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駅の反対側へ行くというのにサングラスを持って来るのを忘れてしまった。
百均に寄って買おうとしたが赤のTシャツに半パンとサンダルな格好でサングラスをかけたら明らかにチンチクリンだ。
おまけに中学生のガキに見える。止めて百均を出てジーンズショップに入った。
お父さんからお小遣いを貰ったからベースボールキャップくらいは買える。あいつらに顔バレしたくないので目深に被った姿を鏡に映した。
サングラスをかけていたよりも多少マシだ。さすがに中学生には見えなかった。熱中症対策としてもサングラスよりはこちらの方が全然いい。
僕はベースボールキャップを買って外に出た。自転車を銀行前の駐輪場に押し込みその足で駅の反対側へ向かった。
反対側へ出て、映画館の入っているビルを探す。暑さで一旦、帽子を取り素早く汗を拭った。再び被り直そうとした時、視界の隅に見た事のある姿が目に入った。
「茂木?」
と思ってそちらを振り向くとその姿は既にこちらに背中を見せ商店街の方へと足を向けようとしている所だった。
「あれ絶対に茂木だよな?」
人違いかも知れないが、気になった僕はベースボールキャップを目深に被った。
こちら側にいる今、変に声をあげて茂木を呼ぶのは、人違いだった時には恥ずかしいし、それに自分の為にも絶対によろしくない。
どこで奴らが見ているかわからないからだ。
だから僕はゆっくりとその茂木らしい人物の後を追った。けど茂木はどうしてこんな所まで来たのだろう?来るならせめて連絡でもしてくれたら良かったのに。
そう思ったがこの1週間、既読無視を続けている茂木の精神状態を考えれば、無理もない話だ。
商店街の入り口付近まで来ると茂木らしきその人物はまるで夢遊病者のように蛇行しながら商店街の中を歩いていた。間違いない。茂木だった。
その茂木が行き交う人とぶつかって怒鳴られた。
が、茂木はその人を見つめるだけで何も言わなかった。相手はそんな茂木が怖くなったのか、小言を言いながらこちらの方へ向かって歩いた。
そんな姿の茂木を見るのは初めてだし、ショックだった。それほどまでに斉藤こだまにフラれたショックが大きかったのか。それ自体も驚きだった。
茂木は記念物のように純真な奴だという事を思い知らされた気がした。そんな状態の茂木に何て声をかければいい?僕は思わず踏み出した足を引っ込めた程だった。
僕は商店街の入り口で踵を返し見なかった事にしようと思い、映画館のあるビルの方へ向かった。
エレベーターに乗り5階に上がる。2本の内1本はロングランの人気邦画映画だった。僕はそれじゃない方の、生まれてから1度も観たことがないリバイバルのスペイン映画のチケットを購入した。
そして開演時間を確認した。30分後だった。
近くの長椅子に腰掛ける。だが頭の中では映画の事よりやっぱり茂木の事が気になっていた。
もしこのままほったらかしにして、ふらふらとあのミニシアターにでも入りでもしたら危険だ。かなりヤバい事になる。僕と同じ目に遭うのは目に見えていた。
最悪、殺されるかも知れない。僕は自分に対してクソっ!と叱った。長椅子から立ち上がりエレベーターの階下ボタンを押した。が、上で止まっていた。中々降りてこないエレベーターにイラつき扉を殴り階段に向かって駆け出した。
ビルの外に出て商店街に向かった。左右を確認しながら茂木の姿を探した。何処にも見当たらない。まさかと思いミニシアターの場所で立ち止まる。本日休業という立て看板を見て胸を撫で下ろした。
地下へ向かう階段を見下ろしながら良かったと思った。ここ意外なら多分、何処に入ろうと大丈夫だろう。僕は走ったせいで切れた息を整えながら、その場を後にしようとした。その時だった。地下からフランス語の音楽が流れて来てしばらくすると大きな声で会話する音声が聞こえて来たのだ。その合間に一旦、無音になった時、喚き声のようなものが聞こえた気がした。
僕は生唾を飲み込んだ。本日休業じゃないのか?そのような看板が出ているのに、どうして映画を上映しているような音声が地下から聞こえてくるんだ?明らかにおかしい。僕は後ろ手にリュックに触れた。手斧の感触を手の平に感じながら、どうする?と迷った。
もし茂木がミニシアターに入ったなら間違いなく茂木は今、犯されている最中だ。さっきの呻き声がその証拠かも知れない。だが例え茂木が入っていなかったとしても、誰かが犠牲になっている可能性だってある。でも、と思った。さっきの声は聞き間違いかも知れないじゃないか。その証拠に今は何も聞こえない。聞こえるのはフランス語だけだ。だがそれが映画館内で今、何が行われているかを如実に示していた。
助けに行くべきか?でも大の大人3人にどう向かっていく?いや違う。受付の親父をいれたら4人もいるじゃないか。とても勝てそうにない。そう思ったがちょっと待てと思い直した。
僕が映画館に向かってこちらに戻ってくるまで僅か数分、最長でも15分は経っていない筈だ。その間に、3人もの人間をここまで呼べるだろうか?奴等だって仕事くらいしているに違いない。となれば劇場内にいる人間は恐らく茂木を外せば、多分受付を入れたら2人の筈……
けどこれはあくまで仮定の話だった。何故なら僕を犯した奴等以外に、別の人間がいないという保証は何一つないからだ。
僕が犯されたあの日は、たまたまあの4人が空いていただけかも知れない可能性だってある。としたら既に最低でも2人以上の人間が中にいる事だってあり得るわけだ。確証は何一つなかった。
けどやはりこればかりは僕1人では流石に無理だと思った。それに万が一、人数が少なかったとしても劇場内へ誰にも気づかれないように入るのは絶対に無理だ。
先ず受付であの親父に見つかってしまう。そこを上手く潜り抜けたとしても、次に待っているのは劇場内入り口の押しドアだ。その押しドアを開けた瞬間に光が劇場内に入り込んで人が入って来たのがバレてしまう。飛び込んで襲い掛かるのも無理があった。茂木がどの席に座っているかわからないからだ。でもこのまま放っておくわけにはいかない。例え中にいるのが茂木でなくてもだ。
僕はリュックを外し中からタオルで巻いた手斧を引っ張り出した。リュックをミニシアターの入り口の角に置く。階段を降りながら引き返すなら今だと思った。
最悪、僕も捕まるかも知れない。それにもし全て上手くいって茂木を助け出せたとしても、奴等はどうする?
手斧を振り回すくらいで見逃してくれる筈もない。
やはり最低でも全員を動けなくする必要があった。
僕は頭を振った。先の事を考えたって仕方がない。今は目の前で起きている事だけ考えろ。助けに行くか。行かないか。そのどちらかだ。僕は数秒待った。そして出した答えに従って僕は階段へ下ろした足を引き上げ、リュックを拾った。中に手斧を入れ映画館へと向かう事にした。




