②⑧ ちんこ刑事(デカ)
三田に呼び出されこっ酷く叱られた木下はがっくりと肩を落としながら、男子寮へと向かう帰路をとぼとぼと歩いていた。
本音を言えば酒でもかっくらって、愚痴や文句を垂れるだけ垂れ流し店員に絡み、管を巻いて放り出されるくらいに酒を呑みたかった。
浴びるほどってやつだ。だが、まかりなりにも自分は刑事だ。酔っ払い過ぎて警察にやっかいになる訳にはいかない。
そんな事をしでかしたら、良くて、地方の交番勤務に格下げ、悪ければ懲戒免職だ。
流石の木下でもそんな馬鹿な事はしてはいけないと、気付けるくらいの頭は持っていた。
だが正直なところ、自分は刑事には向いていないと思っている。警察官を職業に選んだのも親や親戚達が警察官だったからだ。
親を含め親戚の叔父さんや叔母さん達は、大した役職にはつけなかったが、一応、親族の殆どが警察一家の為、たった一年余りでここの刑事課に配属される事が出来たのだ。
親や親戚に刑事になったと伝えた時は、一同が集まり、パーティーを開くほど、大騒ぎだった。
「木下の家系から初めて刑事が誕生した!」
などと叔父さんは悲願達成したかのように涙を流しながら喜んだほどだった。
だが、現実は甘くなかった。元来、思った事を直ぐ口に出してしまう性格の為に警部には幾度と怒られたし、聞き込みの最中でさえ、一般市民に捜査情報を話してしまうなんてざらに起こしていた。
その度に始末書を書かされたがそれくらいでへこたれる木下ではなかった。何故なら親戚や親からの期待を一心に背負っていたからだ。
刑事という花形役職を手放す訳にはいかないとの強い気持ちもあった。だが、それは泡沢を犯人と間違えて殴り倒す前までの話だった。
三田に住所を教わり、犯人がいるかもしれないから用心しろと忠告を受け、手柄、あげてこいと送り出してくれたのにこのザマだ。
少々のミスなら始末書だけで済む。だが今回はそれだけじゃ済まなさそうな予感がした。
犯人と間違え、同僚を殴り倒したのだから。
せめて犯人逮捕に至っていたならば、笑い話で済んだのだろうが、そっちもまんまと逃げられてしまっては目も当てられない。
出るのは溜息ばかりで、寮を目の前にしても戻る気持ちになれなかった。やはりここは酒でも飲まなきゃやってられないな。そう思った木下は踵を返し、来た道を戻ろうとした。
その時だった。
「木下さん?ですよね」
暗がりで、顔は良く見えないが声に聞き覚えがあった。
「少し付き合ってもらえませんか?」
「いいよ」
声の主は木下がそういうと微笑んだように思えた。
数メートル先を歩くその後ろ姿に、木下はある違和感を感じた。スーツを着ているのだが、まるで現場検証に来たばかりのように、白い手袋をしている。
こいつは普段から手袋してるのか?訝しんだ木下はその事を尋ねてみた。
「そうですね。泡沢さんのパートナーに決まってから、手袋は付けておくように意識はしてます」
「どうして?」
「木下さんはまだご存知ないでしょうから、お話しますが、パートナーになってからずっと泡沢さんのシコりは私がさせてもらってます。だから、出来る限り肌荒れをしない為に、潤った手と指で、泡沢さんのちんこに触れなければいけないと考えこのように手袋は欠かさないようにしてるのですよ。俗に言う手タレと同じですね」
「気持ちはわかるけど、お前がそこまでする必要はないのじゃないか?シコるなら自分で出来るからな」
「それはわかりますよ。ですが、私はパートナーですし、どうせ出さなければならないのなら、より気持ち良く、尚且つ、興奮した方がよくないですか?」
「ま、ぁ。男ならそう思うだろうな」
「でしょう?だから私の役割として、責任を持ってシコるために手袋は必須なのですよ」
「ふーん。ま、お前達の問題だから、俺には関係ないからな。好きにやればいい」
「言われなくてもそうしますから」
「で。俺に何のようなんだ?」
「何の用?そんなの決まってるじゃないですか」
チッチはいい、路地を左に曲がった。
そちらは街灯も少なくかなり暗かった。
木下はひょっとしたら、俺もシコられるのかな?とニヤけながらチッチの後についていく。
「ま、有り得ないけどな」
と1人つぶやいた。
瞬間、暗がりからこちらに向かって来た人とぶつかった。
「あら?ドジな刑事さんじゃない?」
暗がりの中、目を凝らし見るとそこには、桜井真緒子が立っていた。
「お、前!」
木下が、桜井真緒子に掴みかかろうとしたその時、前からチッチの呻き声が聞こえて来た。
「き、気をつけ…」
その声で、木下は思わず桜井真緒子から飛び退いた。が、喉に突起物が突き刺さった。同時に熱いものが流れ出した。直ぐに呼吸が出来なくなり、どこかしらで空気が漏れるスーヒースーヒーという音が聞こえた。
それは自分からさほど遠くない場所から聞こえてきたかと思った瞬間、膝から崩れ落ちた。
「貴方は、私とあいつの遊びを邪魔した罰を受けなきゃいけないのよ。この女もね」
桜井真緒子はいい、倒れた木下を踏み付けそのまま姿を消した。
遠のく足音を他所に、木下は必死でチッチの名を呼んだが、チッチからの返事はなかった。
木下はまたどじったなぁ。三田さんに怒られるじゃねーかと、仰向けになり天井を見上げた。
意識が薄れていく中、また別な足音がこちらに近づいてくる。お腹の辺りで止まった。
「泡沢先輩は私達の大事なおもちゃですからね。それを破壊するような奴は生きていたらダメですよ」
声に聞き覚えがあった。そして微かな意識の中で木下が見たものは、あの白い手袋だった。その手が、空気が漏れ出している首に押し付けられた。
あー。刑事失格だなぁ。叔父さん達に怒られるかもなぁ。木下は遠のく意識の中でそう思いながら涙を流した。と同時に小さな舌打ちと、わざとらしい悲鳴を聞いた気がした。
了




