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 ②⑨

解体した4人の死体の処理に3日を要した。実際の所、もっと早く処理出来たかも知れないが、私がそうしなかったのはバラした身体を鰐が食べ残し水槽の中が臭くなるのが嫌だったからだ。


水槽の中には煉瓦を積み重ね山のような形で置いてある。たまに鰐がそこに登り水の中から顔を出している時があり、その姿をみたら流石に圧倒される。


一見、大人しそうに見えるのも、いつかこの水槽内から飛び出して私を喰らう為に油断させようとしているのではないかと勘繰る程、こいつはその獰猛さをひた隠しにしていた。


私はそんな鰐を見ながら濁り出した水槽の水を抜いて洗いたい衝動に駆られたが、それは止める事にした。


いつかはやらなければならないが、それはまだ先の事だ。


水槽を洗う暇があるなら、明日取りに行く死体の受け渡し場所と時間を忘れないよう、再度、頭に叩き込んでおいた方が幾らか価値的だ。


なんせ相手は石川県からやって来るのだ。

それを聞いた時、私は三重の娘の事を思い出した。


石川県であれば関東へ運ぶより三重の方が近いのではないか?そう考えた。が、忙しくなるよと話した娘だ。

あちら側も手が回らずこちらへ処理を振ったのかも知れない。


早朝に家を出て待ち合わせ場所へ車で向かった。運んできた奴とは勿論面識はなかった。ひょろっとした体型の口数の少ない男で、歳は20歳前後といった所だろう。


その男から遺体袋に入れられた物を受け取るとその男は何も言わずに去ってしまった。


お願いしますの一言があって良さそうなものだが、実際の所、悠長な事をしている暇などないのが現実だ。


どこで誰が見ているかわからない状況下では素早く片付けるに越した事はない。だが会話すら出来ないのはまだこの仕事を初めてまもないひよっ子だならまだ余裕がないのかも知れない。


私は直ぐに自宅には帰らずしばらく車を走らせた。目撃者がいる可能性を考え、後ろからつけられていないか確かめるため、色々な道を通った上で自宅へ向かう道へと入っていった


石川県から運ばれて来たのは40代の痩せ細った男性だった。身体のあちこちにかなり深い刺し傷が見受けられた。


数十箇所に及ぶそれは、この男が死んだ後も刺され続けたのであろうと思わせるものだった。


殺す側も相当必死だったに違いない。私はこの死体を運んで来た青年の顔を思い出そうとしたが出来なかった。


終始俯き加減だったし、受け渡しに関してはテキパキとこなしていた。というより1秒でも早くこの死体とおさらばしたかったのだろう。その為のあの動きだ。


私が想像するより遥かにあの青年は人を殺害する事に怯えていたのかも知れない。


私はそんな風な事を考えながら男性の死体を処理していった。


4日に一回のペースで全国から運ばれて来る死体を、中継地で受け取り、それは全ての処理は、約3か月ほど続いた後、ピタリと止んだ。


殺さなければならない人間がいなくなったというより、恐らくリサーチ期間に入り、今は落ち着いて来ているのかも知れない。


その間、私の鰐の身体は一回り大きくなり、圭介は中学生になり、私は1度だけ水槽の中の水を抜き、柄を継ぎ足し長くしたデッキブラシで中を掃除した。


そんなある日の事、久しぶりに処理をした後で小屋から出ると目の前に息子が立っていた。


中を見せてとしつこく言って来たが、この時はうまくやり過ごす事が出来た。だ


が今後、私がいない間を狙い、小屋の中に入ろうとするかも知れない。私はそう考え小屋の鍵を新たな物へ変える事にした。簡単には切れないくらい太い物にだ。


処理をする日々が続かなければ、1度くらい圭介に鰐を見せても良いのだが、流石にこの大きさの鰐をしつけているというのは無理があり過ぎた。


嘘だとバレるだろう。それに私自身は気づいていないが、危惧する事はもう一つあった。


それは臭いだ。血の匂い、内臓の匂いというものに慣れていない人間がいきなり小屋に入ると、吐き気を催す程の異臭に感じるのではないか?と私は恐れていたのだ。


私も処理を始めてしばらくは鼻の奥に張り付くような粘着質の臭いが嫌だった。


鼻の中を洗い流してもその臭いは中々取れず慣れるまでかなり時間がかかった。


処理後には塩素系の洗剤を使い床などは丁寧に洗ってはいるが、それでも慣れている私とそうでない人間の嗅覚の差は間違いなく出るに違いない。血の匂いを感じるというより、何か変な臭いがするという違和感だ。


そういう事もあり得ると思い、私は魚を釣りを始めるようになった。早朝に出かけ釣れた時はわざとその臭いが小屋に染みつくよう解体したりした。


安易な考えではあるがそのようなアリバイ工作的な事をしていればいつか圭介をこの小屋の中に入れても騙せるのではないかと思ったのだ。


圭介自身、大人になりつつあったし、その分知恵もついて来ている。それが反抗期ともなれば私が出張でいないその時を狙い、中を覗こうと画策しようと考えるのはこの年代ならでは当然な事だろう。


最悪、そのような事態に見舞われた時を考え、小屋の中には出来る限り死体を置かないようにしなければならなかった。正直いっぺんに4人もの死体を処理するような事は、今後は勘弁したかった。


だがそうも言ってられない時もあるというのは今回の事で充分身に染みた。だからそういう事態に備えて私がしなければならない事は、早いうちに息子に小屋の中を見せてしまうか、もしくは圭介の好奇心を他へと向ける事だった。


だが親が他の事をしろと言って素直に聞き入れる子供がどこにいる?そんな事をすれば、子供はますます小屋に注意を向けるに決まっていた。私は何が正解か分かりかねた。この際。処理人としての父の姿を見せるべきかと、馬鹿げた事も考えたりした程だった。


そのような考えをすっかり忘れ、処理人としての依頼が来なくなってから、2つの季節が過ぎ去って行った。


街はクリスマスを待ち侘びた装飾に溢れ、色とりどりのイルミネーションの中を暖かい服装に身を包んだ子供達は満面の笑みではしゃぎ回っていた。


そんな光景を目にするとせめて今年いっぱいは処理される人間がいない事を祈るばかりだ。だが現実はそううまくはいかない。私の側を行き交うこの人達の中にもいつか処理される運命の人がいる筈だ。そう思うと、つくづく人間というものは身勝手な生き物だと思わざる負えなかった。


私は妻が息子の為のクリスマスプレゼントを買い、支払いを終え店から出てくるのを待ちながらそのような事を考えていた。


プレゼントを車に載せ、帰宅途中、私のスマホにメールが届いた。直感的に嫌な予感がし、信号待ちでもスマホには触れなかった。


帰宅して夕食を済ませて風呂に入った後でようやく私はそのメールに目を通した。


やはり予感は当たっていた。そのメールはクリスマスイブの夜、1人処理を頼むという会社からの連絡だった。


受け渡しは午前2時。場所は上野の不忍池だった。都内までの時間を考えると余裕を持って12時には家を出なければならない。夜中だから平気だと思うが道路状況というのは全く予想外の事故が起きたりするので、油断は出来ない。


まぁ、幸いクリスマスイブは平日だし、その時間には多分圭介は眠っているだろうから、小屋の中を覗かれる心配はないと思うが、最悪な事を想定し殺害された死体を運び入れる時には充分用心しなければならないだろう。


私達のプレゼントを圭介はそれなりに喜んでくれたようだった。ただ私も妻もゲーム機は疎い為、ソフトを買うのを忘れてしまっていた。


その分、圭介の喜びは半減されたようだった。それはそうだ。本体だけ持っていても遊べないからないだ。


正直、我が家はまだネット回線は引いていなかった。だからネットで買える有料版すら買えなかったのも圭介をよりガッカリさせる要因となったようだ。


私達とすれば、そんな風になると思っていなかったので、やらかしてしまったという後悔と、埋め合わせの意味を踏まえて圭介に1万円をあげたのが、圭介にとってはどうにも取り返しのつかないクリスマスイブになってしまったようだった。

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