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初めて漂白者として人を殺したのはラピッドに入社してから1年半目の事だった。
その頃には当然、会社の内情は把握出来ていた。
入社当初、私はラピッドの全社員が漂白者や処理屋のどちらかだと思っていた。
が、それは大きな間違いであった。表向きの社員は社員としてしっかりと雇っていたのだ。
だから当然その人間達はラピッドの裏の顔は知りもしなかった。反対に裏の顔の社員は表の社員の事は何一つわかっていなかった。
この2つの大きな違いは、自動車を販売する人間と人を殺す人間という事だった。
当たり前だが、後者の方は出社の必要はなく、今いる場所で連絡が来た時のみ、行動をするというシステムになっていた。
他人からみれば、連絡が来ない限り1日中、家にいるのだから無職のようなものだ。私としてはそれは有り難かった。何故なら常に家族の側に居られるからだ。
いつ何時、ドジを踏み捕まるかも知れない恐怖と反撃をくらい殺されてしまうかも知れないという不安の中にいて身近に家族の存在があるというのは私の心の安定に繋がるからだ。
だが最初の1年は、研修と実習の繰り返しで頻繁に家を留守にする事が多かった。
先輩の漂白者が無表情で人を刺し殺したり、ワイヤーで首を絞め殺害するのを目の当たりにした当初は、吐くのが当たり前だった。
殺された者の体内から垂れた糞尿を処理するのも苦痛を極めた。
だがそれが耐えられたのは、この人間の手により不幸にされた人達が再び幸せを取り戻せるという希望があったからこそだった。
だが唯一中々慣れなかったのは子供の殺害だった。きっとそれは自分に幼い息子がいたからだろう。その息子が僅か数10年で殺されるかも知れないと考えたら、怖かったのだ。
子供ならまだその人格を変えられる程の時間はあるし、未来があるから何も殺す必要はないのではないかと幾度となく自問自答を繰り返してもいた。だが会社はそれを許さなかった。
人の持つ根源的なものは決して変えること出来ないと。やがてその子が大人になり影響力を持つ立場の人間にでもなったとしたら、不幸にされる人間の数は増えたらどう社会やその人にお前は責任が取れるか?未来は誰にもわからない?ああ確かにそうだ。
だがこの1人の子供がこの先生きていけば不幸にさせる側に行く事は容易に想像出来るだろ?つまり想像出来る事は可能になるという事なのさ。だからそうなる前に処分する必要があるのさ。
と私が初めて子供が殺害される現場に立ち会った漂白者の方は、反論する私にそういいながら、手足を縛られ目隠しをされた高校男子生徒の猿ぐつわを外していったのだ。
そして必死に許しを乞い懇願する男子生徒の舌を掴み引っ張り出しナイフで切り裂いた。男子生徒は悲鳴を上げ、その場でのたうち回った。
漂白者はその男子生徒に馬乗りになり髪の毛を掴むと血だらけの口を押し開け、喉元の奥へとナイフをゆっくりと押し込んだ。そしてナイフの柄の部分に両手を押し付け力強く更に奥へと突き刺した。
それが終わると先輩の漂白者は立ち上がり男子生徒が噛みついている前歯の僅か先に出ているナイフの柄を何度も踏みつけた。
ナイフは喉を貫き首裏から飛び出した。その瞬間、男子生徒の身体を身動きを止めたのだ。
「人ってのは違いがあるのが当然なんだ。違うから面白い。その違いを持って生まれてくる人間ってのはな、幸福になる為に生まれて来たんだよ。なのにイジメや恐喝などをして当人やその家族まで不幸にする権利はどこにもないのさ。やられたらやり返されるってのをわかってねーんだよ。親は先ずそれを子供に教育するべきだ。だからやっては駄目だと。何人たりともやっては駄目なのさ。やった結果どうなるよ?こいつみたいになるのさ。人生とは?みたいな命題を考える年頃になる前にこうして俺達に命を奪われてしまうのさ」
この時の私は既に何人かの子供の処理に立ち会っていたので、気分が悪くなったり吐くような事もなかった。
だがその漂白者の方はこの男子生徒の死体を処理人に運ばせる前に、私に男子生徒を刺す事を命じた。腹部、胸部、頸部、頭部に至るまで前後左右から刺すように言われた。私は指示に従うしかなかった。従わなければ恐らく私は何らかの処罰対象にされているかその場で使えない奴と認定され刺し殺されるかも知れなかった。だから言われた通り私は既に息絶えた死体に向い何度もナイフを振り翳し貫き引き抜き切り裂いた。
「今度、俺の担当が来たらお前に実践してもらうからな」
そう命令されたのは私がラピッドに入社して1年を過ぎた頃であった。それから半年後に私は初めて人を殺した。相手はまだ中学生の子供だった。
そしてその現場の見守り役に来たのが、私に死んだ男子生徒の身体でナイフの使い方を教えてくれた漂白者の男だった。
その中学生はクラスの1人の女子を集団で虐め自殺に追い込んだ張本人だった。見てぬふりをしていた学校側の数名の教師や校長などの処理は後々に回される事になっていた。
ラピッドはその地元の社員に徹底的にリサーチさせ、この女子生徒のルーティンを把握した。
そしてある春の夕方、塾の帰りを狙い自転車ごと拉致した。車内に連れ込んだ女子生徒を私は意識がなくなるまで殴りつけた。
そして他県まで運び出すと山中に連れ出し裸にし木に縛り付けた。そして先輩の漂白者の方が見守る中、必死に助けを求める女子生徒腹部目掛けナイフを突き刺した。
それを数度繰り返した後、先輩の命令で、腹部を切り裂いた。そこまでする理由はないでしょう?と反論する私にその方は贓物に慣れておく必要があるからだと私を諭した。
「いつもいつも処理人の手が空いてるとは限らないんだよ。最悪な場合を想定しておく必要があるのさ」
「それってつまり…」
「テメーで処理しなくちゃならない時が、来るかも知れないって事さ。だから贓物には早いうちから慣れておいた方がいい」
結局、私は中々、その贓物に慣れる事は出来なかったわけだが、処理人になった今となっては確かにあの時の経験はそれなりに役に立っているのかも知れないと感じていた。
そしてその漂白者の方は私の初めての殺人の数日後、白昼堂々と、その学校に乗り込み女子生徒を自殺に追い込んだ仲間の生徒や教師など数名を殺傷し、自ら命を絶った。
後で聞いた話ではあるが、この先輩の男は膵臓癌に侵されておりステージ5だったそうだ。
医者からはいつ死んでもおかしくないと言われていたらしかった。最初、世間的には頭がイカれた奴の通り魔殺人として報道されていたが、わかる人は気づいた筈だ。
何故なら私が殺したリーダー格の女子生徒の仲間全てが少なからず一度はこの漂白者の手によって刺されたのだから。
それからの漂白者としての数年はあっという間に過ぎていった。圭介は日々成長し、大人に向かって生きていた。その中で幾人かの友人が出来、妻も今ではすっかり元気を取り戻していた。そんな色々な事がある中で気づいたら圭介は進学校へ入学し、高校1年になっていた。
そんな時の流れの中にあって私は自殺した先輩から教わった事を忠実に守りながら、それなりの数の人間を殺して来た。3桁はいかないが、充分すぎる程の殺人の数だった。
シリアルキラーと呼ばれてもおかしくない数だ。そんな私に圭介は家業を継ぎたいと言い出して来たのには流石に驚いた。
私は夏休みに入ったら手伝わせると思わず口を滑らせたが、果たして真実を伝えるべきかどうか迷っていた。
常識的に言わないのが当然だが、私は過去の圭介の事がどうしても気になり仕方がなかったのだ。
それは1度も泣いた事がないという事だ。それと同じ子供を私は過去に2人見た事があった。
それは私の2人目と3人目の殺人を行った夫婦の子供達だった。この子達は双子の姉妹で名前はたつきと奈々だった筈だ。
私はこの2人を別々な人間の家の前に捨てた。それが会社の命令だったからだ。運が良ければ育てられ本当の親の血を引き継ぐ事がなければ助かる可能性が、逆に運が悪ければ漂白者の手によって殺される運命にあった。
これは一種の実験でありテストだった。
悪事を働いていた両親とは別の環境で育てば、両親から受け継いだものは果たして消えるのだろうか?もしくは育ての親の影響が色濃くその人間性に関係していくのか?という実験の為に私は2人を別々な家庭に捨てたのだった。
その2人の姉妹も泣く事はなかった。それは両親を殺すためのリサーチ時から気づいていた。泣かないのを良い事にこの2人の両親は虐待を繰り返し行っていた。
それでも2人が泣く事はなかったのだ。こんなのはあり得ない事だと誰もが思った。だがそれは本当のことだったのだ。そんな赤ちゃんの2人と同じく私の息子の圭介も泣いた事がなかったのだ。
虐待はしていないが、圭介はどんな怪我をしても涙を浮かべた事すらなかった。
そんな人間が実の父の仕事を知った時、私は圭介がどんな反応をするのか見たかった。
興味が湧いたのだ。殺人鬼の息子となる未来をみて、これから先、圭介がどう生きていくか知りたかった。
だからこそ、私は真実を伝えるべきだと考え始めている。そう思えたのはたつきの白骨死体が発見されてしまった事による部分が大半を占めていた。
何故ならタツキは新たな両親に育てられても、実の親同様にサディスティックな部分が強かったからだ。
だが圭介は私が真面目な頃に出来た子だ。しかし生まれてから私は漂白者、つまりシェフとなった。その違いが圭介の中に存在しているのか私は知りたかった。
だからこそ夏休みには真実を伝えるべきだと考え始めていた。
そのきっかけとなったのが藤城たつきの発見だったわけだ
たつきの里親も確かに悪かったが、にも増してたつきはタチが悪かった。
幼稚園の頃から平気で鋭利な物で人を刺したりした。
1番は同級生の女の子の頭を石で叩き割った事だった。
それからのたつきもその両親もシェフに殺されるべき為だけに生かされていたようなものだった。
一時期は大人しくしていた事もあったらしいが、それでも根っからのサディスティックな部分を抑え込む事は出来なかったようだった。
だからたつきの気が狂うほど頻繁に、手紙や電話などで殺してやると脅したりもした。何故そのような回りくどい事を、会社がしたのか私には分かりかねた。
だが結局は最後は3人とも処理されてしまったのだ。奈々の方は育ての親が良かったのか今の所、処理される対象になったとの話は耳にしていない。だがこの子も泣かない子供だったのだ。つまり圭介と同じというわけだ。
これで私の知っている泣かない子供は今は2人だけとなった。その内の1人はもうじき自分の親が殺人者と知る事になる。
もし言わないとしてもいつの日か必ず圭介は小屋の中に入り真実を知ることになるだろう。
そうなる前に私の口から全てを話すのが親としての責任であり、するべき事ではないだろうか。
私はそのように考えながら目覚ましが鳴る前に時計を止めた。まだ4時前だった。今夜は一睡も出来なかったな。私は1人愚痴て静かに布団から出た。リビングに行くと暗がりの中、高校生になった圭介がソファに座りこちらを見ていた。
「今朝の餌釣り、僕も手伝うよ」
いつの間にか声変わりもして私が気づかない内に随分と大人っぽくなっていた。
ほぼ毎日のように顔を合わせているにも関わらず、何故今頃、そんな事に気づくのか自分でもよくわからなかった。
圭介は何も言わない私から1ミリも視線を外さなかった。その目は強い意志によって見開かれていた。
拒むであろう私を断固として受け入れない決意に満ち溢れていた。こんな目をした圭介は1度も見た事がない。
あぁ。そうか。私は今まで親と子という関係性でしか圭介と接していなかったのかも知れない。
それを男と男、人間と人間の関係性へと発展させようとしたのは大人の私ではなく、まだ子供の圭介の方からだなんて…思わず苦笑いが出てしまった。
約束の夏休みまでまだ少し時間は残されているが、幸いというか今、小屋には死体はない。
一緒に釣りをして鰐を見せるくらいなら良いかも知れない。そう思い私は圭介のその目を見返しついて来いと言った。
そしてそれ以上何も言わずに私は着替えを済ませる為に服を脱ぎ始めた。




