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赤津に藤城たつきの事を聞く事が出来たのは、お父さんが帰って来た日から2日後の事だった。
教室に入って来た赤津の顔は覇気がなく、どことなしかやつれた印象を受けた。機嫌が悪いとか体調が良くないとかそんな感じはない。
ただ、僕は1度だけこの様な表情をした人を見た事があった。
あれは確か僕が小学6年生の頃だっただろうか。
小学生の頃まで仲が良かった1つ年上の室浜という男の子がいた。
その室浜君とは両親同士も仲が良く、お互いの家族同士で2泊3日の旅行にも行った事もあった。近所という事もあり、低学年から僕が6年生になるまで一緒に登校していた。
そんな室浜君は僕より1年早く中学生になったから、僕も中学生になる時は室浜君と同じ中学校に行こうと思ったくらい仲が良かった。
エロ本やAVも室浜君から教わった。明るくお調子者だったけれど、優しく正義感の強い男の子だった。
そんな室浜君の家族に不幸が起きたのは、室浜君が中学生になって最初のゴールデンウィーク中の事だった。
室浜君の家に会社の同僚という女性が現れたのはゴールデンウィーク初日の午前中だった。
その日は夏日と思われる程の晴天で朝から暑かった。
そんな午前中にその女性は室浜君の家に現れたのだ。
その女性の名前まではわからないけど、お母さんの話だとその女性は室浜君のお父さんの会社に入社して直ぐ室浜君のお父さんと関係を持つようになったらしかった。
女性は当時29歳で妊娠をしていたらしい。つまりお腹の子供は室浜君のお父さんの子だとその女性は言いに室浜宅へ来たのだろう。
推測でしかないけれど、室浜君のお父さんは最初その女性のお腹の中にいる子供を認知したくなかったのかも知れない。
けれど結果的に室浜君のお父さんは家を出て行った。
室浜君の両親が正式に離婚が成立したのか僕はわからないけれど、お父さんが家を出て行った数日後に見かけた室浜君のお母さんが今の赤津のような表情をしていた。
それからしばらくして室浜君とお母さんはこの街を出て行った。出て行った理由が近所で変な噂が立ったせいなのか、それとも他にあったのかは僕にはわからない。
だけど憔悴し切った表情をみた途端に、忘れていた室浜君の事を思い出すとは思いもよらなかった。
それくらい赤津にとって藤城たつきの存在は大きかったのだと想像出来た。
きっと今の今までも藤城たつきは何処かで生きていると赤津は信じて疑わなかったのだろう。だから藤城一家の白骨死体が見つかったのは赤津にとっては大きな衝撃だったに違いない。
そんな状態の人間に対して、すべき事が何なのか僕にはわからなかった。そっとしておいてあげるのが1番なのかも知れないけど、でもそのような気持ちは僕にはなかった。
あるのはただ赤津の今の気持ちと藤城たつきとの関係を知りたいという、一点だけしかなかった。
だから僕は放課後になるのを今か今かと待ちわびた。
学校で話しかけたら逃げられるだろうから、下校中の赤津を後をつけよう。
前回は話の途中で赤津が怒りバスを途中下車した。
でもその時はまだ藤城たつきの白骨死体は見つかっていなかった。
けど今は赤津はこの世に藤城たつきがいない事を知っている。それも一家で殺害され四国の山中に埋められていた事を知っている。
知っているからこそ頬がこけて憔悴し切っているのだ。そんな赤津を説得し藤城たつきとの関係を聞く事が出来るかは自信がなかった。それでも今の僕は赤津の気持ちを知りたいと思った。
放課後、偶然にも、というか運良く茂木と飛田の2人は用事があるらしく先に帰って行った。
一緒に帰ろうと誘われたが、先生に聞きたい事があるから先に帰ってよと、咄嗟に思いついた嘘で2人の誘いから上手く逃れる事が出来た。
その時、赤津は帰ろうとしていた所を担任の葉木先生に呼び止められ職員室へ連れて行かれた。
ひょっとしたら3日休んだ理由を問い詰められるのかも知れない。何故なら仮にもこの高校は進学校だからだ。
持ちクラスの生徒が1週間も休んで成績が下がりでもしたら自分の評価に差し障ると、葉木先生は思ったのかも知れない。
おまけに赤津はクラスで1、2を争う学力を持っている。学年でもトップランクに入るほど成績は良かった。
そんな生徒が1週間も休み、次のテストで成績を落としトップクラスから外れたら、僕のクラスから1人、トップランクから脱落する事になる。
まだ半年も経たない内に持ちクラスの生徒がランクを落とす事にでもなれば、先生同士の間で葉木先生の印象は悪くなる。それを危惧しての赤津の呼び出しかも知れない。
僕は2人が居なくなるのを確認してから赤津の席に近づいた。荷物のリュックは椅子の上に置きっぱなしだった。つまりここで待っていれば赤津は戻って来る。僕は自分の席に戻り、自分の荷物を纏めた。そして席に座りスマホを取り出した。
ゲームをやり始めると斉藤こだまが声をかけて来た。
「仲野部、帰んないの?」
「ん?ちょいゲームしてから帰ろうかなぁと思ってさ。どうして?」
「いつも茂木と飛田つるんでさっさと帰るくせに、今日は珍しいなぁって思っただけ」
「そう?あいつらさっさと帰ってるかな」
「帰ってるわよ。赤津の次に早いよ」
小野夢子が割り込んで来た。というかお前ら2人もいつもつるんでんじゃん?と言おうとしたけどやめた。
「僕らそんな早いんだ?」
小野夢子の顔を見ながらクスッと笑うと何故か目を逸らされた。
「帰ろ」
小野夢子が斉藤こだまの腕を掴んだ。引っ張って行く。
「仲野部また明日ねー」
斉藤こだまが手を振ったので、僕も振り返した。そしてまたスマホの画面に目を向けた。
1時間くらい待ってようやく赤津が教室に戻って来た。教室に入ってくるなり1人残っていた僕を見つけ、びっくりしたようだった。
「な、仲野部、こんな時間まで何してんの?部活でも始めたか?」
「違うよ。赤津を待ってたんだよ」
「どうして?」
「それは、藤城たつきの事件の事でだよ」
僕がそう言うと赤津はあからさまに嫌な顔をした。
「事件の事はニュースで知った。聞いた瞬間、赤津の事を思い出したよ きっと相当ショックを受けてるだろうなと思った。だって藤城たつきの事を僕に聞いて来た時の赤津は、とっても藤城たつきと仲が良かったような印象を受けたからさ。実際、仲が良かったんだろ?」
「良かったら何だっていうのよ?仲野部には関係ない。それとも何?私が事件のショックで1週間もまとも食事が喉を通らなかったって事を馬鹿にして笑いたいの?」
「そんなんじゃないよ」
「なら何よ!」
赤津の感情が昂った。藤城たつきの死は赤津にとっては余程の事だったようだ。
「藤城たつきは、その家族はどうして殺されたんだろう?」
「は?仲野部、あんた馬鹿じゃない!?そんな事私が知るわけないじゃん!知りたいならたつきを殺した犯人を見つけて尋問でもすれば?」
そう怒鳴る赤津の言い方に僕は少し違和感を覚えた。
「たつきを殺した?ちょっと待って。赤津、今、たつきを殺した犯人って言ったよね?」
「言ったら何だっていうのよ」
「赤津は今、たつきと家族を殺した犯人を、とは言わなかった」
僕が言うと赤津は一瞬だけその目が僕の視線から逃げるように横目を向いた。
「赤津はさ、藤城たつきとは仲良かったんだろ?でも藤城の両親の事はそうでもなかったんじゃない?」
赤津はムッとした顔で乱雑にリュックを持ち上げた。背負い教室から出て行こうとした。
「藤城の両親が殺された事は何とも思わないんだ?本当に藤城と仲良かったらその両親が殺害された事にも、少なくともショックを受けるんじゃない?」
「さよなら」
赤津が教室から出て行った。僕は慌てスマホをズボンに押し込んだ。ひったくるようにリュックを掴むと赤津の後を追った。
校内で声をかけると赤津がキレて大声を出される可能性があった。だから僕はあえて赤津から距離を取り後をついて行った。
校内から出れば赤津も周りの目を気にしてそこまで声を荒げるような事はないと踏んでのこの行動だった。
出来ればバスには乗せたくなかった。
その思いが通じたのかバスは赤津の目の前で走り去ってしまった。よほどイライラしているのかも知れない。赤津は次のバスを待たずに歩き出した。それを見て僕は駆け出した。赤津の横に並ぶ。
「しつこい奴はモテないから」
「知ってる」
「嘘つけ」
「バレたか」
「ったくさぁ」
「何?」
「何じゃないよ!」
「そうだね。ごめん」
「で、仲野部はたつきの何を知りたいわけ?」
「藤城たつきというより、赤津と藤城の関係を知りたい」
「そんなの知ってどうするのよ?つか、友達だよ。友達、たつきと幼馴染なの。はい。これで良いでしょ」
「両親とは仲良かったの?」
「私が?」
「2人とも」
どうやら僕の言葉は赤津の核心をついたらしかった。さっきまで勢いが良かった赤津がまた黙ってしまったのだ。
「仲、悪かったんだね」
赤津は何も言わなかった。前だけを見て歩き続けた。
「仲が悪かったのに、どうして3人一緒に殺されたんだろ?」
「知るか」
「藤城たつきは、頭がおかしいって思われるような、不安定な精神状態だったわけだよ。殺されるって言い続けるくらい何かに怯えていたんだと思う。で、両親とは仲が悪かった。藤城たつきは虐待を受けていた?」
赤津は黙っていた。多分当たりだ。
「だとしたらさ。殺されるのは藤城たつき1人でなきゃおかしくない?虐待の途中で亡くなったから埋められた、て話ならわかるけど、でも家族全員で埋められていたんだ。てことはだよ。例え藤城たつきが両親から虐待を受けていたとしても、殺されると怯えていた相手は両親ではなく別人かも知れない。でなければ同じ場所に埋められるわけがない」
「他人の親友が白骨死体で見つかってショックを受けているのに、その本人の前で色々詮索したり聞いたりして、おまけに身勝手にそんな事想像して楽しい?」
「え?」
「仮にも私はたつきと幼馴染だった。ううん。もういいや。この際だから言わせてもらうけど、私とたつきは双子の姉妹だったのよ。それが赤ちゃんの頃、捨てられて別々の家に引き取られて育ったんだ。偶然なのかわざとなのか知らないけど、家はそれなりに近所だったから自然、小さい頃から遊ぶようになった。私達が本当の姉妹だとわかったのは私のママの遺書に書かれてあったから。私が捨てられた時に書かれていた手紙まで同封されてたわ。それが中学1年の時。だけどある日突然、たつきの両親がいなくなった。勿論たつきと一緒に。そしてこの街に引っ越して来たのよ。私はたつきからこの街の中学にいるって手紙を貰っていたからいつか逢いに行こうと思っていたのに、ある日突然手紙が来なくなったの。学校の休みを使って電車やバスを乗り継いで何度か仲野部が通っていた中学に行ったり、近所でたつきの事を尋ねたりしたけど、誰もたつきの事も家族の事も全く知らなかった。けどあんたがたつきがいた中学出身だってのを聞いてから、今、たつきが何処にいるか知ってるかも知れないと思って話しかけたのよ。んであの事件を知った。以上 これで満足した?したならもうついて来ないでくれない?」
「満足って言い方はかんに触るけど、ある程度理解は出来たからもうついては行かないよ。けどさ。僕も駅に向かって歩いているんだよね。つまり目的地が赤津と同じだからこの状況は仕方なくない?」
「あ、そ。なら私、こっちに行くから」
赤津はいい、1人で左に曲がり別な道へ足を踏み出して行った。僕は立ち止まりしばらく赤津の背中を眺めていた。
一瞬、一瞬だけ追いかけようかと思ったけどやめる事にした。
ある程度、話も聞けたしこれ以上、細かい事を聞いた所で3人が殺された理由がわかるわけもない。
そう考え僕は1人、駅へ向かって歩き出して行った。




