②①
小学生になった圭介は要君が小学校を卒業するまで毎日一緒に登校した。
当然ながら2人に血の繋がりはないが側から見ても本当の兄弟のように仲が良かった。
決して喧嘩をする事もなく、何かを巡って争うような事もなかった。その辺りはやはり要君が圭介よりも随分と大人だったからも知れない。
室浜家とは圭介が小学生になってから家族ぐるみの付き合いに発展して行った。信用金庫勤めのご主人の事だから一見人の良さそうな人に見えるが、意外と堅物かも知れないと私はそのように彼を見ていたが、その実、彼は礼儀正しく誠実な人だった。
年上女房の奥さんは面倒見のよい女性で、お菓子作りが趣味で週に2回は家にお菓子を持って来てくれるほどお菓子作りにハマっているようだった。
最初、妻は喜んでいたが、それが数ヶ月も続くと流石に妻も辟易とし始めていた。だが、無下に断りでもして奥さんの機嫌を損ねたりしたら、圭介と要君との関係に悪影響を与えるかも知れないからと妻は頂いたお菓子を摘み食いしながら私に話した。
その話をし始めると決まって妻は私に室浜家の奥さんの愚痴をこぼし始める。話がエスカレートするのも時間の問題だった。まぁ、それでも私は妻のストレス解消の為だと思い、話に付き合った。
そんな妻はやはり我が子が可愛いのだろう、室浜さんの奥さんとは適度な距離を取り付き合うようにはしていた。奥さんが悪い人ではないのはわかっていた。
「好意を無下にする訳にはいかないだろう」
と私が話すと妻は
「そうなんだけどね」
と心底面倒くさそうな表情を浮かべた。
室浜家の奥さんはしつこいというか、自分が良いと決めた事は無理にでも押し通そうとする頑固さがあったようだ。
妻はそんな奥さんの姿を幾度となく目にしたらしい。
子供同士は仲が良いし、お互い専業主婦な為に、否が応でも持て余す時間帯も似通ってくる。
そうなれば自然、会う機会が増えて行くのは致し方ないように私はには思えた。
そんなある日の事だった。私は東北の方へ出張から夕方に帰宅した時、妻は物凄い剣幕で私を出迎えた。
その表情を見た時、私はすぐにさっきまで室浜の奥さんが来ていたのだろうと思った。
「あの人、一体何なのよ!」
「室浜さんの事か?」
女性という生き物は感情で物事を話す生き物なのか、言葉に主語や述語が抜けがちになる。
話す相手がわかっているものとして話をぶつけてくるので、こちらとしたら一体何の話をしているんだ?って事が多々あるのだが、幸い、最近の妻が怒る原因としたら決まって室浜の奥さんに限定されていた。
だから今回もそれだと直ぐにわかったのだが、今までに見た事ないほどの怒っている妻をみて少し驚いたくらいだった。
「そうよ!」
「何があったんだ?」
私は疲労困憊で直ぐにでも風呂に入り眠りたかったのだが、話を聞くまでは、つまり妻の怒りのテンションが下がるまで聞いてやらなければ話は終わらないなと思い、渋々リビングへと向かった。
私は冷めた紅茶を啜りながら正面に座る妻を見つめた。
「で。何か嫌味でも言われたのか?」
「嫌味も嫌味。最低な嫌味だったわよ!私や貴方の事に対してなら別に気にしないけど、あの人、うちの圭介を小馬鹿にしたんだから」
「何て言われた?」
眠気が襲って来る。私は妻に気づかれないよう、自分の太腿をつねった。
「要君がいなかったら、今頃、圭介は友達も出来ず学校ではいじめられていた筈よだって。信じられる?まともな人なら、そう思ってはいても口には出さないじゃない?ましてや本人の母親に向かってさ。あの女、最低っ!」
確かに室浜の奥さんの言う事は全てではないにしろ、あながち的外れでもないと思った。
幼稚園のあの時、要君がいなければ、圭介はさらに自分の殻に深くこもってしまいかねないと思わせる危うさがあった。だとしても妻の言うようにそれを親に向かって言うセリフじゃない。
「家の要ちゃんに感謝して欲しいわって高笑いしながら言うのよ。毎度毎度、大して美味しくもないお菓子を自慢げに持って来てさ。それを引っ掴んで投げつけてやりたかったわよ」
やらなくて良かったなと私は思った。あのようなタイプの人間は、敵だと見なした相手には容赦しない。
少しずつ周りに敵の嘘を吹聴し、味方を増やしてから攻撃を仕掛けてくる。仕掛けられた時は既に手遅れで、それまで仲が良かった人すらもこちらに攻撃をしてくる。
気づいたら孤立させられてしまうのだ。きっと室浜の奥さんは幼少期はいじめっ子だったのだろう。
普通、大人になるにつれ、そのような所は改善されたり、意識して出さないようにするか、出たとしても反省するものだ。
だがどうやら室浜の奥さんは違っているようだった。推測だが、あの人は要君と仲良くなった圭介の存在を利用し、妻を自分の支配下に置こうとしているのかも知れない。
それが計画的か本能的かわからないが、恐らく室浜の奥さんは後者の方だろう。
だが今は既に奥さんの頭の中には私の妻を配下に従える計算がなされているかも知れない。その第一弾としてのあの言葉だ。
マウントを取り逆らわせないよう仕向ける為に、室浜の奥さんは妻にあのような言葉を放ったのだろう。
そこまで考えて私はこう言った。
「親同士がどうなろうと、圭介と要君が仲良くやれていれば良いんじゃないか?」
「そうなら良いけど、あの人がそうするわけないじゃない?絶対に圭介と遊ばせないようにするだろうし、圭介の悪口を吹聴したりするに決まってるから」
決めつけは良くないが、私も妻の意見には賛成だった。正直、これ以上、話を聞くのは限界だった。妻を見ると表情もかなり柔和になって来ていた。そろそろ大丈夫かと私は判断した。
「シャワーを浴びて来るよ」
「あ、うん、そうね。疲れたよね。ごめんなさい、帰ってくるなり、こんな話聞かせて…」
「大丈夫だ。圭介の事だしな。気にするな」
私は下着を持ち風呂場へと向かった。裸になると私にだけ感じ取れる血の臭いが鼻をついた。
どれだけ洗い流そうがこの臭いだけは消える事はない。今は立っているのもやっとの状態だ。
幾ら北海道で一泊したとはいえ、やはり自宅とビジネスホテルでは疲労度の回復にかなりの違いがある。
何故なら本来であれば一泊する余裕などもってはいけないからだ。仕事を終えたら、その付近から素早く姿を消す。これは鉄則だった。だが私はそのルールを破り一泊してから自宅へと向かった。
こうして無事自宅へ戻って来ると緊張の系がプツリと切れ、気持ちが緩み一気にその疲れが身体に現れたのだ。
何しろ私は一晩で大人の男を5人を始末しなければならなかったのだ。当たり前だが心身ともに疲弊しきっていた。だから1秒でも早く布団に入り眠りたかった。
一晩で5人もの人間を殺害しその死体を処理するというのは、その道のプロでさえ簡単にはいかないだろう。
1度に5人を処分するのはプロならばやりはしないだろうし、殺すなら確実に1人ずつの筈だ。
だが私はプロですらやらない事をしなければならなかった。
5人を殺害した後、私は死体処理のために北海道へ渡らなければならなかった。東北にシェフ、つまり死体を内密に片付けてくれるラピッドの仲間が殆どいないせいだ。だからといって5人の処理を僅かな東北のメンバーに手伝って貰うわけにもいかなかった。
何故ならそれはルール違反だからだ。ラピッドでは殺害する人数や性別、年齢はまちまちで、そしてそれを実行する人間も、ランダムで決められる。今回が私だっただけだ。勿論、未だ、選ばれた事のないメンバーも少なからずいた。
だからといってこの先も選ばれないとは限らない。私の経験から言えば早いとこ経験しておいた方が得だ。何故なら誰だって最初は怖いし不安でしかないからだ。
足がガタガタと震えてまともに歩く事もままならない。握った刃物も強く握りしめすぎて手から取る為、指を1本ずつ剥がしていかなければならない時だってあるわけだ。
そんな状況になる為、早く経験しておく方が身のためだった。
だがいざ依頼が来て恐れをなして実行に移せなければどうなるか、それはその当事者にしか知らされていない。殺害に関しては会社からアドバイスはある。
逃走経路や服装や実行するに最適な時間帯などは全て、これは初心者や経験が浅い者にだけ伝えられる。
だがそこまでだった。標的がいる近辺で暮らしている仲間は一切手出しはしないルールだからだ。
何故なら標的を殺害するまでの間、その土地の者が標的の生活のルーティンなどを下調べする為、顔を見られている危険性があるからだった。
そしてデータが上がると実行犯がランダムで選択される。それが今回の出張だったのだ。少なくとも私は未経験ではなかった為、情報は最低限しか与えられなかった。
標的は5人の大学生だった。こいつらは何度となく女子大生を部屋に連れ込み集団でレイプするようなろくでもない奴等だった。
私がこの5人を処理するまでに、新たな1人の女性が被害に遭ったが、それは仕方のない事だった。
それが起きなければ深夜5人が一同に集まる事はないからだ。5人は女性をレイプした後、アパートから連れ出し車で山中へと行き、その女性を裸で放置した。
警察に通報しなければ、俺たちの事を黙っていれば殺したりはしない、それが決まり文句だった。断れば裸のまま殺される恐怖からレイプを受けた女性は皆、このゴミみたいな5人の事を決して口にする事はしなかった。
5人は女性に服を着させ、そこへ放置した。自分らは車でマンションに戻り、レイプの余韻をつまみとして、酒を飲んだ。
朝方が私の仕事の始まりだった。マンションの鍵はあらかじめ仲間が用意した物を使用した。
室内に入ると薄暗い中で5人が雑魚寝をしていた。私は素早く行動した。
淡々と5人全ての首を切り裂いたのだ。直ぐに部屋は血の海に変わった。私がプロの殺し屋ならここで仕事は終わりだ。
だが、私達の仕事はこれで終わらせる訳にはいかないのだ。死体を他県へと運びだし、そこで処理する仲間に受け渡す。そこまでが私の仕事だった。
大人5人の死体をどう運び出すか。私は想像した。これだけの人数がマンションに集まるというのは、今まで幾度となく行われていた事だ。
恐らく周りの住人も、又かよ、うるせ〜な位は感じとっている筈だ。私は1度部屋をでてマンションの集合ポストを確認しに向かった。
あれだけどんちゃん騒ぎをすれば隣などは住めたものでは無い。私の考えは当たっていた。両隣と階下は既に空き家となっていた。つまり多少の物音を立てても気づかれないという事だ。
私は部屋に戻り灯りをつけた。全員の死体をバラすにはあまりにも時間が足りなさ過ぎる。
かと言ってこのまま放置する訳にはいかない。私は死体の一つから車のキーを取り、その車に死体を詰め込み処理する仲間まで届ける事に決めた。
その前に私は私の車のナンバーを外し、用意されてあった県内のナンバーを自分の車に取り付けここから少し離れたコインパーキングへ入れた。
全てを行いマンションへ戻るまで1時近くの時間を要したが休憩なんてしている時間はなかった。
私は休む間もなく5人の死体を部屋から運び出した。3人はトランクへ2人は後部座席の床へ放り出した。
そこに部屋で見つけたキャンプで使う折り畳み式のテントをかけた。
そして私は慌てず焦らず1日をかけて北海道へ渡った。札幌につくと暗くなるまで待ってから今回の5人を処理する者へ連絡を入れた。
仲間は30分くらいで姿を現すと紙袋を私に手渡した。中身は着替えだった。私は直ぐに公衆トイレに入り着替えを済ませ、外へ出るとそいつは既に居なくなっていた。
どうやら車ごと引き取って行ったらしかった。私は一晩ビジネスホテルに泊まり翌日、自分の車を取りに戻った。
そしてようやく自宅へ帰って来られたと思ったら、妻からの愚痴だ。正直、聞きたくはなかった。
だが妻の表情をみると、断る訳にもいかないと感じ疲労困憊の中、私はリビングに行き、妻の話を聞く前に冷めた紅茶を一杯、一気に飲み、2杯目を一口飲むとまじまじと妻の顔を見つめたのだった。




