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意外と眠れたな、と朝陽があたるカーテンを見ながら泡沢はそう思った。ゆっくりと上体を起こす。
今日は署内の刑事全員で手分けをして区内の工具店を回る予定だ。
勿論、犯人が区外で工具を購入した可能性の方が高い。それは足がつく可能性が高いからだ。
今ではあちこちに防犯カメラも設置されており、購入履歴なども簡単にわかってしまう。
勿論、顔認証や証明写真が必須な劇薬などではない為、身元判明までには至らないだろうが捜査としては一歩前進する筈だ。こういった地道な捜査から得られるものは計り知れない。
犯人逮捕に繋がる手掛かりが見つかるのが1番良いのだが、何より足を使って捜査をする刑事達のモチベーションが上がるのが何よりも重要な事なのだ。
よし!行けるぞ!といった希望が、中々捜査に進展がない事件の場合、特に刑事達を奮い立たせるのだ。
泡沢はベッドから降りてバスルームに向かった。
シャワーを浴びてからコーヒーを淹れる。
泡沢自身、コーヒーに限っては一年中、ホットしか飲まない。真夏の暑い朝でも昼でもそれは変わらなかった。
何故アイスコーヒーにしないのかと聞かれても泡沢自身、明確な理由があるわけではなかったので、温かい方が好きなんだと答えるしか出来なかった。
お腹が緩い為、冷たい物は避けているというような理由はなかった。
だから今朝も変わらずにホットコーヒーを淹れ、タバコに火を付けた。
これは朝の泡沢のルーティーンでもあった。
必ず、朝だけタバコを一本吸うのだ。
その他では絶対に吸わないし、吸いたくなる事もない。だが、朝だけは、この一本がとても大切だった。
所謂、至福のひとときというのだろうか。それを終えてから顔を洗い歯を磨きマウスウォッシュを丁寧に行い、着替えをして部屋を出た。
駐車場までの時間、泡沢は頭の中で事件を整理していく。事件が起きてない場合は必ず過去の事件を掘り下げる。
そうする事で余計な雑念を排除する事が出来、尚且つ頭の働きを事件一本に絞り、集中力を高める事が出来るのだ。駐車場まで約徒歩で10分近く、そのような事を繰り返しながら、泡沢は車に乗り込んだ。
署に着くと今日、自分達が回る区域が既に指定されていて、その一覧がデスクに置かれてあった。
阿佐ヶ谷近辺が自分とチッチの担当区域だった。それを遅れて来たチッチに手渡す。
「先輩、おはようございます」
「おはよう これが今日、回るリストだ」
「その事で相談があるのですけど、良いですか?」
「何?」
泡沢がそういうとチッチは泡沢の手を引いて部署内から連れ出した。
周りに人がいない事を確認した後、チッチが小声で話し出した。
「昨日、帰宅してから思ったのですけど工具店を回るってのはめちゃくちゃ効率わるくないですか?」
「まあ、悪いかもしれないけど、バラバラにする為に使われた凶器の特典と、購入した者の存在感を洗い出にはこの方法が1番だろ」
「そうですけど、でもハッキリと凶器がわかったわけじゃないですよね?」
「まぁ、今の所、とても鋭利な物、とまでしかわかっていないな」
「という事はですよ?刃物ではないかも知れないって事ですよね?」
「人体をバラす為に使われた鋭利な物と言えば
ほぼ刃物しか無いだろ?だから皆、口には出さないが、ここ数ヶ月の刃物の購入した者に当たりをつけて回る筈だ」
「でもですよ?例えばチェーンソーで切断した後で、ノミとかカンナで綺麗に削って切断面を綺麗にする事も出来ますよね?」
「出来るだろうが、でも、それだと骨の部分が削られたって事ぐらいはわかるだろ?検死の結果で削られたのが分かれば刃物ではなく、そういった物の購入者や、大工などを当たれと指示が出る筈だ。だが、そういった事はなかった。つまり鋭利な物でスパッとやられたわけだ。けど、そんな事、常人の力では出来やしない。だからホシはプロレスラー並みの体躯の持ち主で、神草を何らかの台に固定した後で、肉切り包丁みたいな物を使い切断したのではないか?と、他の班の連中が話していたよ」
「他の班の考えですか」
チッチはいい苦笑いした。
「まぁ、あながち有り得ない話でもないからな」
「ですね…けど私の考えは違います」
真剣な眼差しで泡沢を見つめて来た。
「どう違う?」
「レーザーメスです。というか、レーザー加工機みたいな物でバラバラにされたのではないかと思ったわけです」
「なるほど…確かにその線もあるな。全く考えもしなかったよ」
「だから、私、今日は貴金属加工などをやってる工場などをあたりたいのですが、良いですか?」
「あたるといっても、一体、工場が何件あると思ってるんだ?」
「ゆうに100は超えてます」
「そんな数、1人じゃ回れるわけないだろ」
泡沢はいい、腕組みをしばらく考え始めた。
「今はこんなご時世だ。コロナ禍で中小企業や、小さな工場なんか潰れてしまっているかも知れない。それにだ、健在してる工場で人体をバラすにはリスクが高くないか?」
「ですが、潰れた工場であれば人に見られる事はないのではありませんか?」
「あ、なるほどそういう事か。確かにそのような場所なら死体をバラすにはもってこいだ」
「ですよね」
明らかに工場は盲点だった。刑事課の全員はチッチのような思考に誰一人至って無いだろう。三田はわからないが。
「なら先輩、潰れた工場のみ当たって来るので、単独行動、許してもらえますか?」
一瞬、泡沢は迷ったが、チッチが考えついたものだ。
反対はしたくない。だからといって、2人でそちらに行ってしまえば、充てがわれた区域でも聞き込みが出来なくなる。仕方ないなと泡沢は思った。
「良いよ。だが充分気をつけろよ?」
「ありがとうございます!」
「潰れた工場内に、ホシが身を隠している可能性も考慮して動くんだぞ?」
「大丈夫です!任せてください」
チッチはとても嬉しそうにそう言った。




