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 ②④

数日後、赤津におはようと声をかけると睨みつけるような表情で挨拶を返された。


昨日、僕があれこれ詮索した事を怒っているのかもしれない。その表情に一瞬、あっけに取られた僕は何も言えずその場から動けなかった。


「何?」


「あ、いや、何でもない」


「そんな所に突っ立てたらウザいし、迷惑なんだけど?」


「そ、そうだね。ごめん」


僕はそういい自分の席に戻って行った。


席について直ぐに茂木と飛田がやって来て、茂木が僕の肩を抱き、飛田は机の上に腰掛けた。


「圭介」


茂木が顔を近づけて耳打ちした。


「ちょい気持ち悪いんだよ。つか何?」


片手で茂木の顔を押しやった。


「お前、赤津の事、好きなのか?」


茂木が言う。


「ていうか、さっきの赤津の反応からして圭介、お前、フラれたろ?」


両足をぶらつかせながら飛田が言った。


「フラれるも何も、告ってないし赤津の事が好きなわけでもないよ。ただクラスメイトとして挨拶しただけ」


「本当かなぁ」


冷やかすような口調で茂木が言った。


「恋ってのはそういうのから始まるんだよ。いつしか自然と意識するようになって気づいたら好きになってた、みたいな?」


飛田が言った。


「まるで恋愛マスターみたいな言い方だな」


「おう。そうだよ。俺はあらゆるシチュエーションから始まる恋愛を経験し、それらを全て網羅して来たからな」


「言うのはタダだからな。ま、それで、付き合った事はあんの?」


僕が尋ねた。


「そりゃ、圭介、俺だぜ?俺」


飛田が言った言葉の直ぐ後に、茂木が口を挟んだ。


「がっつり童貞だけどな」


「そういうお前も童貞じゃねーか」


飛田が続ける。


「だけど童貞だからって恋愛マスターじゃないとは言えないだろ?」


「まぁ、確かにそれは一理あるかも」


僕が言った。


「けど結果童貞なわけだよな?てことはそこまで至れてないってわけだから恋愛マスターを名乗る資格はないな」


続けていうと、飛田はうるせーよと僕に肩パンして机から飛び降りた。


そっけない態度というのは人の気持ちをある形に縛りつける効果があるのかも知れない。


その罠にハマった僕はまんまと1時限目はずっと赤津の事が頭から離れなかった。


授業にも集中出来ず、ノートを取っても直ぐに逸脱し、無意識に赤津、赤津、赤津はどんな気持ちなんだ?みたいな事をノートに書き連ねたりしていた。もしこんな所を茂木達に見られたら、やっぱ好きなんじゃねーか!とからかわれるだろう。


3時限目は古文だったが先生が急に体調を崩したらしく自習になった。


ラッキーと思ったのも束の間、見張り役に体育の先生の河岸がやって来た。その瞬間、クラス全員の舌打ちが聞こえた気がした。


河岸は教壇の横にパイプ椅子を置いて座った。

そして文庫本をジャージのポケットから取り出した。


「今日授業でやる予定だった所はわかってるな?」


誰かが「はい」と言った。


「ならそこを予習」


そういうと文庫本を開き読み始めた。


教室内が沈黙で満たされていった。

聞こえるのは息遣いとたまに開かれる教科書のページ音だけだった。


数分か、それとも数十分過ぎた頃だろうか。

僕の後ろの席の女子が背中を指で突いた。

脇の隙間から後ろを見ると、その女子が握った紙切れを僕に向かって突き出していた。


受け取ってから前を見た。河岸先生は文庫本に目を落としている。夢中のようだった。


僕は受け取った紙切れをゆっくりと開いた。

そこにはこう書かれてあった。


「赤津の事、好きなの?」


僕は咄嗟に飛田を見た。飛田は机に突っ伏し寝ていた。茂木は教科書を立てそれを盾にしながらスマホをいじっていた。違うのか?


僕は再度、紙切れに目を落とした。


あ、と思った。言葉使いからして飛田や茂木の筈がない。明らかに女子からの手紙だ。


だけど、差出人が誰なのか僕にはわからない。

僕は慎重にノートの端を破き


「好きとかじゃないけど、てか誰だよ?」


そう書いて後ろの席の女子に渡した。


だけど僕の返事が返ってくる事はなく、自習の時間はチャイムと共に終わりを告げた。


放課後、帰っている途中、茂木と飛田の2人に自習の時に届いた手紙の事を話した。


休み時間やお昼に話しても良かったのだけど教室という場所でそんな話を公にしたら、多分、その手紙を寄越したであろう女子や、その友達などに総スカンくらいそうだと思い、言いたいのをグッと堪え放課後まで耐え抜いたのだった。


「知らね。つか自習の時、俺寝てたし」


飛田言うと続いて茂木も口を開いた。


「俺もわかんねー」


茂木言う。


「ゲームやってたもんな」


僕がいうと茂木は見てたのかよ?と言い、


「圭介は実は赤津の事が好きじゃなくて俺の事が好きなんじゃね?」


と笑いながら言った。


まぁ。嫌いじゃない。いやむしろ好きだからこうして一緒に帰っているわけだし。


「つか男が恋愛対象とかあり得ないから」


僕はそう返した。返すと直ぐに胃の下辺りがジクジクと痛んだ。直ぐ様、鋭利な物で頭の中を貫かれるような痛みが起こった。


まるで脳味噌をかき混ぜられているような感覚に陥った。その嫌な感覚はすかさずミニシアターのトイレ内で起きたあの場面を僕の脳に伝達する。その時の映像が遠くから猛スピードで走ってくるスポーツカーのように一気に網膜に近づいて張り付いた。


「圭介?おい、圭介?」


ハッとした。どれくらいの時間、その映像に心を奪われていたかはわからない。けれど飛田の声によって僕は現実へと引き戻された。正直ホッとした。


「あ、あぁ。他の事考えてた」


「赤津の事か?」


冷やかすように茂木が言う。近寄って来て僕の肩に腕を回した。


「いや違うから」


頭の中であの男の顔が蘇る。お尻が疼きだし無理矢理ペニスを挿入された時の痛みがイメージとして脳の中なを駆け巡った。無意識に奥歯を噛み締めていた。


「そんな顔するって事は図星だな」


歩いている僕の前に立ち進行方向へ後ろ向きで下がりながら、飛田はそう言った。


頭の中にある場面が変わり、落ちた剃刀を拾い上げ、顎のラインに沿って一気に切り裂いた時のあの男の表情が目の裏にズームする。


直ぐに血飛沫によって真っ赤に染まると同時にペニスが勃起し始めた。2人にバレないようポケットに手を入れペニスの位置を変えた。


「はいはい」


呆れた風を装ったが、男の瞳から生の力が抜けて行く瞬間、その顔が赤津に変わった。2人が煽るからだと僕は思った。


激しく瞬きを繰り返すが血飛沫を上げ死んでいく赤津は僕にしがみつくようにしてトイレの床へとずり落ちて行く。


脳内に現れた赤津の姿に僕は異常に興奮し、完全に勃起した。その時、2人の言ってる事はまんざら外れてはいないのかも知れないと僕は思った。


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