⑦
「女子に聞くのは何となく嫌だったのね」
自己紹介の1限目の後、僕を見つめていた女子に手招きされた。その女子は席を立ち廊下に出ていった。後に続くように僕も廊下に出ると、その女子はいきなりそう言ったのだった。
僅かばかりの淡い期待は謎の質問により一瞬で僕の心の中で霧散した。
「何を?」
「何だと思う?」
「さぁ」
「当ててみてよ」
高校生になったのだから、彼女は欲しいし、エッチな事もしてみたいけど、女子のこういう所はつくづく面倒くさくて堪らない。
「何だろ?」
と言いながら考えるフリをするが全く考えず、ただ面倒だなぁと思っていると
「面倒くせえ〜って顔に出てるんだけど?」
完全に見透かされた僕は思わず慌てふためいてしまった。
「女の直感はよく当たるし、怖いのよ〜」
と、その女子はいいクスっと笑った。
「で、僕に何を聞きたいわけ?」
見透かされた苛立ちからか、ちょっとばかり棘のある口調になってしまった。
この女子は黒髪で前髪パッツンの瞳の大きな女の子だった。
まつ毛はツケマと勘違いするほど長く、鼻は小さくて唇は大きめで厚かった。
一般的に言えば綺麗系に入るのだろうけど、何よりこの女子を魅力的に見せているのはその瞳だった。
何故ならこの女子の目はオッドアイで、左目が黄色で右目が緑色をしていた。クリスタルガラスのように透き通っているその2つの瞳には間近で見つめられるとドキッとする程の美しさがあった。
「藤城たつきって子、君と同じ中学だったよね?」
「藤城たつき?」
しばらく考えたが、全く思い出せなかった。
「知らないなぁ。別の中学と間違えてるんじゃない?」
「よく考えて思い出して」
「いや、だから間違えて…」
「間違いじゃない。北の丘中学よ。2年生の時に転校で北の丘に入ってる」
「2年生?」
「そう…憶えていない?」
「同じクラスにはなってないよ。転校して来た子なら印象に残ってるだろうし。他のクラスに来たとしても、ほら、僕はインキャのテニス部であんまり人と関わって来なかったからさ。あの女子2人なら知ってるかもしれないよ。それに僕は中学時代、あの2人と同じクラスになった事ないからひょっとしたら、その、誰だっけ?」
「藤城たつき ふじしろたつき、ね」
「あ、ごめん、そうそう、藤城たつきって男子の事をさ、知ってるかもよ」
「男子じゃないわよ。たつきは女子だから」
そこでチャイムが鳴った。彼女はそういうと1人教室へ戻って行った。
その背中を眺めながら、この女子の名前何だっけ?って思った。
2時限目が終わった後も、きっと彼女は僕に話しかけてくるだろうと気になって、授業中、チラチラと彼女の方を見てみたが、彼女は廊下側の1番前の席のせいか、こちらに振り返る事は一度もなかった。
多分。僕も彼女だけを見つめていたわけじゃないから、確かだとは言い切れないけど、恐らく僕が前を向いていたり、黒板の文字をノートに記入にしている最中に、こっちを見ていたとは思えなかった。
理由は至ってシンプルで視線を感じなかったし、
こちらが意識している人の視線ならきっと気付く筈だと思うからだ。
だから彼女はこちらを見ていない、と僕は判断した。
彼女は、話は話、授業は授業と割り切っているのかも知れない。それに慌てて藤城たつきという女子の情報を得ようとしても、既に僕は知らないと言ってしまった。
それは余りに軽率で愚鈍な行為だ。聞いてみるとか、他にも幾らでも良いようがあった筈なのに、どうしてだろう。僕は自分が嫌になりそうだった。もしさっきのあの会話で充分だと判断されていたのだったら、彼女を意識している僕の気持ちはただの勘違い野朗という事になる。
今の自分のこの気持ちが好きとか一目惚れしたとかいう感情なのか自分でも良くわからなかった。
彼女は美人だし、男子なら意識しないわけがない。
けど僕みたいな奴は彼女は高嶺の花だからと会話する事すら諦めた方が賢い気がする。
そうわかっていても、やっぱり気になり、気づいたら彼女の方を見てしまっていた。
2時限目が終わっても彼女の方から話しかけてくる様子はなかった。彼女は直ぐに教室から出て行って、しばらく戻って来なかった。
僕と同じ中学出身の斉藤こだまは小野夢子の席へ行き、3時限目が始まるまでくっちゃべっていた。
3時限目が終わっても彼女からはアクションがなかった為、僕は同じ中学出身の小野夢子の席に向かった。
既に斉藤こだまと何か話している所に割り込んだ。
「北の丘中学出身だよね?」
僕が言うと斉藤こだまがそうだけど?とぶっきらぼうに返事を返した。
「藤城って子が北の丘にいたらしいんだけど知ってる?」
「藤城?」小野夢子が言った。
「2年の時に転校して来たらしいんだけど…」
「あぁ。いたいた。名前なんだったっけ、んー。あ、そうだ。たつきって言ってたかなぁ」
「そうそう!そのたつきって子」
「あの子がどうかした?」
「いや、たまたま耳にして知らない子だったから、どんな子だったのかなぁって」
僕がそう言うと斉藤こだまが横から入って来た。
「藤城たつきって、確か転校してきて1週間くらいで来なくなった子じゃない?」
「あ、そうね。そうそう。体調が優れないとかで。でもあれは嘘だよね」
「どうして?」
僕は尋ねた。
「あの当時、クラスの1人の子が新しく来た転校生、
つまり藤城たつきね?その子の事を気持ち悪いって言ってたんだよね。ねぇ?こだま?そうじゃなかったっけ?」
「あ、草野?の事?」
「うん。草野がそう言ってなかった?」
斉藤こだまは何かを思い出したらしく、手で小野夢子の肩を叩いた。
「授業中も小声でずっとぶつぶつ言ってたらしいよね。で、チャラ系男子が藤城に聞いたんだって、お前、何ぶつぶつ言ってんだよ?って。そしたら藤城たつきは、殺される、殺される、私、もうすぐ殺されてしまうとか言ってその男子の腕を掴んで泣きながら助けを求め始めたらみんなは驚くし、そのチャラ男は腕にしがみついた藤城たつきを力任せに払って、お前、気持ち悪りぃなとさげずんで、席から離れて言った。そう言われた藤城たにたきは言葉も出なかったよ。
それから直ぐに藤城たつきは学校に来なくなったんじゃなかったかなぁ。気持ち悪い奴が来なくなって皆んな喜んでて、冗談で藤城殺されたらしいぞって、そのチャラ系男子が言いふらして、一時期、学校中の噂になってたもん」
そんな噂、僕は聞いた事がなかった。まぁ自分からは周りと関わり持たないようにしてたから、その噂も聞き逃してしまったのかもしれない。
「本当に殺されたのかな?」
僕は尋ねた。
「それはないんじゃない?元々ここがおかしかったのよ」
小野夢子はいい、自分の頭を人差し指で突いた。
「まぁ、何かしらの精神疾患だったんじゃない?今頃はきっと重度の精神病患者が入院する病院の牢屋の中で殺される殺されるってぶつぶつ言ってんでしょ」
斉藤こだままで笑顔でそのように話した。
「教えてくれてありがとう」
そう言って自分の席へ戻ろうとした。
「所で君さぁ」
小野夢子が言った。
「仲野部だよ。仲野部圭介」
僕が名前を言うと小野夢子は聞いてないし、と言いたげに僅かばかり不満な表情を浮かべた。
「はいはい。ごめんなさいね。仲野部くん」
「で、何?」
「藤城たつきの事、誰から聞いたの?」
僕は既に席についている彼女を指差した。
「あの子から藤城たつきの事、知らないか聞かれたんだよ」
「へぇ。ふぅん。そうなんだぁ」
小野夢子が言った。
「確か、名前は赤津だっけ?」
斉藤こだまは小野夢子に確認するかのように言った。
「赤津 奈々(あかつ なな)だった筈よ」
僕は小野夢子の言葉で彼女の名前を知ることが出来た。口に出してお礼なんて言わないが、とてもありがたかった。赤津なな、か…
僕は2人に、さっき話してくれた他に藤城たつきの事を思い出したら教えてと伝えた。
2人は僕の言葉などどこ吹く風か、陰湿な眼差しで赤津奈々を睨んでいた。
僕は女子同士の陰湿な関係に巻き込まれたくはなかったので、素知らぬフリして自分の席へと戻っていった。




