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 ③③

私とラピッドとの出会いはたまたま、チラシを受け取った所から始まる。


当時の私は結婚してまもない頃で、仕事にも一段と身を入れ頑張ろうとしていた頃だった。


ちょうどその時、私が抱えていた案件の中で上客と言える方から、一方的に契約を破棄するとの連絡が入った。


その電話をたまたま私の上司が受けたものだから、説明責任しろと命じられた後に、お互いヒートアップしてしまい私と上司は口論となってしまった。


他社に仕事を取られるのは致し方ないとはいえ、その理由が私には許せなかった。私の接客態度が営業マンとしてはあり得ないと言って来たのだ。


私はその方とは5年以上の付き合いがあり、個人的に何度か飲みに行った事もあった。互いの愚痴を聞いたり、人生の先輩としての教訓を教わりそれを肝に銘じ頑張って来た所もあった。


それくらいの間柄にも関わらず、最初から態度が悪すぎた、お宅とはこれまでの付き合いがあったから我慢して来たが限界だと、その上客が言って来たのだった。


私は愕然とし、上司に説明をした。が、聞き入れてくれず、いつしか口喧嘩まで発展してしまったのだ。


後になって大人気なかったと反省したが、時すでに遅しで、私はその上司の命令で様々な担当から外される目に遭った。後々にわかった事ではあったが、その上客の方は他業者から袖の下を貰っていて、その為、そちらに仕事を受注せざる負えなかったらしい。


だとしてもだ。その理由を私のせいにするとは、あまりに酷い行いだった。そんな中での私の生活は荒みかけていた。


人間不信に陥りそうになり、社内での立場も悪化するばかりで仕事も上手くいっていなかった。


そのような時期に私はラピッドととの出会いを果たしたのだった。


たまたま営業先へ向かっている途中、チラシを配っている数名の人間に遭遇した。その後ろではマイクを握り熱い言葉でアジテーションする女性。そちらに耳を傾けながらチラシを受け取ると、どうやらその人達は被害者の会のメンバーのようだった。


薬剤被害者なのではなく、理不尽に殺されてしまった遺族達の会だった。


私はそのチラシを見ながら歩いていると、ふと最近ニュースでやっていた数年前に起きた事件の事を思い出した。


家族4人と近所の人3人を殺傷した事件で、その犯人は犯行当時は心神喪失状態であった為という理由で最高裁で無罪の判決が下されたのだ。


犯人は幼少の頃から重度の統合失調症を抱えており、犯行直後も意味不明な言葉を発していたそうだ。


この事件の被害者である家族ならまだしも、近所の人の親族からしてみたらたまったものではない。


例え、心神喪失だとしても、だからといって殺人が許されるわけはないのだ。私もそう思った。


病気であろうが最低無期懲役にしないと納得出来やしない。そのチラシを配っている人達もそのような目に遭った被害者の遺族の方々のようだった。


私はチラシを折り曲げスーツのポケットに入れた。会合に参加してみようと思っての事だった。


被害者の会の会合は都内の区民施設で行われたが参加者は芳しくなかった。


私はヒステリックに語る代表の女性の言葉に正直、辟易した。痛みや苦しみがわかるとは言わないが、この場所で幾ら吠えた所で何も変わりはしない。


それは当人もわかった上でこのような会を設立したのだろうが、この会の本当のあるべき姿は、傷の舐め合いでしかないと、私には感じられたのだった。


後から話す人達も同じような内容で自分達の悲しみを受け入れる場所を持たせろだの、国が団結し犯人がどんな精神病を患っていても、犯行を犯したのは事実な事だから、全ての犯人は即刻、極刑にされるべきだと捲し立てた。


私は益々嫌気がさし、席から立ちあがろうとしたその時、横にいた見知らぬ女性が小声でこう言った。


「誰にもわからないよう殺してしまえばいいのよ」


私は素早くそちらを見遣った。


「事件が起こったのは悲劇だとは思うわ。なら事件が起きる前とかにその人物をこの世から抹殺してまえば被害者は出ない、いえ、最小限に抑えられると思うのね」


女はいい、座ったままハンドバッグに手を入れた。私はこのような女性がこうもハッキリと本音をいう事に驚いて一瞬、身動きが取れなかった。


かなり驚いた表情のままだったのだろう、その女は私の顔を見ながらクスッと笑いハンドバッグから手を出した。


「私、こういう者です」


手に握られていた名刺を受け取るとそこには


「株式会社 ラピッド代表取締役 佐江一恵(さえかずえ)


と書かれてあった。


どうやら愛知県で中古自動車の輸入販売を手掛けているらしかった。


私は慌てて自分の名刺を手渡した。だが佐江一恵は名刺を見る事なくハンドバッグに入れた。


「かれこれ10年になりますか。私も通り魔殺人によって子供と旦那を奪われました」


「そ、そうなんですか…」


「えぇ。その犯人は数年前に出所し今ののうのうと生きています」


私はその女にかけるべき言葉が見つからなかった。私は被害者でもないからその地獄のようなく悲しみの日々を生きてきた事がないからだ。


「貴方も親族の誰かを殺されたのですか?」


私は首を振った。


「そうですか。そんな方がこういった会に参加して頂けるのは運営側としてはありがたい事でしょうね」


「そんなものですかね」


「そんなものですよ。所詮、ここでわーわー騒いでストレスを発散するだけの会合に過ぎませんから」


「単純な疑問なのですが、貴女のいうように、ただのストレス発散の場所なら、どうして参加などされてるのですか?」


私が問うと佐江一恵は私の目をキッと見つめこう言った。


「貴方のような人をリクルートする為です」


それが私とラピッドの最初の出会いだった。

勿論、その後、2人で会場を出た後、個室の喫茶店へ入った。そして私は佐江一恵の話の内容を聞いて腰を抜かしそうになった。何故なら悪い奴、他人を不幸にする人間やその血が混ざっている人間まで、根絶やしに殺して行くと言う話だったのだから。


「驚くのは無理もありません。このような組織、いえ会社が存在しているなどと信じろというのが無理な話です。おまけに裏社会との繋がりも一切ない。いわゆる素人集団のような会社なのです。表向きは中古自動車の輸入販売業ですからね。そこで働く者が、悪事を働いた人間をこの世から消し去るのです。素人集団に何か出来る?直ぐにバレて捕まるだけだと、仲野部さんはお思いでしょう。確かにそうです。だからこそ私達は時間をかけあらゆる場面を想定し、起こり得る事故などを予測考察する事で素人のプロになるのです。そして実行に移す。良いですか?とある家族が何の痕跡も残さずに突如消えたとします。警察は間違いなくプロの仕業だと考えるでしょう。ですがその前にこの家族の死体が発見されなければ、警察も事件として捜査することはないのです。出来たとしても行方不明の書類を受け取る程度の事でしょう。つまり何も起こらなければ何も起きはしないのです。警察も動く事はない。ましてや他人を不幸にするような輩達がいきなり近所からいなくなっても、周りは気にする所かむしろ喜び、その場所にいた事すら忘れてしまうでしょうね。私達の会社はそれを実行出来る人材を求めています。それも全国に散らばっていればいるほど良いのです」


佐江一恵はいい私に連絡を待っていますとだけ言い残し喫茶店から出ていった。


この時には既にある程度の組織体系は出来上がっていたようだった。


私はその時は転職も視野に入れながら毎日を悶々と過ごす日々が多かったし、会社にも居場所を見つける事が出来なかった。そんなある時、妻から妊娠している事を聞かされた。私はそこに希望を見出し産まれてくる子供も為にも転職するかこのまま我慢して続けていくか、白黒ハッキリさせなければならないと思った。


現職場に私の希望はない。だからと言ってラピッドはいわば殺人を行う組織だ。常人の考えなら我慢してでも今の職場に残るか転職をするだろう。


だが私は、何を思ったのか私はラピッドに入る事を決めた。決め手になったのはやはり他人を命を奪いその親族を不幸のドン底に落とした奴らが平気で生きているのが許せなかったからだ。


病気だという理由で無罪判決が出たり、刑が減刑される事に心底腹が立っていた。だから私は佐江一恵に連絡を取り、子供が産まれるまで待って欲しいと告げた。産まれた後は是非、そちらでお世話になりたい。私がどれだけの力になれるかわからないが、働かせて欲しいと。


きっと当時の私には私なりの社会に対する憤りがあったのだろう。そして上司への恨みが私にこのような行動を取らせたのかも知れなかった。

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