①⑥
家に帰ると直ぐに風呂場に向かった。
幸いな事にお母さんは出かけていて、お爺ちゃん達もいなかった。
お母さんは多分、買い物で残る2人は散歩に出掛けているのだろう。
血飛沫が飛んだ学生服を脱ぐ。ズボンのポケットから剃刀を包んだハンカチを取り出し、それ以外の衣服を洗濯機に投げ込み洗剤や柔軟剤を大量にぶちまけた。
脱衣所から風呂場に入り湯船に向けてお湯を出した。
溜めてる間、下着を脱いだ。
ツルツルのみすぼらしいペニスが縮こまっている。
下着を見るとお尻の部分が血だらけだった。
それも洗濯機に向けて叩きつけるように投げ入れた。
最初、早く乾かせる為にスピーディーで終わらそうと思ったが、それでは万が一、血が落ちないかも知れないと考え普通に回した。裸になり全身を眺めた。
左脚の内腿に流れた血の筋が残っている。既に乾いているのか指で擦るとその血の筋は綺麗に落ちた。
裸のまま一旦、ハンカチを掴み部屋に戻るとリュックを放り出した。
勉強机の引き出しを開けその奥にハンカチを押し込む。代わりに手鏡を取り出し覗き込んだ。
僕の顔はまるで死人のように青白かった。悲惨なほど顔色が悪く、殴られた唇は紫色に腫れ上がり、顔が歪んで見えた。
締め付けられていた首に赤く擦れた痕が残っている。
触れると僅かに痛かった。
擦り傷のような状態の首に触れながら押さえつけられていた腕を眺めるとくっきりと指の痕が残り内出血を起こし痣になっていた。
足を広げて突かれたお尻の穴の方に鏡を向けた。
上体を屈めながら鏡を覗くと、肛門は酷い裂傷を起こしていた。それを見た瞬間、痛みが込み上げてきた。
治るまでどれくらいかかるかわからないけど、しばらくは歩くのも座るのもキツそうだ。
その度にかなりの痛みが伴うだろうな。それをバレないようにするには至難の技のように思えた。
けれどやるしかない。ホモにケツを掘られたなんて誰にもバレたくない。ペニスを咥えさせられ4人の男から犯されたなんて知れたら間違いなく、この町では生きていられない。
いや他に行っても生きていけないかも知れない。
机の引き出しを開けて鏡をそこに入れた。風呂から出たら薬局でワセリンを買ってこようと思った。
シャワーという物がこんなにも拷問機具に変わるものなのかと、肛門を洗った時に思った。
変な悲鳴を上げながらボディソープで肛門を優しく丁寧に洗った。その後で頭を洗い身体を洗い流した。
しばらく湯船に浸かり目を閉じると僕の口にペニスを押し込んだ男の顔が蘇った。
薄い茶色のサングラスに右耳にはピアス。髪は茶髪の短髪だった。無意識に奥歯を噛み締める。
トイレで殺した奴のようにこの男も殺してやりたかった。だけど、きっとそんな事は出来やしない。
力も身体も何もかも僕には歯が立ちやしない。それに僕はきっと奴等に追われる羽目になるかも知れないのだ。
だって状況からして犯人は明らかに僕なのだから。
受付の男も疑われるかも知れないが、奴らの仲間だからあり得ない。
死体が見つかり捜査されればしばらくは疑われるかも知れないけれど、それでも直ぐに疑惑は晴れるだろう。
だってあの映画内であの男に最後に会ったのは僕で、しかもそれを残りの3人は知っている。僕を捉えて犯すまでの手順の素早さは明らかに慣れていたし熟練していた。
つまり奴等にとっては今までも繰り返し行って来たであろう犯行のルーティンなのだ。だから犯人は僕しかいないと奴等は思うだろう。
あの場所に近づかないのは当然で、けれど駅には行かなくてはならない。通学で使う改札があのミニシアターのある方と反対側だからといってアイツらがこちら側に来ない保証は何処にもなかった。
かと言っていきなり不登校を決めるわけにも行かない。とりあえず襲われた時に反撃出来るような武器を携帯して起きたかった。やはり携帯するのにちょうど良いのはナイフしかないか。
色々と考えた挙句、1番手に入れやすく、足がつきそうにない刃物は果物ナイフだと思った。
100均にも売っている茶色の果物ナイフだ。あれなら沢山の人が持っているだろうし、日に幾つかは売れているだろう。そう考えながら僕は湯船のお湯を抜いた。
普段、こんな時間に僕が風呂に入るなんて先ずなかった。湯船にお湯が残っているとお母さんが訝しむと思っての行動だった。
風呂から上がり着替えを済ませた。洗濯機はまだ終わっていない。乾燥機が始まり終わるまでには買い物を済ませて帰って来れそうだ。
出来れば、それまでにお母さんだけは帰って来ないで欲しい。洗濯物を見つけられたくなかったからだ。
けどこの顔の傷は隠しきれやしない。どう言い訳しようかと自転車に跨った。喧嘩をした事にすれば、お母さんに洗濯物がみつかっても喧嘩で汚れたと言い訳もつく。
我ながら中々良い考えだと思った。ただ今まで生きてきて誰かと殴り合いの喧嘩なんかした事がない僕だから、変な勘ぐりをされるかも知れないけど、この際、それは受け入れるしか無さそうだった。
少しばかり気持ちも落ち着いて来たように感じる。フゥ〜と一息ついてお尻の痛みを堪えながら自転車に跨りゆっくりと漕ぎ出していった。
家から遠く離れた薬局でワセリンとバンドエイドを買った。
最初、護身用には男から奪った剃刀でも良いかと思ったけど、二度とあんなに上手く致命傷を与えるのは出来やしないと思い止めにした。
もしもいきなり襲われた時、相手の機動力を最短で奪えなければ、やられるのはこっちの方だ。
そのような考えにいきつきナイフを選択する事にしたのだ。薬局の袋に果物ナイフを入れた。落ちないように縛り籠に入れる。お尻がかなり痛い為、帰りは行きよりも更にゆっくりと帰宅する事にした。
家につき乾いた洗濯物を取り出し部屋に持ち帰った頃、お母さんが帰って来た。
ハンガーにかけてから、肛門にワセリンを練り込む。ヒリヒリする痛みを拳を握り我慢する。ズキズキする痛みは僕の感情を逆撫でた。
明確な殺意が込み上げ、その怒りをぶつける場所がなく、僕はベッドに頭突きをした。悔しくて涙が滲み出て中々止まらなかった。
「圭介いるの〜?」
何も知らないお母さんの呑気な声にあの男達への憎しみが膨れ上がって行く。
「アイス買って来たけど食べる?」
「今、宿題やってるから夕飯の後に食べるよ」
「そう?なら宿題終わったらお風呂洗ってくれない?」
「はいはい。わかったよ」
普段なら絶対に断る場面ではあったけど、血の臭いが風呂にこびり付いているかも知れないと考え、お母さんのお願いを承諾する事にした。
そしてお母さんがリビングに入っていくのを音で判断し、僕は部屋を出て風呂場に向かった。
馬鹿みたいに丁寧に洗ってお湯を溜める。蛇口から出るお湯は湯船の床で跳ねて飛沫を上げていた。
そのお湯が僕の目の前でゆっくりとその色を濃くし始めた。赤い血の色をしたお湯が湯船に溜まっていく。中を覗くと、そこには驚いた表情で目を見開き、僕に切られた首を押さえる男が沈んでいた。首からは止まる事のない血飛沫が舞い続けていた。
ハッとした僕は慌てて自分の頬を叩いた。幻影は消え去り湯船には透き通ったお湯が溜まっていく。僕はその中に手を差し込んで、お湯をかき混ぜた。
湯船の中に出来た小さな渦は再び現れた男の血飛沫を巻き込みながら湯船のそこへと沈んで行った。怖がる必要はない。この男はいない。こいつ自身の剃刀でその命を奪ったのは僕だ。つまり剃刀はもう僕の手の中にあった。




