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 ⑧

久家綾乃の事を思い出したのは5時限目の歴史の授業の時だった。


ボソボソと小声で話す歴史の先生の話に飽きて、適当に教科書を開いて時間を潰している時、鎌倉時代以降の話の箇所に公家という言葉を見つけ、いきなり頭の中に中学時代、屋上で出会った久家の事を思い出し、思わず席を立ち


「あっ!」


と叫んだ程だった。


黒板に何かしら書いていた先生の手が止まり、こちらに向き直った。


「歴史というものは、常に「あっ!」という事の連続なのです。だから君は今、どういう理由で「あっ!」と叫んだかは知りませんが、その事は覚えておいてください。何故なら歴史というものは個人差はありますが、驚きの連続なのです。それが歴史というものの魅力ですから」


「はい。わかりました」といい、頬を赤らめかせながら席に着いた。


しばらくは恥ずかしさでいっぱいだったけど、授業が進むにつれ、あの時の事を鮮明に思い出し始めていた。


クラスの女子に名前を聞いた後、僕は久家綾乃のクラスの担任の所に行き、屋上で出会った事を話した。


「久家さんは僕なら、家に来てくれてもいい。他の人に届け物されても会いたくないんだって言ってくれました。引きこもりになっている事も聞きました。けど、住所を聞くのを忘れてしまって… 先生?何か渡す物があれば僕が届けますから久家さんの住所、教えてくれませんか?」


先生は一瞬だけ、嬉しそうな顔をしたが、直ぐにその表情を曇らせた。


「久家はなぁ。引っ越ししたみたいなんだよ」


「みたい?」


「学校にも何も連絡なくてな、クラス委員長が家に行ったらもぬけの殻だったらしい」


「もぬけの殻?」


「あぁ。そうだ。先生もその話を聞いてな、翌日行ってみたんだ。家についてびっくりしたよ。玄関横にあったリビングのカーテンすら無くなっていて、そこから家の中を覗いたら正真正銘言葉通りのもぬけの殻ってやつだったよ。まるでこれから誰かが引っ越ししてくる新居だと言われても先生は信じてしまっただろうな。それくらい室内は綺麗でゴミ一つなかった」


久家の家族が、夜逃げしたのなら荷物くらい残っていても良さそうなものだ。それがゴミ一つないなんて…


確かその時の僕は待てよと疑問に思った記憶があった。

委員長は毎日久家の家に通い詰めていたわけではない筈だ。


屋上で出会った久家から察するにあの時、友達とは疎遠になっていた。だから誰かが尋ねてくるなんてなかった筈だ。


ならば先生のいうゴミ一つなかったと言われてもそれは引っ越す為に家を売るか、貸すにしても引き渡す為の掃除をやる時間は充分にあったという事になる。


新たな土地に行けば久家も学校に通えるかも知れないと両親が考えたっておかしくはない。


先生の言い方だと久家に非があるように感じられたけど、案外、本当の所は、僕の考えが合っている気がしてならなかった。


確かそれ以上、先生に尋ねる事はせず僕は黙っていた。そんな僕の事を、先生は思いやりがあると思ったのか、何か言ってはくれたが、覚えていなかった。


だから僕は学校が終わっても久家の家には行かず、そのままに帰宅したのだった。

勿論、しばらくはたまに久家の事を思い出しては今頃、何してるだろう…と考える事も少なからずあったのは間違いない。


でもその事も、繰り返される日常に塗れていると忘れてしまうものだ。


人なんて忘れる事が出来なければ、まともに生きるなんて出来ない生き物なんだろうなぁと、ぶつぶつと小声で話す歴史の先生の声を聞きながら大きなあくびをした。


片方の目だけから涙が滲み出た。僕はそれを手の甲で拭い取ると、屋上出会った久家の顔がその甲についた涙の滴に映って見えた気がした。


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