④⑨
家に帰ると直ぐに部屋に戻り切断した3人の指をコンビニの袋に入れ机の引き出しの中に入れた。
茂木の指はしばらくの間、使わなくなったプラスチック製の筆箱に入れ保管しておく事にした。
その後で服を洗濯機に入れ動かした。シャワーを浴びて汗と血を洗い流す。着替えを済ませて部屋に戻った。
本来であれば直ぐにでも小屋に入り鰐の水槽の中へ切断した指を投げ入れたかったが鍵はお父さんが持っている為それが出来なかった。
だから明日の朝、一緒に釣りに出かけ鰐に餌をやるその時にでも投げ入れよう。
僕はベッドに座り筆箱を開けて、黒ずみ始めた茂木の指を眺めた。この指が再び斉藤こだまの身体に触れる事はない。それを思うと寂しくなった。
もし、斉藤こだまが茂木の告白を断らなければ恐らく茂木は死ぬ事はなかっただろう。
そう考えると出会いという運命は、エゲツない程、残酷だ。僅か16年の命は失恋と共に失われてしまった。
茂木の両親の事を思うと居た堪れなくなる。親子関係が良好かは知らないけど、仮にも進学校に入学したのだ。茂木に対して淡い期待を抱いていてもおかしくはない。だけどその期待はまだしばらくの間は持っていられる。茂木の死体が発見されるまでは。
筆箱の蓋を閉じ引き出しにしまった。
扇風機をつけ部屋の空気を入れ替える。部屋中に滞ったムワッとした空気が、扇風機によって少しだけ緩和された。僕は上半身裸になった。
扇風機の首を回しながら身体に風が当たるよう上下を調整した。下着一枚のままベッドにうつ伏せた。
目を閉じるとミニシアターでの出来事が鮮明に思い出された。復讐を終えた高揚感と、今更ながらの恐怖感にせめぎ立てられ、身体が震えて来る。
でも今はその震えさえ笑っていられた。お父さんは余り会社の事を話したがらないが、一度だけシェフの存在を仄めかした事があった。
その時は深く突っ込まなかったけれど要するにそのシェフと呼ばれる者達が、いわゆる殺人の実行犯となるそうだった。
そしてお父さんはそのシェフ達が殺した人間の遺体を処理する役目らしい。だから処理人と呼ばれているようだ。
でもお父さんの身体に出来た無数の傷痕は、明らかにお父さんがシェフであった事を物語っている気がした。
服を着ている時は気づかなかったけれど、お父さんの身体は常人のそれではなく、相当に鍛えているのは間違いなかった。そんな姿を思い浮かべると、僕もいつの日かシェフになりたいと思った。
お父さんのような身体になるまでどれだけの期間かかるかわからないけど近づきたいと思う。そんな夢想に抱かれながら僕は静かに眠りに落ちていった。
目覚めたら身体のあちこちが筋肉痛だった。
襲い掛かった時は無我夢中で気づかなかったけれど、やはり相当力を込めて手斧を振るったらしい。
そんな痛みも今でこそ苦笑いで済ませられるが、現実は自分の命をも落としかねなかった。今後の事を思えばその事は深く反省しなければならない。
そして感情にも左右されない事が重要だった。今回はたまたま運が良かったと思わなければいけないと思う。
将来的にシェフとして生きるのであれば、尚更、感情に左右されてはいけない。例えそれが親兄弟が殺されそうになっていてもだ。今回の場合、やはり、奴等の内の誰か1人に絞り殺すべきだった.その上で残りの奴等の住所を聞き出し……
と、そこまで考えて僕はある事に気がついた。
それは僕を犯した人間はもう1人いるって事だった。
あの時、僕の右腕を掴んで離さなかった、ガタイの良いスーツを着た男だ。
そいつは自分の勃起したペニスを僕に握らせシコらせているシーンをスマホに録画している。
そして奴は去り際にこう言った。
「この子の手、意外と小さくて指も細いくせに肉感的でかなりタイプでしたよ」と。
後1人だと僕は思った。ひょっとしたら、既にあの男が撮影した僕の動画は専門の裏サイトにでも流出されているかも知れない。
だとしても撮影した角度的に僕の顔までは映っていないと思う。だが確証は何処にもなかった。
ある意味、動画はどうでも良かった。許せないのはまだ平気で生きているという事だった。
茂木がミニシアターに現れた時、ダミ声の男はきっとこの男にも連絡をしている筈だ。だが今回は運良く来ることが出来なかった。
お陰で殺し損ねたじゃないか。来ていたら今頃、ミニシアターの席が1つ埋まっていたのに。そうならなかった事に僕は苛立ちを覚えた。
スーツを着た男は今日の呼び出しの事を思い、感想を聞く為に、ダミ声か、もしくは他の奴らに連絡してくるだろう。だが既に僕に殺されているから誰一人電話に出る事は出来ない。
となればスーツの男は必ずミニシアターまでやって来る筈だ。僕はそこで奴を待ち伏せすればいい。チャンスは今夜だと思った。
僕は急いで起き上がり服を着た。部屋を出て階下に向かって声をかける。
「お父さ〜ん、いる?」
返事があった。僕は階段を降りていった。
「どうした?」
「小屋の鍵を貸してくれない?」
「そんなものがどうして必要なんだ?」
「お父さんが僕にくれた鰐皮の着ぐるみがあるでしょ?」
「あぁ」
「あれを持って来るのを忘れてたから、取りに行きたんだ」
「そうか」
お父さんは、それならばといい、小屋の鍵を貸してくれた。
「ありがとう」
「終わったら直ぐに返すんだぞ」
「わかってる」
僕は鍵を持ち一旦、部屋に戻り、全ての切断した指をポケットに入れた。それを持って小屋に行き鍵を開け中に入ると直ぐに中から施錠した。
これはお父さんに口が酸っぱくなるほど言われていた事だ。だからしっかりと守らなければならない。
ポケットから指を取り出し水槽の中へ投げ入れた。鰐はその指に一瞬だけ反応したが、見向きもしなかった。
その後で机の下に押し込まれている段ボールを引き出した。
そして並べてある工具類の中から中型のナイフを1本、段ボールの中に入れ、それを持って小屋を出た。しっかり南京錠がかかっている事を確かめた後で部屋に戻った。お父さんに鍵を返しお礼を言った。
「そんなに気に入ったのか?」
「うん」
満面の笑みを浮かべながらお父さんを見上げた。
部屋に戻り段ボールから鰐皮の着ぐるみを取り出した。裂かれた腹部から片足を入れてみる。
両足を入れてその後で羽織る要領で鰐皮を着込んだ。その状態のまま身体を動かして見る。一瞬、良い感じかなと思ったが歩いてみて初めて気づいた事があった。
それはサイズがまだかなり大きいというのもあるが、動く度にお腹の部分がパコパコ言ってうるさいのと、非常に歩きづらい事だった。
だから僕は鰐皮の着ぐるみを脱ぎ、首の下辺りからナイフで鰐皮を切り裂いた。
その後で鰐の頭を被ってみた。鰐の口から見える視界は決して良いとは言えないけど、頭を振ったり激しく動いてみても、視界がブレたり、鰐皮がズレたりする事はなかった。僕の頭のサイズに丁度良い感じらしい。
ベースボールキャップより、よっぽどこちらの方がカッコいいし、顔バレもしないのも最高に良かった。リュックから手斧を取り出し鏡の前に立つ。まるで鰐人間になった気分だった。いやそれは余りカッコいいとは言えないな。
鰐男。うん?アリゲーターマンがいいじゃないか。
この瞬間、僕は処理人の見習いでもシェフでもなくなった気がした。
ただの進学校に通う普通の高校1年生であり、そして世界でただ1人のアリゲーターマンだった。手斧を振り下ろす。空気を切るブンっ!という音がアリゲーターマンの強さを象徴しているようで、何だかとても誇らしかった。




