④⑤
夏休み初日の朝6時過ぎ、トイレに行きたくて目が覚めた。何気なくカーテンを開け、階下を眺めると、見知らぬワンボックスカーが駐車場の前に止まっていた。
こんな朝早くに誰だろう?と寝坊眼で眺めた後、トイレに向かった。
トイレを済ませて、玄関へ向かった。
玄関ドアを開け周りに目を配らせるが人がいる気配はなかった。
ならばと思い、2度寝しようと玄関ドアに手をかけた時、
「あっ」
と思った。
そう言えば、お父さんは数日前、お母さんと車で買い物に出かけ、その途中で急な仕事が入り、その場から仕事へと向かったのだった。
車はお母さんが運転して帰って来たから、今、駐車場の前に止まっているワンボックスカーは、ひょっとしたらお父さんが死体を運んで来る為に借りたレンタカーかも知れない。僕は少しドキドキしながら、閉めかけた玄関から外に出てみた。
「起きてたか」
いきなり声をかけられ思わずビクッとした。
そちらをみると無精髭を生やしたお父さんが立っていた。心なしか頬が少しやつれている。
「うん」
僕がいうとお父さんは自分の首に手をかけ、小屋の南京錠の付いたネックレスを僕に手渡した。
「お父さんはこれから車を返しに行かないといけないから、後は頼んだぞ」
「え?」
「出来るよな?」
「あ、うん。大丈夫」
「明日には帰ってくるから、そうお母さんに伝えておいてくれ」
お父さんはそういい、ワンボックスカーに乗り込み、家を後にした。
僕は小屋の鍵を握りしめ一旦、部屋に戻った。
Tシャツに半パンに着替え階下へ降りる。
既にお爺ちゃん達も起きていて、お母さんが朝食の支度を始めていた。
僕はお爺ちゃん達におはようの挨拶をした。
お母さんが用意していく朝食を僕がお爺ちゃん達の所へと運んだ。お母さんが揃うと皆んなで黙々と朝食を食べた。
「お父さん帰って来てたの?」
僕のコップに牛乳を注ぎながらお母さんがそう言った。お父さんとの会話が聞こえていたのかも知れない。
「うん。だけど又、出かけて行ったよ」
「そうなの」
少し寂しそうな表情を浮かべながらお母さんはそう言った。
「けど、明日には帰って来るって言ってた」
口まで運んだトーストを止め僕が言うとお母さんは
「そう」
とだけ言い、コーヒーを一口啜った。
朝食を食べ終えてから僕はすぐさま小屋に向かった。
南京錠を外し中へと入る。お母さん達が入って来れないよう中から施錠した。
水槽の前に黒色の死体袋が置かれてある。
久家綾乃の時とは違ってかなり大きく見えた。
近寄って確認すると、確かに大柄の人間が入っているようだった。
僕は死体袋のファスナーを開き中を確認する。
グレーのスーツに身を包んだその死体は、かなり体躯の良い男だった。
両腕両脚を引き出してから上半身を引きずり出し死体袋の上から退かせた。死体袋のファスナーを閉め3つに折り畳み工具棚の側の机の上に置いた。
再び死体の所へ行き、今回処理する人間の姿を確認する。男は短髪でその半分以上が白髪に染まっていた。
半分以上剃った眉毛に閉じた目は一重で顔の大きさに比べ小さかった。
全く不釣り合いな目だと思った。決してイケおじとしてモテる顔ではない。
鼻は団子っ鼻で、骨格は太く顎が張っている。筋肉質なこの中年男性は見るからに人相が悪かった。
スーツを脱がし裸にすると腕と背中に入れ墨が入っていた。恐らく一般人では無いかも知れない。
そう思い改めて男の手を持って指を確認した。
死体袋から出した時は気づかなかったが左手の薬指と小指が第二関節から欠損していた。
やっぱりその筋の人なのかも知れない。男の腹部と胸な無数の刺し傷があり、そのどれもが深く刺されている感じで、尚且つ切り傷付近は引っ掻き傷のように散切りになっていた。
きっとノコギリ状の刃のサバイバルナイフで刺されたのだろう。直線的に刺したのではないのか、数ヶ所の傷口はい細かく抉られていた。この男を殺傷した人間は、刺したその後に反転させながら引き抜いたのか、だから綺麗な傷口ではなく抉られている感じになっているのかも知れない。
僕は解体する道具を選ぼうとして、部屋に手斧を置き忘れて来たのを思い出した。
取りに行くのが面倒なので、ノコギリとノミ、ハンマーを使ってこの男をバラす事にした。
久家綾乃の時にお父さんがマジックで書いてくれたように、見よう見真似でこの男の身体に印をつけた。
久家綾乃と違い、体躯の良いこの男を解体するのはかなり苦労した。筋肉質なせいなのかわからないが、それにプラスして骨が太くて硬かったのだ。
先ず手足の肉をノコギリで切り、骨に当たると、その部分だけハンマーとノミで砕いた。それでも手足を切断するだけで午前中いっぱいかかった。
それらを1つにまとめ一気に水槽の中に投げ入れた。
その後で一旦床を洗った。広がった血が足裏に付き歩く時、滑って危ないからだ。
そしてその場で裸になり、頭から水浴びをした。小屋には空気を入れ替える窓も無ければ空調設備も整っていない。
だから密閉した空間の中での作業はとても暑くて息苦しかった。全くこの季節の作業は地獄だなと思った。
水を浴びたお陰で体温が下がった気がした。けれど直ぐに身体からは次から次へと汗が吹き出して来る。
少しばかりお腹が空いて来たが全てを終わらせてからの方が良いと考え気持ちを入れ直した。
改めて合羽と長靴に着替えエプロンをつけノコギリを掴んだ。ノコギリで男の顎の下を切り始めたが、
中々上手く行かず、仕方なく喉仏の下付近へと切断場所を変えた。
首を切断中、男のつけている整髪料の臭いが鼻に付き気分が悪くなった。しばらく吐き気を我慢しながら首を切断していたが、我慢出来ずに男の顔へ嘔吐した。今朝食べた物はかなり消化されてはいたものの、ベーコンのカスだけが男の顔の上でその存在を主張していた。
僕は吐いた物はそのままに、男の首を切り続けた。それでもなかなか切断出来なかった。余りの硬さに腹が立って思わずノミを男の目に突き刺した。
それを引き抜くと眼球が飛び出した。血管なのかよくわからない物が眼球に臍の緒のようについて来た。
僕は男の眼球を踏みつけノミを引き抜いた。眼球が男の頬をつるりと滑りピチャリという音を立てて床に落ちた。
何とか切断した男の頭を持ち上げ水槽に投げ入れた。
その後に胴体を持ち上げたが、かなり重かった。
だから僕は小屋の隅に置かれてある脚立を持ち水槽に立て掛けてた。一旦戻り男の胴体を持ち上げ水槽へ近寄り脚立を登った。上から水槽の中を覗くと鰐は既に手足を食べ終えているようだった。
今の今まで、こうして上から水槽を見ることはなかったが、実物大の鰐はかなり大きかった。ゆうに3メートルはありそうだ。どれくらいまで大きくなるかは知らないが、その内この水槽も手狭になりそうだ。
僕は鰐の体に当たらないよう胴体を投げ入れた。水飛沫が上がると同時に鰐が物凄い速さで動き胴体に襲いかかった。
それをみて僕は心から鰐がカッコいいと思った。
全てが終わると2時少し前だった。
空腹も限界に来て合羽を脱ぎ裸になった。再び水浴びした後で、先ず合羽と長靴を洗った。
それをハンガーに干した後、床へ水を撒いた。マスクをつけた後で酸性の液体洗剤を床全体にばら撒いた。
特に血が流れ出た場所は丁寧にデッキブラシで擦った。そして改めてまた水洗いした。額に浮かんだ玉のような汗を腕で拭った。
そして使った工具を擦り洗いして肉片などを取り除いた。
乾いたタオルで水分を拭き取ってから、刃先にスプレー式の工具油を噴霧した。
それらを机の上に並べてから僕は私服に着替え直した。マスクを取り丸めてゴミ箱に入れる。机の上に置いておいた小屋の鍵を引っ掴みその足で小屋を出て南京で入口を施錠した。
家に戻ると直ぐに昼ごはんの残りの素麺を食べた。
全く足りなかったからスナック菓子を持って部屋に戻った。
ドライヤーで頭を乾かした後、ベッドに寝転がると軽く睡魔に襲われた。ウトウトしながら、さっき解体したばかりの男の事を考えた。
あんな風貌な奴だから、居なくなっても誰も悲しみはしないだろし、きっと捜索願いを出される事もないだろう。
お父さんから処理人の仕事を聞いた後、僕はこの国で一体、何人の人間が行方不明になっているのかと気になり、ググッた事があった。
すると日本の年間行方不明者は約9万人だった。その内の1人がさっきの男であり9万人の中の1人として今後一生、絶対に見つかる事はないのだ。
何故ならお父さんの会社の人達や、こいつから被害に遭った人達から、生きている資格がないと判断されたからだ。
だから僕がこいつを処理した。処理してやったのだ。
そう考えるとこの仕事を手伝っている自分が何だか誇らしかった。僕は全身に広がり始めた疲労感を感じながら眠りの世界へと引き摺り込まれて行った。




