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打ちどころが悪かったのか、しばらくの間、泡沢の意識はぼんやりとしていた。起きあがろうとすると、ふらつき吐き気を催した。
数名の署員に抱え上げられ、肩を借りて階下へ降り、車まで運ばれて行った。
ゴミ袋を積み込む為に開けられていたハイエースの後ろに腰をかける。誰かが気を利かせ冷たいお茶を買ってきてくれた。
それをズキズキ痛む側頭部に押し当てる。
まだ視界が定まらなかった。無理に焦点を合わせようとすれば気持ち悪くなる。しばらくはこのまま目を閉じてじっとしておくしか無さそうだ。
病院に行きましょうとチッチの声が聞こえて来たが、手を振って断った。
全くドジというか、情けないったらないなと泡沢は思った。油断していたわけではない。
歳をとったから?なんて全く思わない。確かに世間では20歳を越えたら既におじさんに分類されるのかも知れないがだからといって素直に、はい、おじさんですよと返せるほどまだ人間は出来ていなかった。むしろおじさんなんて呼ばれたら、お兄さんと言いなさいと諭しそうなくらいだ。だから反射神経が鈍くなったわけではないと、泡沢は強く思った。
ならどうして?あんな目にあった?考えると頭が痛んだ。転げ落ちた原因がある筈だが、それはこの頭痛と吐き気が収まってから考えるとしよう。今はとにかく休んで署員達が運び出しているゴミの山の中から手掛かりを掴むのが先決だった。勿論、一人で全部確認するつもりだった。そうしなければならない。
手掛かりは絶対に自分が掴む。三田に負けていられるか。ホシは自分が捕まえる、その気持ちが強かったが、現実はチッチとエッチをしたりする始末だった。
シコる事は必要不可欠だが、あんな風に抜く事はないのだ。だが、何故かチッチが側にいるとチンポが勃って仕方なかった。理性すら吹っ飛ばされたみたいに、チッチに触られたい欲求に駆られてしまっている。
だが、刑事として一人前になる為には欲望を止める必要があると泡沢は考えた。だが考え過ぎたせいか、また頭痛が始まった。
泡沢はチッチの肩を借りながら乗って来た車に乗った。
「署に戻りますね」
泡沢は頷いた。走り出すと同時に又、チンポが勃った。本当、どうしようもない。本人ですら自分の理性のなさに呆れてしまった。
「先輩、今、勃ってます?」
「どうしてそんな事、聞くんだ?」
「特に理由はないですけど…何となくですかね」
「ま、今更ながらだけど、チッチの想像通りだよ。正直、自分でもよくわからないんだ。言い方は悪いかもだけど、自分の性の嗜好がチッチにされた事全部がツボだったのかもしれない。つまり、責められるのが好きなのだと思う」
「ならドMって事でオッケーですね」
「いや、正直、自分ではドMとは思った事ないんだよ。というか、初めてチッチにシコられた時は、サプライズ的だっただろ?さっきだって、三田さんと話しながら握って来たし、恐らくそういうのがたまらなく好きみたいだ」
「まぁ。私からしたらドMでもドSでも、どうでもいいですけどね。だって先輩は事件の為に抜かなくちゃいけないわけですから。それならパートナーの私が手伝わない理由はありませんし、それに私だって性欲くらいありますから、それを後腐れない関係で、尚且つ仕事で処理出来るのは一石二鳥ですし」
そこに恋愛感情や罪悪感などの気持ちが現れ揺れ動かないのか?と問いたかったけど、止めておいた。チッチの口から「そんな事は全然ないですよ〜」と言われるのが怖かったのかもしれない。
「先輩、今、私運転中ですし、先輩も具合が悪そうだから、直ぐにシコってあげられないけど、でももう少しで署に着くのでそうしたら、してあげられるから、今は我慢してくださいね」
泡沢はチッチの言葉に返事をしなかった。運転する横顔をチラ見する。ショートカットがよく似合っている。若さ故か肌に艶があり張りもある。それに初々しさや、無邪気さが瞳に宿っていた。こういう女の子が彼女や奥さんだったら、明るい家庭になるだろうなぁと泡沢は思った。
今まで、幾ら可愛くて美人でも耳を出す程のショートカットの女性を良いと感じた事は1度もなかった。短くても肩まではある女性ばかりだった。だが、チッチを見ているとそれが偏見だった事に気付かされる。
好みはあるとしても、女の髪はこうあるべきだという決め付けで見ていたようだ。その人の良さを見ることを避けていたのかもしれない。耳の形だってセクシーにさえ思えてくる。ショートカットも中々良いな、そう思った時、三田が持っていた写真のショートカットの女を思い出した。チッチがあのような髪をしてたら似合うかな?とジッと見つめる。
「先輩、さっきからなんですか?」
「何が?って何だよ」
「私の事、ガン見してますよね?」
「あ、あぁ。悪かった」
「ガン見するのは地下駐車場についてからにしてください」
チッチは笑みを浮かべながらそう言った。
「いや、ま、それはいいとしてチッチはショートカットが似合うなと思って、つい見惚れてしまったよ」
「ありがとうございます」
「昔からショートカットなのか?」
「はい。長いのはめんどくさくて…だから1度もロングにした事はないかなぁ。長くても首、というか顎くらいまでですね。それくらいでも嫌でした。だからこれくらいが丁度いいんです」
「そうなんだ」
「はい。刈り上げでも良いくらいですよ」
とチッチは笑った。
「チッチなら、三田さんが持っていた写真に写っていた第三の女のようにほぼ坊主に近い短髪でも似合いそうだよな」
泡沢はいい、視線を前に向けようとした。その時、ハンドルを握るチッチの細い手が目に入った。柔らかいその手にいきなり力が入る。運転する事に緊張してるのか?と泡沢は思った。見通しも良く道路も広いのに緊張する理由が見当たらない。信号も青だ。何故いきなり手に力が入った?と泡沢は不可解に感じた。そして改めてチッチを眺める。写真の女のような短髪をイメージしてみた。似合っていた。
「似合うとしてもあそこまで短いのは嫌ですよー」
とチッチが言う。
「そうなのか 見てみたい気もするけどな」
泡沢はそう返した。その時だった。ゴミ屋敷のゴミの山を乗り越えて外に出ようとしたその時にみた光景を。確かチッチがポケットに何かをしまったのだ。それを不可解に思い注意が散漫になってゴミの山から転げ落ちたのだった。泡沢はその事を思い出した。
だが手掛かりになりそうな何かを発見したという話はチッチの口から出て来ていない。何かを見つけたのなら報告しても良さそうな筈だ。だがそれは未だにない。どういう事だ?泡沢が考えた時、また頭痛が起こった。
「署についたら教えてくれ」
泡沢はいいリクライニングを少しばかり倒して目を閉じた。




