③②
4、5日息子とは口を聞かなかった。無視したわけでは勿論なく、私がおはようの挨拶や、出掛ける姿をみつけいってらっしゃいや、遅くなるなよと声をかけても息子の圭介は頷きはするものの言葉を発する事はなかった。
これから思春期に向かっていく年頃の子供にとって突然父親から殴られたというのは余程の大事件なのだろう。
それでも1週間も過ぎればそれまでと変わらず話すようになっていった。
冬休み中、息子は頻繁に外出していた。仲の良い友達がいるという話を妻から耳にしてはいたが、そこまで仲が良いなら1度くらい家に連れてきても良さそうなものだが、圭介はそれをしなかった。
最初はたまたま私の留守中にでも来たりしているのだろうと思ったりもしたが、妻に尋ねてもそれはないという事だった。
爺さん婆さんも見た事はないらしかった。
私はそれが不思議でならなかった。ひょっとしたら圭介は私に気を遣っているかも知れないと考えるようになったのは正月を迎え家族で初詣に出かけた時だった。
本来、仲の良い友達がいればこの年頃なら親と初詣など行きたがらない。むしろ友達と行くというのが普通じゃないだろか。なのに圭介は家族で行く事を拒まなかった。
家族想いといえばそれまでだし、友達の都合で行けなくなったという事もある。
私の考え過ぎかと思ったが、いざ神社に行くと圭介と同年代の子供達が大勢いた。だが圭介を見つけ話しかけてくる子供はおろか、圭介が声をかけるような事も1度もなかった。
私は見て見ぬ振りをしたが、男女4人で参拝に来ていた子供の1人が圭介を指差し他の子供に耳打ちをしていたのを私は見逃さなかった。その後4人が一斉に笑い出した姿を見て私は腹が立った。
ひょっとしたら圭介は学校でからかわれているのかも知れない。最悪、イジメに遭っている可能性も否定出来なかった。
ただ私の見間違いという線もある。私達家族の横に他の子供がいた可能性だってあるのだ。だから一概に決めつける事は出来なかった。
そんな私のモヤモヤした気持ちは、直ぐに晴れた。
遠くから圭介の名前を呼ぶ声が聞こえたからだ。その声は徐々に近づいて来た。3人の男のが私達家族の前に現れた。皆が似たような背丈でオシャレには程遠い格好をしている。周りからオタク扱いされても可笑しくないような子供達だった。
「圭介、アイツらも来てやんの」
挨拶も無しにいきなり圭介にそう話しかけてきた。
「知ってるよ。さっき見かけた」
「イチャイチャしやがって、気持ち悪いよな」
別な男の子が言った。
すると残りの1人が私達に向かって
「あ、あけましておめでとうございます」
と恥ずかしそうに言うと他の2人もヤバいと言う表情を浮かべすぐさま私達に年始の挨拶をして来た。
この3人が圭介の友達か、と私は思った。先程、圭介を指差し笑っていた奴らに圭介はイジメられているかも知れないと思ったが、頼りないが3人の友達がいるのであれば、馬鹿にされていようが少しばかり安心した。
圭介を含めた4人の絆がどれほどのものかは計り知れないが、とりあえず仲間という存在がいる事は親としても心強い。
「圭介、友達と一緒に行っていいぞ」
「いいの?」
「あぁ」
圭介は崩れるほどの笑顔を浮かべた。
「ありがとう」
圭介は言うと友達の輪の中に入って行った。
「あいつら見つけたら俺がぶん殴ってやる」
圭介に最初に話しかけてきた子供が言った。
「お前、口だけじゃん」
圭介が返す。そして圭介が残り2人に行こうぜと声をかけた。
その内の1人は直ぐにそちらへ駆け寄ったがもう1人の子供は私の顔を見上げたまま動かなかった。
「どうしたんだい?君は行かないのか?」
「圭介のお父さんって職人さんなんですか?」
「え?あ、あぁ、まぁ職人と言えばそうかも知れないね」
「そうなんですか」
「それがどうかしたのかい?」
「前に圭介がお父さんの仕事の邪魔しちゃいけないから、家で遊べないんだって言ってたから」
あぁ。だから圭介は1度も友達を家に連れて来なかったのかとこの時気付かされたのだった。
私はあれほど小屋の中を気にしている圭介に随分と気を使わせていたらしい。
確かに友達が家にくれば自ずと小屋に注目するだろう。そんな年頃だ。私の留守を狙い4人で中に入ろうとするかも知れない。圭介はそうならないよう、手を打っていたのだ。仕事の内容からしてそれはとてもありがたい事だった。
私がその子に言い訳をしようと口を開き掛けたた時、誰かがその子の名前を呼んだ。
「早くこいよ!」
その子供は軽く私に会釈をして圭介達が待っている方へと駆け出していった。
恐らく圭介は私の仕事内容を把握した上で友達を家に呼んでも大丈夫かどうかを、自分の目で判断したかったのかも知れない。私はそんな圭介を殴ってしまった。だがそれは致し方ない。
何故ならあの時、鰐の水槽の中は無残に殺された男の血で濁っていたのだ。そんな水槽を息子に見せれる筈も無い。
それ以上に処理人の仕事をしているなんて私の口から息子に言える筈もなかった。




