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 ②①

現場に着くと泡沢は見張りの警察官に挨拶をしてから、立ち入り禁止のテープを潜り店内へと入っていった。


昼間は野次馬が大勢いたが、今は夕食時というのも重なってか、商店街を行き来する人々は通りすがりに店をチラ見をする程度だった。


実際問題、薄暗い店内を見た所で、新たに何かを見つける事が出来るとは思わなかった。けれど出来る事はある。


大の大人が背後から何回も殴られているのだ。余程の仲か親しい人間でしかこのような殺し方は出来ない筈だ。


見知らぬ人間が相手ならば、そう簡単に背中を見せる筈がない。ましてや襲われたのは仕込みの最中だ。それなりに朝早い時間からやっていたとはいえ目の前は商店街だし、少なくとも人通りもあったと思われる。


なのに近所の聞き込みの結果は誰も悲鳴や言い争う声を聞いていない。そんな馬鹿な話はない。


自分が殺されるとなれば、物音や悲鳴を必死にあげ、逃げ惑う筈だし見ず知らずの人間が店内に入って来たのならば、争った形跡があって然るべきだ。


だが解剖の結果、店主の体には防御瘡はなかったとの報告を受けている。


つまり、大の大人が後頭部を幾度となく殴られる前でさえ、自分の背後に殺人犯が迫っていたのに気づかなかったわけだ。


そんな状況下であったのなら、絶対的に店主が油断するほどの顔見知りの人間の犯行でしか考えられなかった。


だからこそ、先ず最初に従業員達へ任意の聴取を、行ったのだ。


確かにいきなり鈍器なような物で頭部を殴打されれば、意識を失う可能性は高い。だから悲鳴や言い争う声を誰一人聞いてないというのもあり得ないわけではない。


だがここは人気ラーメン屋だ。店内に誰か入っていけば、通行人の誰かが見ていてもおかしくない筈だ。


いや、決めつけはダメだと泡沢は思った。自分が通勤中は何している?いつも通る道を歩きながら、回りを見ているか?すれ違う人の顔を覚えているか?良く行く松屋を出入りしている人間をみているか?見ていなかった。


つまりだ。朝という時間帯は、誰もが他人に無関心である時間帯なのだ。寝起きだし、仕事や学校に行かなければと思うと憂鬱にもなるだろう。


そんな中で、ラーメン屋の事を注意深く観察するか?するわけがない。という事は目撃者も言い争う声もあったとは考えにくいか。聞いたものがいないのは当然の結果なのかもしれなかった。


やはりあの第3の女の犯行だと泡沢は思った。

従業員達が店内に入る時は必ず挨拶するだろうし、店長なわけだから、アルバイトや従業員が何時に来る事くらいはわかっている筈だ。


働いている期間が長ければ足音でわかったりもする。

すり足の奴。早歩きの奴、蹴り足の奴、などと人の歩きにはその人特有の癖が出てるものなのだ。


だから従業員が犯人だとしたら店主には誰かはわかったと思うし、簡単にやられるとも泡沢には思えなかった。


それは雇い主として、従業員の反発はもっとも悔しい事であり、悲しく寂しいものだからだ。


だが、実際はいとも簡単に殺されてしまった。

この動作は慣れていなければ出来ない事だ。従業員や神草早苗に出来るか?否だ。初めてであればあるほど、人は必ず奇声や怒声が自然と口をついて出る。憎しみがあれば尚更だ。


そうであるのであれば、言い争う声は聞かれていて然るべきだ。だがそれは無い。つまりは手慣れた、人を背後から襲おうとして声も出さず静かに近寄れる人間でしか出来ない犯行だという事だ。


それが第3の女であるかはわからないが、ラーメン屋の店主を殴り殺し衣服を脱がし寸胴の中に入れ、人1人を煮込んだ犯人は絶対に過去にも何かしらの犯罪を犯している筈だ。人を襲う事に躊躇せず平然と実行に移せる冷酷な奴の犯行に違いないと泡沢は思った。


だがそれが誰なのか、1番重要な事が泡沢には全くわからなかった。


チンポも、無反応を決めつけていて店内からは手掛かりになるような物は見つけられなかった。

自然と溜息がついて出る。諦めて店から出た時、電話が鳴った。三田からだった。


神草早苗がバラバラ死体で発見されたらしかった。

杉並区のあちこちの公園にゴミ箱の中に、ゴミ袋に入れられて捨てられていたようだった。


その内、胴体部だけは、トーテムポールの上に設置されてあったらしい。だから見つけるのに時間がかかったのかもしれなかった。その胴体部には中学生が着るような半袖の体操着が着せられており、胸に縫いつけてあるネームプレートに神草早苗と名前が書かれていたようだった。


「直ぐに向かいます!」


「いや、そっちは警部達に任せて、お前はお前の仕事をしろ」


「え、でも、神草早苗を見たらまた何か得られるかもしれませんし…」


「死体から犯人の手掛かりを得られるのか?得られるなら行ってもいいぞ?」


泡沢は返事が出来なかった。何も超能力で犯人の名前や顔を見つけられるわけではないのだ。


あくまで手掛かりとなる物証に反応し、それを作った製造元や卸している会社、販売店を当たり、犯人へと近づけるのだ。だから今回は…


「体操着があります!そこから辿れば…」


「そんな事は警部がとっくにやらせてるだろ?」


「そう、ですね…」


「なぁ。泡沢、少し休んだらどうだ?今までだってお前には随分助けられてきた。犯人に1番近い物証を見つけてくれるお陰で、無駄足を踏まなくて済んでいたんだ。それが今回のヤマは、いきなりパートナーをつけられて戸惑っただろう?何もお前の能力を疑っているわけではないさ。俺だってお前のいう第3の女が臭いと思っている。だが、そいつに繋がる物は何一つ出なかったわけじゃないか?そうだろ?それなのに気持ちばかり先走っては捜査ミスをしかねない。わかるよな?」


「わかります。ですが、休みたくはありません」


「俺が言ってるのは、有給を取れとかそういう事じゃない。気持ちを休めろと言っているんだ。気分が落ち着く音楽を聴くとか、読書とか、自分が非番の時、ゆったりまったり出来る物や場所が何かあるだろう?要するに一度そこに行くなりなんなりして、気持ちを休めて来いって事だ」 


三田は言うと一方的に電話を切った。


泡沢は重くなった気持ちのまま、車に戻っていった。


署に向かいながら、泡沢は三田の言った言葉を思い返していた。


リラックスできるもの。音楽やら漫画、アニメは大好きだが、それでリラックスできるかは自信がなかった。


何をすれば良いんだよと愚痴りながら、気づいたら自宅付近まで来てしまっていた。


不意に目についた古ぼけた喫茶店を眺めていたら、後ろから激しくクラクションを鳴らされ慌てて車を出した。


その直ぐ後に、数ヶ月前に古ぼけた喫茶店に入った事を思い出した。店内には九官鳥が放し飼いにされていて、確かヒーリング音楽が流れていた。そこでモーニングのフレンチトーストを食べたのだ。


泡沢は、パーキングに車を止めて急ぎ足でその喫茶店へと向かっていった。


店内は薄暗く決して綺麗な内装とは言い難かった。

今時、喫煙可も珍しい。だが今の泡沢にはどうでも良かった。


夕飯時のフレンチトーストはモーニング限定品で注文外だったが、泡沢のお願いにオーナーは快く快諾してくれた。


甘すぎないフレンチトーストは泡沢の頬を緩ませた。

非番の時、散歩中に偶然見つけたこの店に入りフレンチトーストを食べ、幸せな気分になった事を泡沢は思い出した。


自然、顔が綻び事件の事など完全に忘れてしまっていた。


ゆっくりと咀嚼し、オーナーに丁寧にお礼をいい店を出た。車に戻るまで事件の事などすっかり頭から無くなっていた。


それを現実に呼び戻したのはチッチからの電話だった。どうやら、スマホを車内に落としてきていたらしい。着信が8回もあり、全てチッチからだった。


鳴り終わるのを待ってからこちらから掛け直した。


「悪い。スマホ置き忘れていたよ」


「先輩、どこ行ってたんですか?私達パートナーですよ?バラで動くならせめて行き場所くらい教えておいてもらわないと死んだ時、発見出来ませんよ?」


「勝手に殺すなよ」


泡沢はチッチの言い草に微笑みながらそう言い、ダッシュボードから遠隔バイヴのリモコンを取り出した。スイッチを入れてみるがチッチは普通に愚痴を言い続けている。距離が離れすぎているのだなと思いながら


「バイヴ、外したのか?」と聞いた。


「外すわけないでしょう。サプライズで来るかもしれないですからね」


「変態かよ!」


泡沢は笑いながらそう言い、今から署に戻るからと付け足し電話を切った。


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