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 ⑨⑨

その場で理科の授業は中止となり永剛以外の生徒は先生の指示に従い教室へ戻される事になった。


「残りの時間、自習にする。いいか?くれぐれも騒ぐんじゃないぞ?」


1人理科室に残された永剛は理科の先生が戻って来るまで、ここから出ないよう厳しく忠告された。


その間、永剛は椅子に座って潰れたウシガエルを眺めていた。立ったり座ったり、時に位置を変えたりしながら様々な角度から舐め回すようにウシガエルの死体を眺めた。


だが命を失った生き物を見ても永剛は何も感じなかった。やはり、叩く側と叩かれる側、そして潰す側と潰される側が唯一同じ世界を共有出来るのは、死に至る瞬間だけだと思った。


そこにだけ裸になった互いの命が曝け出され、その者の全てが凝縮されているのだ。それ以外には何の価値もないと永剛は思った。どうせ死のうが死ぬまいがどうでもいい存在でしかないのだ。ほっといてもまた、多くのウシガエルは産まれて来る。つまり、殺す事で新たなウシガエルが産まれるというわけだ。だからウシガエルの死骸を見ても何の感情も浮かばなかったのは、永剛からしてみれば当然の事だった。


先生は理科室に戻って来るなり、連れて来た永剛の担任に向かって彼ですと言った。


「英が、いきなりカエルを殴り殺したんですよ」


理科の先生の言葉に間違いがあり、反論したかったが、やめておく事にした。反論する事で小学生時代に燃やされたゴキブリの標本のように再び永剛の大切な物を奪われ燃やされると思ったからだ。殴り殺したわけじゃない。


「叩き、潰した」だけだ。


「英?どうしてそんな酷い事をしたんだ?」


「酷いですか?」


「酷いだろ?そんな当たり前の事もわからないのか?」


言った後で、担任は理科の先生に後は任せてくださいと告げた。


「なら解剖は酷くないのですか?」


「それは君達の後学の為に致し方なくやらなきゃいけない事なんだよ。小林先生だって好きで解剖をしているわけじゃない。それに解剖が終わったらお腹を縫い、また自然に返すつもりだったんだぞ?」


そっちの方が残酷だと永剛は思った。

担任の先生はウシガエルのこの状況を人間に置き換えたらどう感じるのだろう?と思った。


拉致され、手術され臓器をいじくり回された挙句、捨てられたらその後、それまでと同じような生活が出来ると思うのか?無理だ。自分なら拉致された時点で殺して欲しいと思う。この問いを担任にぶつけようとしたが、永剛を思い留まった。


「とにかくお前がした事はクラス全員にショックを与えた。解剖自体も痛々しのに、それに輪をかけるように残酷に殺したんだ。そのせいで理科の実験まで中止せざる終えなくなったんだ。英、お前はこの事で皆んなから責められて当然の事をしたんだ」


責めたければ責めればいい。そんなのは慣れっこだ。これまでだって散々陰口を言われ続けて来たんだ。どうって事はない。


「とにかく今日は帰りなさい。帰って自分のした事を深く反省するんだ。そして明日の朝、全員に謝罪するんだ」


永剛は黙って聞いていた。謝って欲しいのはこっちの方だ。自分が捕まえて来たウシガエルなんだぞ?どうしようが勝手じゃないか。それにそもそも先生もいけないんだ。あんなつまらない解剖なんてするからだ。


(はなぶさ)返事は?」


永剛は渋々と言った感じで、小さな声ではいと言った。


「で、このカエルはどうするつもりなんだ?」


「僕が片付けます」


「片付ける、じゃない。ちゃんと裏庭の花壇の近くに埋めて供養してやるんだ。綺麗な花の側に埋めてやれば、カエルだって嬉しいだろ?そんな場所にお前の手で供養費てあげる事で、カエルも英がした事は許してくれる筈だ」


ウシガエルが僕を許す?その前にウシガエルを僕に捕まえて来いと言ったクラスメイトや先生を憎む筈だ。そんな事をしなければ僕に捕まえられる事もなかった。解剖をしたいというなら絵を使えば説明だって出来た筈だ。無理に生々しさを求めたのは単に先生自身が生きたカエルを解剖したかっただけじゃないのか。なのに何故僕がウシガエルに許して貰わなければいけないのか。死んだウシガエルがする事は僕を許す事ではなく、僕に捕まえろと命令した奴ら全てを恨むべきだ。だが永剛は静かに頷いた。それを返事と受け取った担任は1人先に理科室から出ていった。


担任が出て行った後で、永剛は理科室の棚を漁った。小さなゴミ袋を見つけ、その中にウシガエルの死骸を入れた。解剖皿やその他の器具はそのままにしておいた。その内、理科の先生が戻って来て片付けるだろう。永剛はゴミ袋を持って校舎を出た。裏庭に周り、花壇の側に立つ。その付近に穴を堀り、側にあった豆腐大の石をいれてそれをウシガエル代わりに埋めた。そして永剛はゴミ袋を制服のポケットに押し込んだ。そんな面倒な事はせず最初からポケットに入れたら良かったが、永剛は花壇へ行ったという事実が欲しかったのだ。それは何処で誰の目が永剛に向けられているのかわからないからそうしたまでの事に過ぎなかった。


ポケットにウシガエルの死骸を入れたまま教室へ戻った。自習中にも関わらず、席を離れ小声で話をしている奴らばかりだった。永剛が教室に入って来るといきなりだったせいか、席を離れていた連中は慌ててこちらへ振り向いた。他のクラスの先生が注意しに来たのだと思ったのだろう。


それが入って来たのが永剛だった為、驚かされた怨みと、理科室で目の当たりにした事についての両方の気持ちが重なり、皆が皆、永剛を睨みつけていた。永剛はその多数の視線を交わしながら自分の席に戻ると鞄を取り机の上に置いた。机の中から教科書を取り出している最中、ベランダの方からいきなり複数の破裂音が鳴り響いた。窓際の席の生徒達はその音に驚き声をあげながら席を離れた。永剛は教科書を持った手を止め音のしたベランダの方へ視線を走らせた。じっと見ていると校舎の上階から糸のような物が垂れて来ていた。よく見ると糸の先にはカエルが、恐らく永剛が捕まえて来たウシガエルが結ばれウシガエルの肛門付近から煙が噴き出していた。


誰かが「爆竹だっ」と声を荒げた。


同時に爆竹が爆ぜ、ウシガエルの右後脚が吹っ飛んだ。それが窓ガラスに当たり、滑るようにベランダへと落ちて行く。上階で握られていたであろう糸が離されにウシガエルもろとも永剛達の教室のベランダへと落ちて来た。すかさず二本の糸とウシガエルが降ろされて来た。今度はウシガエルの身体中に爆竹がくっつけられていた。それがベランダの空中で止まり爆発音と共にウシガエルの身体が千切れバラバラに四方へと飛び散った。


「英、これもお前が捕まえて来たカエルじゃねーだろーな!」


何処からかそのような声がした。隣のクラスで授業を行っていた教師が慌てて教室に飛び込んで来る。


「何があった!?」


その声に学級委員長がベランダを指差し説明する。


「上から落ちて来たんだな?」


殆どの生徒が同時に頷いた。

先生は直ぐに教室を飛び出して行った。

永剛は教科書を全て鞄に入れるとそのまま机に置いてベランダへと向かった。


窓を開けて外に出る。ポケットからゴミ袋を取り出し、バラバラになったウシガエルの残骸を1つ1つ拾い集め、ゴミ袋の中に押し込んだ。それを持ち教室内に戻った。一言も喋らず、永剛は鞄を持って教室を後にした。


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