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 ②⑥

その夜の夕飯の時はお父さん達と一言も口を聞かなかった。


お爺ちゃんやお婆ちゃんがニュースの話をしたりして、それについてお父さんやお母さんがあーでもない、こーでもないと、一言二言、返したりしても僕は一切、その輪の中に入らなかった。


とっとと食事を済ませて部屋に戻りたかった。何もお母さんやお爺ちゃん達に頭に来ていたわけではなかったのに、結果的にその人達も不快な気持ちにさせたのは僕の本意ではなかった。けど、仕方ない。


さっさと食べ、食器を片付けると部屋に戻ろうとした時、


「ご馳走様はどうした?」


僕の顔を見ずにお父さんが言った。


その言い方にまた腹が立ったけど、文句を言うのは我慢した。


「ご馳走様でした」


当然、言い返さなかったのは文句なんて言える立場でもないし、勘違いも甚だしいのは自分でもわかっていたからだ。


苛立ちを堪えて部屋に戻るとベッドを蹴飛ばした。スマホを掴みそれをベッドに投げつけた。


自分がどうしてこんなに腹を立てなきゃいけないのか分からなかった。冷静になって考えれば怒るような所などない筈だ。


お父さんからしたら当たり前の事を言っただけだし、僕の事を思っての事だ。高校生活を充実させる為に部活をやれというのもわかる。


けど帰宅中にゲーセンに寄って遊んでいても僕の成績が落ちたわけじゃない。そんな風になっているなら、怒られるのは仕方ないと思うけど、それはないのだ。


だから一々、僕の行動に文句をつけられたくなかった。なのに今日のお父さんは……


しばらくして落ち着いて来ると、僕の腹立ちの着火地点はどうやらあれだという事に気がついた。


自分の息子が遊んで帰って来るのが嫌なら、夏休みと言わず明日からでも仕事を手伝わせてくれたら良いんだ。それならお父さんも僕も余計な事に煩わされなくて済むのだから。


そんな事を思いながら、スマホのゲームを立ち上げる。ローディング中という画面を見つめていると、ふと、ある記憶が蘇った。


それは過去1度だけお父さんに殴られた時の事だった。あれは確か中1の冬休み前の事だった。


今日のように帰宅すると、お父さんが小屋の掃除をしていたのだ。その時お父さんは小屋の中で掃除をしていて僕が帰って来た事に気づいていなかった。


小屋に近づくと小屋の戸が微かに開いていた。小さい頃からいつも小屋の中に何があるのか?どんな風になってて、鰐はどれくらい大きいのだろうか?と考えたものだった。


でも1度として見る事がなかった。というより出来なかった。その望みが叶うチャンスが目の前にあった。僕はそっと戸を開けて中に足を踏み入れた。


黙って入れば怒られるのがわかっていたから、一応、小声でお父さん?と声をかけた。


「ただいま…お父さん?お父さんいるの?」


薄暗い電球の灯の下、その灯りに照らされた大きな影が壁に浮かぶ上がっている。何かを洗い流す水の音と床を歩く長靴の音が耳に入ってくる。ピシャ。ピシャ。ピシャ。


その音が段々と大きくなって来る。身体半分を中に入れた時、いきなり目の前に大きな影が現れた。


びっくりして顔を上げた瞬間、僕はお父さんに胸ぐらを掴まれ外に押し出された。


と同時にいきなり、頬を打たれた。押されていた力に打たれた力が加わって僕は横倒れになり尻餅をついてしまった。


「駄目だと言った事を忘れたのか?」


僕は地面に倒れながらお父さんを見上げた。打たれた頬がジンジンと痛み出す。殴られた時に口内が切れたのか口の中に血が広がっていく。


それを飲み込んだ。その時のお父さんはとてつもなく大きく感じた。自分の目の前に巨人がいるのかと思うくらいの存在感だった。


圧倒的な力の差を、強者と弱者という立ち位置を知らしめされた瞬間だった。


僕は立ち上げたゲームを止めスマホの画面を下にベッドに置いた。


あの時、僕が思ったのはお父さんに対して怯えていたわけでも、約束を破った申し訳なさでも、圧倒的存在に震えていたわけでも、殴られた事の驚きでも、恐怖でもなかった。


ただ僕はお父さんをいつかこの手で、殺してやると思ったのだった。今の今までは、お父さんに殴られた事は憶えてはいたけど、こうして詳細を思い出した事はなかった。それだけに今、中1の冬の出来事を思い出すと気づける事があった。


それは、あの時の気持ちは決して咄嗟に感じた安っぽい感情なものではなく、嘘偽りなく本心からそう思っていたという事だったのだ。


そしてその気持ちは当時のまま、今再び、僕の中で甦る。僕はその時からいつの日かお父さんを殺したいと願っていたようだ。


こうしている時も僕の頭の中では僕の手によって無残な死に方をしたお父さんの死体が幾度も幾度も頭の中でフラッシュする。


僕はベッドに腰掛けながら笑みを浮かべ、両手の手の平を見つめていた。


震える指先に僕はたまらなく自分が興奮していくのを感じていた。


「早く夏休みが来ないかなぁ」


僕はその日が待ち遠しくてたまらなかった。



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