③⑧
地元の駅につき、駅ビルの本屋に久しぶりに立ち寄ってみた。
時間潰しに漫画でも読もうかなと思ったのだ。
財布の中身は寂しいけど、ゲーセンであっという間に消費するなら、こちらの方がよっぽど価値的な気がする。
アニメ化されたり、制作決定された事をポップでアピールしている売れ線漫画が大量に平積みされていてどれもがクラスの漫画、アニメ好きの奴等が良く口にしているタイトルだらけだった。
絵柄が好みの漫画やそうでない物まで、表紙に描かれてあるキャラは皆、躍動感がありそんなに興味もない僕でさえ読んでみようかなと思う程だった。
でも数十巻も重ねているそれらの漫画を1から読むとなるとお金もかかるし、それなりに時間も取られるのはちょっとなぁと思い、手に取った漫画を元に戻した。
その後、ゆっくりと漫画のコーナーを周りながら目についた物を手に取っては眺め、又戻すというのを繰り返した。
雑誌のコーナーを周り裏側を見ると写真集やエロ雑誌が陳列されていて、横目で眺めただけでそこを通り過ぎた。
文庫本コーナーに向かって歩くと、もう少しで真夏が到来するからか、ホラー小説特集が開催されていた。
小説自体もあまり読んだ事がない僕だったが、帰り際、長谷と話したせいか、自然とその特集コーナーで足が止まった。
長谷もホラーとか好きなのだろうか?と考えながら陳列された文庫小説を眺めた。何となく長谷が推理物は好きそうなのはわかったが、幽霊などの怨霊系も実は好きだったりするのかも知れない。
まぁホラー系というだけあって謎を紐解いていくという話のものはそんな無いような気がするけど、タイトルだけ見て行くと僕の想像力を掻き立て恐怖を呼び起こしそうな作品もちらほらあった。
その中に「川へ沈む」という物があった。そのタイトルで直ぐに多摩川で見つかったという腐乱した水死体の事を思い出した。
僕は今時珍しいページ数の少ない薄い文庫本の「川へ沈む」を手に取りレジへと向かった。
ブックカバーはかけずそのまま受け取り本屋を出る。
下りのエスカレーターに乗りながら作者のプロフィールを見た。
小説として発表されたのは今から40年ほど前のようだった。作者は女性で浦尾三代子といい、この小説を発表後に自殺したらしい。
享年32歳と記載されていた。どうやらこの作者の小説はこの「川へ沈む」以外はないようだ。
どのように自ら命を絶ったのかプロフィールには書かれていなかったけれど、もしこの場に長谷がいたら
「きっと入水自殺だよ」と言ったかも知れない。
そう思うと何だか笑ってしまった。それって安易すぎない?などと頭の中で思いながら、1階へと降りて行った。
でもまぁ確かに小説のタイトルからして入水自殺かな?と思われても仕方のない節はあると思う。
実際にこの作者は入水自殺をしたのかも知れないけど、僕としては真逆の焼身自殺であって欲しいと思った。
皮膚が焼け爛れ耳を塞ぎたくなるような叫びをあげながら、この作者は燃えながら喉を掻きむしり水を求め続けた。そんなドラマチックな自殺であって欲しいと思いながら小説をリュックの中にしまい駅ビルを出た。
帰宅路を歩きながら何度か足を止めた。駅ビルで隠れて見えないが、反対側のターミナルの事が脳裏に浮かんだ。
もしかしたらあの腐乱した水死体は僕がミニシアターのトイレで殺した男かも知れないと思った。
あの日から数ヶ月経つのに事件は発覚していない。僕を探し出し脅してくるような事もない。
あちら側へは絶対に近寄らないのが最善な話だけど、やはりあの死んだ男、オカマの事が気になった。
もし水死体があの男であれば、多分だけど事件が発覚しない限り僕が警察に捕まるような事は無いように思える。
でなければ、とっくに事件として報道されている筈だからだ。それがないという事は、どんな形にせよ、警察沙汰にはしたくないという思惑があのミニシアターの受付のオヤジ達にはあったという事になる。
それが何かは想像すら出来なかった。僕は無意識のうちに自分の股間を触っていた。
口の中が乾き出し、僕を犯した連中のニヤけた表情が思い出された。下腹部がチクチクし始め股間に触れる指先が、剃刀で首を切り裂いた瞬間の感触がマジマジと蘇ってくる。
ひんやりとした感触の剃刀。噴き出す血飛沫は僕の半身を真っ赤に染めた。その指が自分の股間を弄っている。
直ぐに勃起し慌てて位置を直した。早歩きで進みながら辺りを見渡す。公園の中のトイレに駆け込んだ。
戸を閉めベルトを外し、便座に腰掛けた。目を閉じると僕の身体にまとわりついていた体躯の大きな男がゆっくりと滑り落ちて行く。
その目は奇跡を目の当たりにしたかのように僕を見上げている。切り裂かれた傷口に手を当てながら指の隙間から溢れ出る自分の血液に何かしら懐かしさを覚えたのか、男は口元を緩め、僕に向かって空いた手を伸ばした。
僕はその手を払い除けると、うつ伏せに崩れ落ちた男の頭を思い切り踏みつける。そして何度も何度もそいつの頭を踏みつける。そんか自分を思い浮かべながら僕は射精した。濁った精液は便器からはみ出し、戸の下の方まで飛び散った。
僕は荒い息を吐きながらしばらく天井を眺めていた。呼吸が落ちつき始めてようやくペーパーを引き出し股間を拭いた。パンツとズボンを履きベルトを閉める。飛んだ精液はそのままに水を流してトイレから出た。
家に帰るとお爺ちゃんとお婆ちゃんしかいなかった。
お父さんとお母さんは2人で何処かに出かけたらしい。
お爺ちゃんがお婆ちゃんと散歩に出かけたいというので、僕は留守番を頼まれる形となった。まぁどうせやる事はないのでお爺ちゃんに気をつけてねと言って送り出した。
部屋に戻り着替えを済ませてからさっき買ったばかり小説を手に取りページを開いた。
川へ沈むはタイトルの川へ沈むの他、作者の創作ノートや日記の写真などで構成されていた。
1話目がその「川へ沈む」だった。僕はその1行目に目を通した。
「自ら命を絶つという行為はこの世界で何ものにも変え難い快楽なのかも知れない」
そこまで読んで僕はページを閉じた。
作者が自殺した理由がその1行目に集約されていると思ったからだ。例えこの先を読み進めても1行目に感じた気持ち以上なものを、この本から僕は受け取れると思えない。
もう充分だった。お腹いっぱいて奴だ。勿論、ホラー小説に分類されているのだから、読み進めていけば何かしらの怖さを表現するものは出て来るのだろうけど、もう、その怖い話はどうでも良くなっていた。
知りたかった事がわかった気がしたからだ。僕は文庫本を机の上に放り投げた。座っていたベッドから起き上がり椅子に腰掛ける。背もたれにもたれながら頭の後で両手組んだ。
この作者は自殺に快楽を求めた人だったようだ。当たり前だけど、本当の自殺の理由は本人しかわからない。
けれど代表作のこの小説に書かれているという事は自殺に美しさを感じていたのは間違いない筈だ。
でなければこれを書いた後に自ら死のうとはしないと思うからだ。
死人に口なしとは言うけど、実際のところ自殺は最高の快楽だったのだろうか?死んでいるから聞きようもないわけだから、これから先も決して僕が知ることは出来やしない。
ならば、だ。例えばお父さんに処理された人や僕が殺した奴はどう感じたのだろう?殺されるという事に対し、それがこの世界の1番の快楽だと感じたのだろうか?もしくは今現在、そのように考えている人間はいるのだろうか?死んでいく自分を思いながら最高だ!などと思ったりするだろうか?それはわからないし、少なからず僕は誰かに殺されたいと思いはしなかった。
ただ、反対に殺す側に快楽があるか?と聞かれたら、僕は確実にあると言えた。現につい1時間前にあの殺害時の事を思い返してマスターベーションをしたからだ。
正当防衛に近いとは言え、人を殺したのには変わりないし、その情景は詳細に思い出せ、僕の気持ちは昂ぶったのだ。
つまり殺害する側には少なからず快楽を感じられるという事だった。
そこに辿り着いた僕は、お父さんのよく考えてから答えを出せという問いに対し、今すぐ返事が出来ると思った。
僕はお父さんの仕事を手伝いたい、いや、手伝えるとハッキリと言い切る事が出来た。




