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 ④①

ノコギリを持ち上げ淡い灯りの下に掲げてみた。下から眺めるノコギリのフォルムはとても美しかった。


「圭介にはまだ大きすぎるか」


「どうだろ。使ってみないとわからないかな」


「使い難いと感じたら、それはまだ圭介の身体に合ってないという事だから、無理に使う事はしないで他の道具に変更しろ」


僕は頷いた。


掲げたノコギリを下ろし、数回振ってみる。

握った時に感じていた事だけど、想像以上に軽るかった。


工具としては良いかも知れないけど、凶器としてはダサいと思った。フォルムは好きだがそれ以上の魅力は感じられない。


でもこれで久家綾乃の身体を解体していくにつれ、その気持ちは変わるかも知れない。


僕は久家綾乃の寝かされている横に立った。腰を落とし膝をつく。右手を持ち上げ久家綾乃の指を1本ずつ動かしてみる。死後硬直は始まっていたが、まだそれほど硬くなかった。


一旦、その手を離しマジックで印がされてある手首にノコギリの刃をあてた。


動かそうとした時、ふとある事が頭によぎった。


「どうした?」


「この子はどうやって殺されたんだろうって思って」


「絞殺だな」


お父さんはいい、久家綾乃の首を指差した。

マジックで印がされてる少し上に紫色のアザが出来ている。


「本当だ」


「そうだな」


「苦しんだかな?」


「あぁ当然、苦しんだだろう」


「そっか」


「可哀想だと思うか?」


「いや、別に思わないよ」


その返事についてお父さんは何も言わなかった。


「どうした?始めないのか?」


「何かお父さんに見られていると変な緊張しちゃって」


僕が照れた風を装いながらそういうと

お父さんは苦笑いを浮かべた。


「本来なら側にいて、注意点など指摘されながら覚えていくのが普通だが、まぁ、いいだろう。圭介は小さい頃から何でも1人でやって来たからな」


「良いの?」


「そうしたいんだろ?」


「うん」


お父さんは屈めていた身体を起こす」


「わがまま言ってごめんね」


「いいさ。お前がわがままいうのは滅多にないからな」


そう言われて僕はお父さんに殴られた時の事が頭によぎった。あの日はクリスマスの朝だったとお父さんが言っていた。でも重要なのはそういう事ではなくて、殴られたって事だ。


「さてと、お父さんは家に戻り風呂に入って寝る事にするか」


お父さんが付けていたエプロンを外す。長靴を脱いで裸足になった。僕の側を通り過ぎる時、頭をポンポンとされた。


「学校に行く時間までには戻ってこい。雨合羽や長靴などは昼からでもお父さんが洗っておくからそのまま机の下にでもまとめて置いておけばいい」


「明日は日曜日だから学校は休みだよ」


「お?そうだったか」


「うん」


「なら、そうだなぁ。まぁそれならお前が納得いくまで挑戦すればいい。だがどの道、確認しには来るからな」


「わかった」


僕がいうとお父さんは机の側で草履を履いていた。

その姿を横目で見ていると机の下に何やら箱が置いてあるのが目に入った。


「ねぇお父さん、机の下の箱って何が入ってるの?」


「あぁこれか?」


「うん」


「これは昔お父さんが世話になった鰐の処理人の先輩から頂いた鰐の皮だよ」


お父さんはいい箱を引きずりだし蓋を開けた。

鰐皮を取り出し広げて見せてくれた。


「おぉ。すげ〜カッコいいね」


「そうだな」


「でもさ、それお腹がばっさり裂けてるけど、それって剥がす時にそうしなくちゃいけなかったのか?」


「恐らくな。けどその方は剥製にする為に切ったわけじゃないんだ」


「そうなんだ?」


「あぁ」


「なら何の為だろ?初めて飼育した鰐が死んだから記念でかな」


「その辺りは聞いてないからわからないが、その方がいうには何でも鰐皮を着ぐるみみたいに着る為らしい」


「着ぐるみなんだ?」


「そうらしい」


「お父さん着てみた事ある?」


「1度だけな」


「どんな感じだった?」


「何だ。圭介、これ欲しいのか?」


僕は頷いた。お父さんは僕が鰐の皮への食いつきの良さに気づいてそう言ったのだろう。


「欲しいならやる」


お父さんはいい鰐の皮を箱の中に戻した。


「良いの?」


「構わないさ」


「でもそれ、お父さんにとっては思い出の品なんじゃないの?」


「確かに思い出ではあるが、圭介が今、こうして私の仕事を継ごうとしているならあの方も喜んでくれるさ。それに私も初めて処理人への転職を考えていた時に、その方からこれを頂いた。だからこれはお前が持っていた方が良いのかも知れない」


「お父さん」


「何だ?」


「ありがとう。大事にするよ」


お父さんは何も言わなかった。


戸を開ける。雨はまだ降り続いていた。だが雨足は少しだけ弱まったようだった。


「出来る所まででいい。ただ無闇矢鱈にバラす事はするな。お父さんがマーキングした箇所だけを切るんだ」


「わかった」


お父さんは片手を上げ小屋から出て行った。


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