④⑧
30分位鑑賞していたけど映画の内容は全く頭に入らなかった。
ずっと頭の隅で茂木の顔が浮かんでは消え、消えては浮かんでを繰り返す為に、そちらが気になり映画に集中出来なかったのだ。
途中で退席しミニシアターへ引き返す事にした。後悔の念が僕の内部を食い散らかして行く。罪悪感はなかったが、やはり斉藤こだまにフラれたショックで傷心状態の茂木に何もしてやれなかった自分に腹が立った。
その事が悔しかった。今日という日が来る前に無理にでも会いに行くべきだったのだ。
その時、ふと数年ぶりに室浜要君の事を思い出した。こんな時にいきなりどうして?そう考えながらも要君なら数分前の僕みたいに絶対に逃げはしなかっただろう。
要君はそういう人だった。どんな事が起きても絶対に僕の味方でいてくれた。例え守る事で犯罪を犯す羽目になったとしても、要君なら大事な友達を見捨てるような事はしないだろう。だが僕は要君のようにはなれなかった。厳しい言い方をすれば怖くなり逃げたのだ。ましてやあのミニシアターなような場所は、この世界に絶対にあってはいけない。
そう思う場所に友達が入ったと思われるのであれば、やはりあの時乗り込むべきだったのだ。でなければこれかも確実に被害者は増え続けて行くのだから。
僕は意を決して寂れた商店街に足を踏み入れた。ミニシアターに近づくにつれて心臓がバクバクして行く。背負ったリュックの中には僕の命綱の手斧があり、肩に軽くのしかかるその重みが唯一僕の希望であり未来だった。
もう絶対に逃げない。そして歩く事をやめ走りだそうと決めた。歩いていたらその間にまた心が弱気に支配されてしまうかも知れないと思ったからだ。
ならば全力で走りその勢いのまま中に飛び込んで行く方がいい。僕は歩きながらリュックを外しタオルを巻きつけた手斧を取り出した。リュックを背負い直し走り出した。その時だった。ミニシアターから出てくる男があった。その顔は忘れもしない。僕の口の中に汚いペニスを押し込んで来た奴だった。
名前は確か佐江口といった筈だ。そいつが出てきたという事は既に事は終えられた証だった。僕の時も佐江口が真っ先に劇場内から出て行ったからだ。となれば今はもう手遅れになっているかも知れない。
気持ちばかり焦るが身体が言う事を聞いてくれなかった。中にいる誰かは、既に集団で、犯されている。
でなければ佐江口がミニシアターから出てくる理由など無いと思うからだ。
僕はミニシアターに入り犯されたであろう人物を助けに行くか、それとも佐江口の後をつけるかで迷った。
太腿をつねって下唇を噛み締める。どうする?佐江口を見逃してまだ中には人がいる人間を狙うか?けどここで佐江口を見逃したら次、いつ見つけられるかわからない。それは嫌だった。ワンチャンスを生かしたい、そう思った。
どうすればいい?道端に身体を寄せ佐江口の顔をまじまじと見つめた。こうして陽の当たる場所で佐江口を見るのは初めてだったが、見るからに嫌な性格をしてそうな顔だった。いつも不機嫌で周りに気を使わす、そんな奴に見えた。その佐江口は今、茶髪にダボったジャージの上下を着ている。
僕は地下に行く事をやめ、佐江口の後をつける事にした。その時、いきなり佐江口が足を止めた。僕は慌てて顔を伏せ、手斧をTシャツの中に隠した。そして見知らぬそぶりで目の前にあった寂れたパチンコ店を眺めた。
横目で佐江口を捉うと電話で誰かと話しているようだった。耳を澄ますがその声はこちらまで届かない。道を横切りパチンコ屋の入り口の柱にもたれた。
ひざまずきTシャツの中に隠した手斧を一旦リュックの中にしまった。佐江口が電話に向かって声を荒げた。
同時に、ミニシアターから誰か飛び出して来た。そいつは両手で耳を押さえながら泣き喚いていた。指の隙間から血が流れ落ちている。丸顔で七三分けにした頭を必死に振りながら助けを求めていた。歯がないのか叫ぶ声が聞き取りにくかった。その男の前に佐江口がかけより、腹部を蹴り上げだ。押さえていた手が離れ顔が露わになった。その顔を見た瞬間、あの野郎!と思った。七三分けの親父は佐江口と一緒に僕を犯した仲間の1人だった。
佐江口はそいつの首根っこを掴み再びミニシアターの中へと押し戻そうとしている。チャンスだと思った。僕はリュックから手斧を引き出しそれをTシャツの中に隠した。リュックを背負いミニシアターまで駆け出した。
階段を降りかけている2人に近づいていく。左右を見渡すと先程まで付近を歩いていた数名の人は姿を消していた。
七三分けの親父の状況を見て関わり合いになりたくないと考えその場から逃げたのかも知れない。僕は改めて人気がない事を確認した。
そして佐江口の怒鳴り声が響く地下へ続く階段を静かに降りながら手斧を振り上げ佐江口の頭頂部目がけ振り下ろした。アヒルの鳴き声のような声をあげ佐江口が膝から崩れ落ち前のめりに倒れそうになる。その前に僕は後頭部を踏みつけ頭に刺さった手斧を引き抜いた。噴水のよう血飛沫が舞う。僕は血飛沫を避ける為、数歩ほど階段を後ずさった。
佐江口は顔面から階段下目がけ転げ落ちた。七三分けした親父は一体何が起きたのかわからないまま、転げ落ちる佐江口を呆然と眺めていた。ほとんど千切れかけた耳から血が流れ落ちているが、今は気にもかけていないようだった。劇場内からフランス語が聞こえて来る。どうやらスクリーン内では女が泣いているようだ。
僕は直ぐに階段を降りた。七三分けの親父の肩を掴みこちらを振り向かせた。同時に手斧を横にして頬骨辺りを目がけ横へ振り抜いた。右頰が裂け、口腔内を切り裂き、右頰をも切り付けた。七三分けの親父は痛みと、今、自分の身に起きている事に驚愕し目を見開いた。
恐怖に怯え全身が震え出していた。
僕は七三分けの親父の胸ぐらを掴み額目がけて手斧を振り落とした。突き刺さった手斧を抜く為に親父の腹へ前蹴りを食らす。親父は後転しながら階段から転げ落ちて行った。僕はそのまま駆け降りて受付へと真っ直ぐ向かっていった。音を聞きつけ駆けつけた受付のダミ声男が目の前に転がる血塗れな2人を見て一瞬、足を止めた。その隙を見逃さなかった。僕はダミ声男の首に狙いを定めた。太鼓を叩くバチのように上から斜め下へ向けダミ声男の首に向け手斧を振り落とした。
首が切断出来た手ごたえがあった。僕はその反動でバランスを崩し佐江口と七三分けの親父の身体の上へ尻もちをついた。かろうじてまだ息のあった七三分けの親父の切れかけた耳を掴む。憎しみを込めて引きちぎった。
僕は身体を横に転がせ起き上がった。命の灯火が消えかかりながらうつ伏せの体勢で這うように逃げようともがく七三分けの親父。その背中をまたぎ仁王立ちした。
そして後頭部に向けて手斧を振り上げ力の限り振り下ろした。七三分けの親父の喚き声はピタリと止んだ。
僕は息を切らせながらリュックからタオルを取り出した。それを手に巻きつけ指紋が付かないよう劇場内へと入って行った。映画は深夜の街並みの中、バイクが疾走している。ノーヘルの男女2人は共に笑顔だった。
僕は茂木を探した。前例から3つ後ろの席に人影があった。そちらに駆け寄った。茂木は飛び出すほどに目を剥いて死んでいた。口元には固まりかけた血がついていた。茂木は犯されながらも必死に抗い、丸顔で七三分けの親父の耳を噛みちぎったに違いない。
僕は茂木の死体に向けて頭を下げ、ごめんなと心の中で呟いた。茂木の隣の席に手斧を置き足早に劇場内から出た。視界の隅が息絶えた2人の死体を捉えた。例えこいつらが死んだとしても僕の怒りは治らなかった。
僕は受付の中へ入り受付のダミ声の男の両足を持ち、劇場内へと引きずって行った。
次は丸顔の親父だ。最後に佐江口を劇場内に運んで行った。それぞれを椅子に座らせた。手斧を取りに戻り、猟奇殺人に見せかける為にそれぞれの指の爪を剥がそうとしたが、上手く出来なかった。だから仕方なく指を切り落とす事にした。
受付のダミ声男の左手を持ち上げる。親指を手斧で切断した。七三分けは人差し指、佐江口は中指、計3本の左手の指を切り落とした。それをポケットに入れ、劇場内から出ようとして、足を止めた。
頭の中で、ある事が過ぎったのだ。それはいつかこの場所が発見され警察の捜査が入った時の事だった。
3人だけ指が切断されているのに、茂木だけ何もされず普通であったらおかしいと思われるに違いない。そのままにしておけば先ず茂木と関係性のある人物が疑われるのではないかと思ったのだ。
だから僕は茂木の左手の薬指を切断した。それをリュックにしまう。ポケットに入れなかったのは茂木と奴等とのせめてめの差別化だった。そして手斧をリュックにしまい茂木の両脇に腕を差し込んだ。そして3人を座らせた横まで茂木を運んだ。茂木を座らせてから僕は直ぐに劇場内から出た。そうしないと泣いてしまいそうな気がしたからだ。
階段を駆け登る。帽子を目深に被り直した。左右と正面の上下、両斜めと視認した。こちらを見ている者はいなかった。
僕は駅とは反対側へ向かって歩いて行った。
走って逃げ出したい気持ちを抑えながらあちこちの路地裏へ入って行く。途中で衣服を確認した。浴びた返り血は気になるほどじゃなかった。
赤色のTシャツを着てきて良かったと思った。ベースボールキャップを取りタオルで顔を拭いた。流れる汗と血を取り除くとベースボールキャップ被り直した。そして何とか自転車を置いた場所に戻ると家に向かって漕ぎ出していった。




