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 ④⓪

降り止む気配はまるでなかった。雹と見間違うほどの大粒の雨が土曜日の深夜から降り続いている。


屋根や窓ガラスやに当たるその雨は昨晩から降り始めていた。


天気予報では台風が近づいているとは言っていなかったから何かしらの天候の異変なのだろう。


ベッドから起き上がりカーテンを開ける。窓ガラスに顔をおしつけ外を眺めた。数メートル先も見えないほどの大雨だった。


まるで白い湯気が立ち上っているみたいに世界が灰色に包まれている。下を見下ろすと地面に向かって機関銃が掃射されているみたいに雨が跳ね上がっていた。


その中に一際目立つ明かりが2つ、止まっていた。その前を黒い影が横切った。寝ぼけ眼を何度か瞬きさせ、影に焦点を絞った。影はどうやら雨合羽を着たお父さんらしいかった。


仕事に出るのか。それとも帰って来たのかは、わからなかった。


昨夜は夕飯を食べた後、1時間ばかりスマホゲームをした後で宿題を済ませた。軽く予習と復習をして読むのを止めていた「川へ沈む」を読んだ。


短編だから読み終わるまでさほど時間はかからなかった。


主人公の女性は大学時代に出会った男性と恋に落ち、卒業前に妊娠している事を知る。その女性が男性に妊娠した事を告げると結婚を条件に今はおろしてくれと女性を説得し、根負けした女性は子供を堕胎する。


だが卒業してから男性の態度は一変し、一向に結婚してくれる素振りを見せなかった。問い詰めると暴力を振るった。


学生時代には何度も食事に誘ってくれていた男性の両親からはそっけない態度を取られ遠回しに男性と別れる事を告げて来る。そこで女性は勘ぐり始める。


その両親が私の子供を堕胎するように命じたのではないか?と。その日から女性は自分の子供がもし産まれて来ていたら?と想像し始める。


日に日にその妄想は激しくなり、いつしか幻覚で子供を見るようになる。子供は常に笑っているが、何故かいつも雨に打たれたようにびしょ濡れだった。


女性はそれを不思議に思う。だがやがてその謎に気づき始める。子供を見る時は決まって水のある場所だと言う事に気づいたのだ。お風呂や流し、時にはトイレの排水に溜まっている水の中に子供がいたり、水道の蛇口から現れる事もあった。でも子供はとても幸せな表情で女性に向かって微笑み返していた。女性は考えた。


水の流れゆく先に行けば子供を抱けるのではないかと。この手で抱く事なく死んでしまった我が子を抱ける、抱きたいと願うようになる。そして辿り着いたのが川だった。女性は真冬に川に入り、川底で子供を見つけ抱く。その喜びを男性とその家族にも伝えたいと思い始める。


川の底に女性の幸福の全てがあり、その幸せを堕胎しろと命じた共男性やその家族にも伝えたくて、男性やその家族に会いに行く。が、自宅に招き入れてくれるどころか一蹴される。それでも我が子を見せたくて、まず男性を呼び出し水の中に子供がいるからと話すが、聞き入れてくれなくて、女性は男性を殺害する。


そして川へ沈め次々と一家を殺害し、川へ沈めていく…


中々面白かったというのが読後の感想だった。丁度その頃に雨が降り出し始めたような気がする。その微かな雨音を聞きながら心地よく眠りについた。


だが今朝はその雨によって無理矢理起こされた形となってしまった。


僕は昨夜の記憶を頭の中から遠ざけながは窓ガラスに押し付けていた顔を離した。


カーテンを閉めようとした瞬間、お父さんが車の後部に周り後ろのドアを開けた。


身体を屈め上半身を車内に入れる。出て来た時は何か大きな袋のような物を引き出していた。それを一旦、担ぎ、車の横に置く。その後で車を車庫に入れた。


出てくると置いた袋を引き上げた。腰を落とし袋ごと肩に担いだ。それを持ちながら家の方へと近づいてくる。


あの袋の中身はきっと死体だ、と思った。そう思った時、僕の心臓は高鳴った。おぞましいとか怯えたとかのそういう意味での高鳴りではない。どんな死体なのだろうという興味と興奮から僕の心臓は激しく脈打っていたのだ。


部屋を飛び出して駆けつけたい欲求に駆られたけど、そこはグッと堪えた。


何故なら後、1週間に迫った夏休みから手伝うのが約束だ。それに僕はまだ、お父さんに自分の答えを伝えていなかった。正直、失敗したと思った。伝えていれば、この場から駆けつけてもきっとお父さんに怒られる事はないと思ったからだった。


部屋の中をぐるぐると歩きながら、やっぱり見に行きたい、いや駄目だと気持ちのせめぎ合いの中、再び窓ガラスを覗くとお父さんがこちらを見上げていた。


ひょっとしたら、一部始終、見続けていた僕の視線をずっと感じていたのかも知れない。


しばらく見つめ合った後、お父さんが片手を上げた。


何度か手招きしてから口に指を添えた。そのジェスチャーを見て僕は頷いた。きっとお母さん達を起こさないよう静かに来い、という意味だ。


僕は再度頷き、カーテンを閉めた。パジャマのまま部屋を出て、慎重に階段を降りていく。


更に鼓動は高鳴り生唾を飲み込んだ。直ぐそこに死体があると思うだけで興奮していく。


この感覚に覚えがあった。玄関につきサンダルに足を入れた瞬間、あぁ。そうか思い出したぞ、と思った。


この感覚は幼少の頃に感じたものと同じだった。色んな虫の死骸をみてはワクワクし楽しんでいた事を、僕は今、思い出したのだ。そしてその死骸を破壊する事に、ただ見ている以上に楽しかった事を。僕は激しく降り続く雨に濡れながら小屋へと向かって走っていった。


いつも戸が開かないように施錠されている筈の南京錠が今はなかった。戸は微かに開いていて隙間から淡い光が漏れ出していた。


僕はそっと取っ手を掴み手前へと引いた。僕が入って来たのに気づいたのか、既に雨合羽を脱いだお父さんが大きなノコギリを片手に持ちこちらへ振り向いた。


その足下に袋が1つ横になっている。


「手伝うか?」


普段耳にしているお父さんの声からは想像出来ないくらい、お父さんの声は低かった。


エプロンをつけながら僕の返事を待っている。


「うん。手伝う」


「それなら、その格好はうまくないな」


雨に濡れた僕のパジャマを指差した。


「そこの机の上に合羽と長靴があるからそれに着替えればいい」


僕は頷き、そちらへ行った。無機質な大きな鉄製の机の上には大小様々な工具が綺麗に並べられいた。


マイナスドライバーに始まりカッターナイフがその横に並べられている。


万能鋏や裁ち鋏、ナイフの類も様々だった。

アーミーナイフが一段と輝いている。


壁にはガスバーナーやサンダー、鋼製刃と電動鋸と形の違う丸鋸、3種類の斧に釘抜き用のバールとハンマー、


死体の爪を剥がす用なのかペンチとニッパーがあり、そして2種類のチェーンソーがオブジェのようにかけられていた。


それら多くの工具を眺めながら僕は着替えを済ませた。


お父さんが大きなノコギリを持っているという事は、それほど人体を解体するのは大変だという事なのだろうか?それならばと、僕は電動丸鋸に手を伸ばした。するとお父さんが


「ここは防音じゃないから、音が出るものは使わない」


そう言われて伸ばした手を引っ込めた。


「今日はまだ横で見てるだけいい」


お父さんはいいながら袋についたチャックを下ろし始めた。


僕はそちらへと近づいて行った。腰を屈めながら作業を始めたお父さんの横に立った。


チャックが開かれお父さんが入っている死体に手を伸ばす。袋から出された死体はブレザーを着ていた。スカート履いているから女の子だろう。よく見ると腕と足なんかはかなり華奢だった。顔は長い髪がかかっていてよくわからない。


一旦、タイル床に寝かせ、お父さんは立ち上がり机のある方に向かった。何やら手に持つと、僕に向かってこう言った。


「死体の受け渡しの時には、必ずこの手の書類を受け取る事になっている。この書類にはその女の子の本名と、大まかだが殺された理由が書かれてあるんだ。死体を処理するだけなのにどうしてそんな物を受け取る必要があるんだと圭介も思うだろう?」


「うん そうだね」


「何もこれは処理する人間の同情心を買う為にあるものじゃない。むしろその逆でどんな年齢の死体でも、ちゃんと殺される理由がある、だから処理されて当然だから罪悪感を感じる必要はない、という意味でこの手の書類が渡される事になっているんだ」


「そうなんだね」


「あぁ」


「お父さん?」


「何だ?」


「この子は幾つなの?」


「16歳だ」


「僕と同い年だね」


「そうだな」


「名前は何ていうの?」


「ん?名前か?そうだな。久家綾乃って名前だ」


その名前を聞いて僕はびっくりした。


「え?久家綾乃?」


「圭介、この子の事を知っているのか?」


僕は頷いた。


「中学校の時の同級生。この子ずっと引きこもりだったんだ」


「そうだったのか…」


「でも何故かわかんないけど、僕にだけは心を開いてくれてさ。家に行ったら僕だけ中に入れてくれたんだ」


勿論、嘘だった。僕は偶然、屋上で出会い少し会話をした程度だし、家に行ったらその時は既にもぬけの殻だった。だから部屋になんて入ったこのすらない。


ただ久家綾乃をバラしたいが為に咄嗟に思いついただけの話だ。こんな話をしてお父さんがわかった、やってみろと言うとは思えないけど、言わないでただ見ているだけなのはどうしても嫌だった。


お父さんは一旦、机の所へ行き、受け取った簡易な書類に目を通す。


「そうだな。確かに長年引きこもっていたようだ」


「うん」


「出来るのか?」


「やってみたい 上手く出来るかはわからないけど」


「圭介が思う以上に大変だし力仕事だ。それに…」


「それに?」


「いや、何でもない。どの道、手伝うと決めたのだから、やらなきゃいけない時が来るからな。なら早い方がいいだろ」


お父さんはきっと大量の血が流れ出る事で僕が怯えると思ったのかも知れない。


でもそれは心配いらない。僕は既に生きた人間で経験済みだ。


「うん。ありがとう」


「ならせめて切断しやすい場所に印をつけてやる」


お父さんはいい、手に油性のマジックを持ち、久家綾乃の死体の側に戻って来た。


僕は頷いた。しゃがみ込み顔にかかった髪を払い除ける。この先永遠にこの閉じられた目が僕を見つめ返す事はない。


だとしても久家綾乃は僕の初恋の相手だ。

そんな相手とまさかこんな形で数年ぶりの再会となるだなんて人生って全く不思議だなと思った。


そして初めて人間を解体する相手が久家綾乃だなんて…初もの尽くしだ。


お父さんは僕に油性のマジックを僕に手渡すと、久家綾乃の衣類を脱がし始めた。


上半身を起こし上着を剥ぎ取る。襟のリボンを取りシャツを脱がせた。肌が露わになると小ぶりな胸が微かに揺れた。


続いてお父さんは久家綾乃の背中に手を回しブラを外す。中学の時、想像しか出来なかった久家綾乃の胸が今目の前にあった。動悸が打ち勃起した。


一旦寝かせてからスカートと下着を外す。


想像以上の陰毛の量に思わずニヤついた。僕が思っていた久家綾乃の陰毛の印象とは真逆だったからだ。


思わず笑みが溢れたのを堪え裸になった久家綾乃を上から見下ろした。


そんな事には気付かずお父さんは、久家綾乃の身体のあちこちにマジックで線を引いて行く。

膝下、肘上。足首。手首。顎の下と首の付け根。


「顎下が切りにくかったら付け根に変更すれば良い」


お父さんはいい床に置きっぱなしにしていた大型のノコギリの柄を僕に向けた。


それを受け取り

 

「うん」


と言った。


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