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 ①⓪

学校から帰宅するとスーツ姿のお父さんと出くわした。お父さんのスーツ姿をみるのは高校の入学式以来の事だ。


随分と久しぶりって感じがするし、僕の中でのお父さんは常につなぎ姿が定番だから、違和感があった。


そんな違和感満載の姿だから、明らかに大事な用事があるのだろうと察した。


「ただいま」


「おう、お帰り」


「どっか行くの?」


「あぁ。仕事でな出張する事になった」


「出張?」


鰐の飼育なのに出張って珍しくない?と思った。だから僕はお父さんに向かってそう言った。


「出張なんて珍しいね」


「あぁ。随分と手の焼ける子らしい」


「長くなりそうなの?」


「そうだなぁ。行ってみないとわからないが、10日から半月くらいはかかるかも知れないな」


「そんなになんだ」


「あくまでお父さんの予想だけどな。実際にはそんなにかからないかも知れないし、もっとかかるかも知れん。ま、行って会ってみなきゃ何ともいえないな」


「そう…気をつけてね」


「あぁ」


「あ、」


「どうした?」


「鰐の世話なんだけど僕がやろうか?」


「いや、大丈夫だ」


「でもエサあげないとさ」


「鰐は何日も食べなくても平気な生き物なんだよ。長くて3年くらい食べなくても大丈夫な筈だ。だから餌やりの必要はない。それに手伝いは夏休みからって約束じゃなかったか?」


確かに約束はそうだった。けどそれ以上に鰐が3年もの間、何も食べずに生きられるなんて驚きだった。


「そうだね。うん。わかった」


「いや良いんだ」


「僕、鰐が何日も何も食べなくても生きられるなんて知らなかったからさ。お父さんが出張中に飼育中の鰐に何かあったら困るかなって思って…ごめんね」


「お前の気持ちは嬉しいよ」


お父さんはいい僕の頭に手を置いた。


「行ってくる」


今までほとんど気にして来なかったけど、僕の身長はほぼお父さんと変わらないくらい伸びていた。


それに大きく見えていたお父さんの腕や身体も意外と華奢なんだなと改めて思った程だ。


勿論、そんな野暮ったい事は口には出さなかった。

もしかしたらお父さんは僕が大きくなって来たから、鰐の飼育の手伝いを許してくれたのかも知れない。


子供の頃、何度か一緒に餌やりしたいと駄々をこねた事があった。その内の一回だけ、頬を打たれた事がある。


その時の僕はそれまで以上に、しつこく食い下がったのだ。物凄く痛かったし、力任せに打たれたから、身体ごと吹っ飛んだけど、僕は泣きはしなかった。


あとにも先にお父さんに打たれたのはこの1回きりだった。


打たれた後で、お父さんは鰐の危険性を話して聞かせてくれた。けど、いつか僕が大きくなり鰐の飼育を本気でやりたいと思ったら、手伝ってもらうと約束してくれたのだ。


その日までもう数ヶ月もない。だから我慢は平気だった。


けど約束した日と違うのは僕が本気ではないって事だった。ただ鰐が見たい、どんな風に躾けたり飼育をしているのかを見たいだけだ。


ただそれだけ。でも本気だと示さないとお父さんの首にかけられている小屋の鍵を僕が手にする事は出来ないのだ。だからその日まで、本気だという事をアピールしたかった。


そしてお父さんも言ってくれたように、飼育が合わなければやめれば良いだけだ。面白ければ続ければ良い。

どちらにしても僕にとっては悪い話ではなかった。


「行ってらっしゃい」


「お母さんには言ってあるが、出張中は滅多に連絡は出来ないからな」


「わかった。気をつけてね」


お父さんはいい、スーツ姿で出て行った。


お父さんがいない日常も、僕にとっては、お父さんがいる時とさほど変わらなかった。


お父さんは朝が早いし、僕が起きて朝食を食べる時間には寝ているし、1日の中でお父さんと会うのは夕食の時くらいのものだった。


そこだけ切り取ってみれば、いないという違和感は確かにあるのだけど、特別意識するという事はなかった。


お父さんは食事中もそんなに喋るようなタイプじゃないし、晩酌で酔っ払って上機嫌になり饒舌になるという事もない。


それに食卓の会話の主役はお爺ちゃんとお婆ちゃんが担っていた。だからお父さんの姿がなくても、家族の中に、ポッカリと穴が空いた感じすら覚えなかった。


お母さんの運転でお父さんを駅まで送っていってる間、僕は着替えを済ませ、宿題に取り掛かる。


1時間ほどそれに時間をついやしてからスマホYouTubeを見た。


登録しているチャンネルの多くはカップルチャンネルと心霊チャンネルだった。


カップルチャンネルは憧れで心霊チャンネルは夢だった。1度でいいから心霊スポットという場所に行ってみたかった。


高校生だから免許はないし、車は勿論持っているわけがなかった。


バイクの免許を取ろうかなと考えた事もあるけど、誕生日はまだだし、それに取った所でバイクを買うお金もなかった。


アルバイトをしてお金を貯めるという手もあるにはあったけど、それ以上にバイクに乗って1人で心霊スポットに行くのにはかなり抵抗があった。だから免許を取る事に積極的になれなかったのだ、


心霊動画では、ほとんどの人が数名のグループで心霊スポットに行っている。


1人で、というのはレアなケースだ。その中に女性の人がいた。1人で怖くないのかな?ってのが正直な感想だった。個人的に内容は面白い部類には入らなかったけど1人で心霊スポットに行くその勇気には毎回驚かされていた。


けど、その女性のチャンネルは最近、3か月以上も更新されていない。前は遅くても3週間に1度は何らかの動画は上がっていたのにそれが今は3か月も何もアップされていないのは、動画編集に疲れたのか、YouTubeに飽きてしまったのかも知れない。


めちゃくちゃファンというわけではないから心配するほど気になっているわけじゃないけど、例えば呪われたとか取り憑かれたなんて身に危険が迫るような事は無ければ良いなと思った。


しばらく動画を流し見しているとお母さんが戻って来た。


「圭介、お風呂入ったの?」


「まだぁ」


「なら直ぐお風呂入りなさいよ〜」


「はーい」


僕は下着を持って風呂場へと向かった。


風呂上がりにすぐ髪の毛を乾かしパジャマに着替えた。パジャマと言ってもただのスウェットだ。


4人で食卓に着く。今夜はペペロンチーノとガーリックトーストだ。


普段、仲野部家でパスタは絶対に出ない。

それは昼食であれ夕食であれ出ることはなかった。


理由はお父さんがパスタが嫌いだからだ。

パスタ嫌いな人なんているのか?と思うかも知れないけど、実際、お父さんは嫌いだと言っていた。


「美味しいのに」


「美味しいかも知れないがお父さんは嫌いなんだ」


過去にそんか風な会話をした記憶があった。

だから子供の頃はパスタがとても高価な物だと信じていた時期もあった程だ。


このようにして仲野部家でパスタが出る時はお父さんがいない時に限った。


意外とお爺ちゃんやお婆ちゃんはパスタ好きなようで2人は笑顔で見合い美味しいですねと言いながら食べていた。


僕は自分の分を食べ終わると食器をキッチンまで運んだ。たまに洗ったりするけど今夜は面倒くさくてやらなかった。


冷凍庫からカップアイスを取り出しスプーンを持って部屋に向かう。


「ちゃんと歯磨きしなさいよ?」


「わかってるって」


カップアイスを食べながらスマホを弄る。


ニュースを検索していると、女性YouTuberが九州の有名な心霊スポットで惨殺死体で発見されたとあって思わず口に咥えていたスプーンを落としてしまった。


その女性YouTuberは僕もチャンネル登録していて、女の子なのに1人で心霊スポットに行ったりするので、コメントでも1人は危険だから辞めるか、数名で行った方が良いと多くの人が忠告されたりしていた。


動画更新が止まっていた3か月の間も、殺されてないよね?みたいな書き込みもあった程だ。


その女性YouTuberの死体は鋭利な刃物での刺し傷が数ヵ所あり、頭部は殴打され頭蓋骨が陥没していた。


身体の損傷も酷く既にかなり腐敗も始まっている事から犯行は数ヶ月前に行われた可能性があるとの事だった。


場所が場所だけに発見が遅れた模様だと最後に付け加えられた。


僕はそのチャンネルに飛んだ。

 忠告が受け入れられなかった憤りからの悔しさをぶつけるコメントやお悔やみの言葉が多数書き込まれていた。


僕はそれらのコメントに軽く目を通してチャンネル登録を解除した。


更新されないものを登録し続ける意味はない。

僕は他のチャンネルに移動した。残りのカップアイスを食べながら僕は動画を見ながらクスクスと笑った。


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