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第一発見者のアルバイトの女性は菅原美沙子といい、都内に住む美容師専門の学校に通う学生だった。
年齢は19歳。ちょっと前までなら未成年として扱われる年齢だった。
発見から数時間経っていたおかげか、それとも鎮静剤か安定剤かはわからないが、その薬の作用のおかげだろう、今は落ち着きを取り戻しているようだった。
泡沢と古玉珠世は病室のベッドに横になっている菅原美沙子を見下ろす形で立っていた。
長時間は避けてくださいと看護士に忠告を受けたが、そんな事は無視するつもりでいた。
重症患者でもなし、ただ死体をみて気分が悪くなっただけの人間にそこまで気を遣う時間も必要もない。
そんな悠長な事をやってる時間などあるわけがないと思いはしたが、相手は仮にも女の子だ。
大の男でも吐き出す可能性のある死体を見たのだから、多少なり気は配らなくてはならないのだろう。
泡沢は考えを改め男の自分が話すより古玉珠世に任せた方が良さそうだと判断した。
一昔前の無骨でがさつな性格の刑事なら、女のチッチに任せるような事はせず、容疑者の可能性を含め半ば恫喝じみた尋問をしたのだろう。ましてや起こった事件は殺人だ。
それを刑事課に配属されたばかりの新米女性刑事に任せるなんて昔の刑事から言わせれば愚の骨頂と、拳が飛んできたかもしれない。
けれど泡沢はチッチに一任する事にした。
右も左も分からない新米のチッチが第一発見者の菅原美沙子にどう切り出し、何を聞き出す事が出来るか、泡沢は楽しみでもあり、見ものだと考えた。
「菅原美沙子さんですね?」
チッチはいい警察手帳を出した。
「事件の事で少しだけお話しさせて貰って良いかしら」
菅原美沙子は小さく頷いた。
「ではまず最初に貴女が店長を発見するに至った経緯を教えて下さい」
菅原美沙子は自宅を出てから死体を発見するまでを事細かく説明した。よくそんな些細な事まで覚えているなと感心させられた程だった。
「横断歩道ですれ違ったそのお婆さんは、お年寄りが使う四輪の推し車みたいな物を押していて、何やらぶつぶつと独り言をつぶやいていました。その声がなんだか不快に思ったのでそちらをみたら、お婆さん、両手に軍手をしていたんです。寒くもないのに何故かなーと思いました。ひょっとしたら火傷を隠す為に軍手をしてるのかも、と考えたりもしました。
で、横断歩道を渡り切った時、妙に気になったので、私は振り返ってそちらを見るとお婆さんは電信柱の前に腰を下ろして祈っていたんです。花も添えられていました。きっとあの押し車についてる籠の中に入っていたのだと思います。私は、あそこで亡くなった方がいて、その方はあのお婆さんの親族か家族なのかもしれないと思い、私は歩を進めながら胸の中で両手を合わしました。それから直ぐに悲鳴が聞こえました。振り返るとそのお婆さん頭から何かを被っていました。その何かはすぐにわかりました。臭いが風に流されたんですね。想像に難くないと思いますが、それはガソリンのようでした。臭いと思う前にお婆さんは燃え始めていました。私は助けに行こうと思いましたが、信号も赤でしたし、バイトの時間にも遅れそうだったので、お婆さんを助けるのは道路の向こう側にいる人に任せれば良いと考え、お店へ向かいました。そして店に来たらあんな悲惨な事に遭遇しちゃって…」
「悲惨という点ではお婆さんも同じだと思うけど、気になったりはしなかったのかい?」
と泡沢はチッチの聴取に思わず割り込んでしまった。
「思わなかったです」
「どうして?君の話から想像したら、お婆さんは焼身自殺をしたのだよ?それを見たのだから普通なら気になると思うけどね」
「そうですか?そうかなぁ。うん。そうなんだね」
「ん?」
「いえ。普通は、ってのがどうにも理解出来なくて……すいません。ですが私は気にならなかったです。だってお婆さんは道路を挟んだ反対側なのだから私に出来る事は何一つありませんよね?刑事さん、そうおもいませんか?」
「思う思うよ。貴女の気持ちよくわかります」
と古玉珠世が相槌をうった。
わからねーよと思わず口に出かかったが、泡沢はそれを我慢した。
「とにかく、そんな事があっても、何とか時間前に店に着きました。まぁ。着いたらあんな店長の姿を発見したのだから、遅刻した方が良かったです」
「まぁ。普通の人なら腰を抜かすか、びっくりして逃げ出しますが、貴女は強い女性なのでしょう。しっかり警察に連絡頂けたわけですから」
「そうかもしれません」
菅原美沙子は謙遜する事なくそう言い切った。その言葉が鼻についた泡沢は彼女に尋ねた。
「阿鼻叫喚の叫びを上げながら焼けるお婆さんと店長のどちらが怖かったですか?」
「勿論、店長に決まってるじゃないですか。だって寸胴の中に裸で入っていたんですよ?そちらが怖いに決まってます」
「お婆さんだって充分怖いと思うけどね。ま、感覚はそれぞれだから良いけどけど後世の為に聞かせて欲しい。君はどうしてお婆さんの方は怖くないわけ?」
「道路を挟んだ向こう側にいたからに決まってるじゃないですか。それに比べて店長は私の目の前にいましたから」
「話が横道にそれましたが」
とチッチが言いながら泡沢の足を踏み付けた。邪魔をするなという事なのだろう。チッチに任せたのは泡沢自身だ。だから余計にチッチは腹がたったのかもしれない。
「ところで菅原さん、貴女、店長とヤリましたか?」
何を聞くんだよ!と泡沢がチッチの足を踏み返そうとした。チッチは上手く避け、菅原の方へ身を乗り出すような態勢を取った。
「やってません。幾ら人気店の店長だとしても、人気なんてものは直ぐになくなったりしますし、そうなったら安定の生活は送れません。それだったら店長と寝るよりは他の人を探しますね」
泡沢は女はシビアだなぁとおもいながら、チッチに肘打ちをした。この菅原美沙子には勃起はしなかった。つまり何も掴めないという事だ。
だがチッチの経験を積むには丁度いいと泡沢は考えたわけだ。だからといっていつまでもダラダラ話を続けるのは時間の無駄だ。だからこその肘打ちだった。
「やらなかったんだぁ。でも、やっておけば良かったですね」
チッチが言った。
「どうしてです?」
「だって店長さん、撲殺されて死んじゃったんですよ?もしやってたら、記念になるじゃないですか?」
「生憎、私、明日この人が亡くなるかもだから、記念に寝とこうなんて思考は持ち合わせていませんので」
「その考え勿体無いですよ?」
チッチが言った。泡沢は慌ててチッチの腕を取り、菅原に頭を下げた。また話を伺うかもしれないという事だけを伝え頭を下げた。
「帰るぞ」
チッチは泡沢の言葉を無視した
「私、刑事だからよくわかるんです。いつ死んでもおかしくない人は数多いると。だから私はね。この人がいつ死んでも良いようにやろうとしたら断れました。あり得ます?ざけんな!て感じですけど、でも致し方ありません。やる前にでちゃいましたからね」
「俺の話はいいぃー!」
泡沢はチッチの腕を無理矢理引っ張って病室から出て行った。




