ったく赤津、お前さ〜」


口を押さえた指の隙間からクスクス笑いが漏れ出ている。


赤津はその場に屈みしばらくの間、肩を揺らしながら笑っていた。


笑いが落ち着くとようやく赤津が口を開いた。

何がそんなに面白かったのか浮かべた涙を指の腹で拭う。


「だって1人で勝手に喋ってて馬鹿みたいなんだもん」


「いや、そもそもお前が話しかけて来たんだからな?だから返事しただけじゃん」


「そうだね。ごめんね。でもちょっと私が返事をしなかったらどうするかなぁとか思っちゃってさ。いなくなった?って思って心配でみに来るかなぁと思ってさ」


その時の僕の表情が不安げで、それがまた面白かったと赤津はいい、再び僕の不安げな顔を思い出して笑い出した。


「動画撮っておけば良かった」


「そんな事したら盗撮だからな」


「盗撮じゃないよ」


「違うね。この場合仲野部君は友達だから隠し撮りにはならないの」


実際その辺りはどういう基準で判断されるのか僕にはわからない。友達なら相手が気づかない時に撮影してもそれが友達なら盗撮にならないのだろうか?多分。撮影した事を相手に言わず隠し持っていたらそれは盗撮になるのかも知れない。そんな事より僕は赤津の口から僕の事を友達と言ってくれた事が嬉しかった。


「そうとは思えないけどな。つかそんな事どうでも良くて、読みたい本は選べたのか?」


「見つけたよ」


赤津はいいその文庫本を僕へと突き出した。

本のタイトルは「あの夜には戻れない」だった。


何となく恋愛ぽいタイトルだと思った。

僕はその文庫本を赤津に返した。

赤津はそれを受け取ると表紙をマジマジと眺めた。その姿を見て僕はあぁ、と思った。


このタイトルが目に入った時、藤城たつきと離れ離れになった時の事を赤津は思い浮かべたのかも知れない。


それがどういう状況だったのかは勿論、本人は赤ん坊だったから知るわけはない。


藤城たつきが死んだとわかった今、大人の手によって2人が生き別れになるような事が無ければ、今も藤城たつきは殺されずに生きていたかも知れない。だから、嫌でも赤津はそんな想像をしてしまい、この文庫本を手に取ったのだろうか。


僕はそう思い、赤津がこのタイトルの文庫本を選んだ気がした。


「仲野部君さ」


「何?」


「もしさっき私がいなくなってたら、探してくれてた?」


「そりゃ探すよ。探すに決まってるだろ?」


「どうして?」


「数秒前に会話していた相手がいきなり姿を消したらびっくりするじゃん?何かあったんじゃないかって。そう思うからそりゃ必死探すよ。ましてや話していた相手は友達だから、めちゃくちゃ焦る自信があるよ」


「ありがとう そう言ってくれて嬉しいな」


「そ、そう?」


「うん。だってもし私がいなくなったりしたら、仲野部君だけは必死に探してくれるんだもんね?私は私で仲野部君が私を見つけるまで、希望を持って待ってられるじゃない?」


赤津の言葉に何か気恥ずかしくなり、無意識に頭を掻いた。


「何照れてんのよ。馬鹿じゃない」


赤津はいい僕に向かって肩パンした。


「私はこれ買うけど、仲野部君はどれにすんのよ?」


「いや、だからまだ決まって…」


「とっとと決めなよ」


「わかったよ。うるせ〜なぁ。そもそも赤津が返事をしてたら、こんな風に…」


「うるさいうるさい。口を動かす前に身体を動かしてくれない?」


いつの間にかいつもの赤津に戻ったような気がした。僕らは裏側へ回った。ホラー特集の所で足を止め見ていると赤津がグェッと言った。

僕の肩越しから顔を覗かせながらホラー特集の文庫本を見ている。


「ホラーなんて信じらんない」


「何でだよ」


「キモい怖いグロいハッピーエンドはない」


「それは何もホラーに限った事じゃないじゃん?ミステリーだってそういうのあるだろうし、それに恋愛ものでもバッドエンドはあんじゃないの?ラストが救われなさ過ぎて鬱になりそうなくらいげんなりするような物とかさ」


「知らない。私そんな本読んだ事ないし」


「本当か?」


後を振り返る。赤津と目が合った。瞬時に赤津の口角がヒクヒクと動き出した。その顔をみて嘘をついたなと僕は思った。


それがバレそうになったと気づいたのか赤津はホラーコーナーに近寄りタイトルも見ずに適当に文庫本を取り上げた。それを僕に手渡す。


「仲野部君はこれね。めっちゃ怖いよ」


「ホラー嫌いって言ってたじゃねーか」


「良いの良いの。はい.決まり レジ行くよ」


そういい赤津は体育祭の行進のように両手を大きく降りながら本屋の入り口にあるレジへと向かって歩いて行った。


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