⑥⑨
自転車を止めてある場所まで向かいながら、顔や腕についたと思われる返り血を手で拭った。
陽はかなり落ちていたから明るい場所に出ない限り返り血を浴びた僕の姿が他人にバレる事はない。
自転車の鍵を差し込みながら赤津悠太の捜索願いは直ぐには出されないだろうと思った。頻繁に遊びに出るような奴だ。1日、2日帰って来なくても両親も赤津もさして心配はしない筈だ。
ただ公衆トイレの定期清掃員に見つかる可能性はあった。だが逃げる前にトイレ内に張り出されてあった定期清掃のスケジュールを確認したら次に来るのは5日後だった。
だからこの5日間は恐らく赤津悠太の死体は、定期清掃員には見つからないのではないかと思う。
たが不安がないわけではなかった。トイレをしに来た人間が開きそうな戸を無理矢理に押し開けようとするかもしれないという事があるからだ。それをされると死体の発見は恐らく早まる。だがそれが何だというのだ。
早ければヤバいとか遅ければバレないとかそういう根拠めいたものは何一つないのだ。
でも当たり前だがバレずにいるのが一番良いに決まっている。正直、家に死体を持ち帰り鰐に食わせてあげたかった。最近はめっきり魚のみだし、水槽の掃除をしていなかいから実際、魚を食べているかも怪しいものだ。
鰐が空腹をどれだけ我慢出来るか知らないけど、出来る限り早く肉を食べさせてあげたい。様々なそんな風な事を思いながら僕は自宅に戻ると急いで衣類を脱ぎ捨て洗濯機に投げ入れた。液体洗剤と柔軟剤を入れスイッチを押す。その間にお風呂場でシャワーを浴びた。
上がると部屋に戻り筋トレをしようと思ったが疲労感に襲われてその気力を失った。
しばらく後で夕飯の準備が出来たとお母さんから声がかかった。階下に降りて家族団欒で夕飯を食べている時、僕はある事に気がついた。
さっきからお爺ちゃんが夕飯を一口も口にしていなかったのだ。病気のせいで食欲もないのかもしれないがそれについて敢えて言葉にするような事はしなかった。
普段と違うような言動を取ればお爺ちゃんも悪い風に詮索しかねない。だから何も変えずいつもの自分と同じようにそんなに会話をしない僕として振る舞った。
それよりも僕はこの夏を最後にお爺ちゃんの生きている姿は見れなくなるのだろうとその姿を見ながら思った。
覚悟を決めるとかそんな大袈裟な事は思わない。ただいなくなるだけに過ぎない。それが悲しい事なのかどうかはまだ経験した事がなかったから、やがて訪れるお爺ちゃんの死はある意味楽しみでもあった。
赤津の言う所の、愛している者の死を初めて経験出来るわけだ。ただ僕の場合、その死は病魔によって殺されるのと、赤津のように人間の手で殺されたという違いはあるが、死ぬという意味では同じだった。
だから出来る事ならお爺ちゃんもゆっくり死ぬのではなく、突然死んで欲しかった。でなければ赤津の気持ちがわからないからだ。僕は何も食べないお爺ちゃんを見ながら突然死んでねと思い微笑んだ。
僕の想像とは違って赤津悠太の死体は翌日に発見された。お昼の速報でそのニュースが流れた時、正直、ガッカリした。それでは腐敗し嫌な臭いを放つ前に見つかった事になる。
身体中からウジが這い出てたりするまで見つからないで欲しかったというのが正直な気持ちだった。だが見つかったのであれば仕方がない。
僕はミニシアターの件の事から自分が殺人を犯しても捕まるとは思わなかった。
警察に僕の指紋が登録しているわけでもなく、DNAだって犯人が10代男性と特定されたとしても、全10代の男性のDNAを採取するのは不可能に近い筈だ。産まれた時、全ての赤ん坊からDNAと指紋を採取し、警察に登録されているのであれば、簡単に捕まってしまうだろうけど、そうならないのは未解決事件がある時点で、そのような事は行っていないという何よりの証拠だった。
だが近い未来、将来の犯罪者認定を迅速に進める為に警察と病院が協力しあい、産まれた瞬間から
DNA採取や指紋摂取を行う可能性はあるだろう。
僕はTVを見ながらお婆ちゃんの「最近は人殺しの事件ばかり。本当悪い奴ばかりいるものですねぇ」という言葉に噴き出しそうになった。
もしお婆ちゃんが僕が犯人だとしったらどう思うだろう。腰を抜かすどころか気を失いそのまま死んでしまうかも知れない。それはそれで寂しいからバレないようにしなければ、と思った。
おまけにお父さんは処理人と来ている。この家の敷地内にある小屋で死体処理をしている事さえ知らないのはある意味奇跡的だった。
人は目の前の事には気づきにくい性質を持っているのかも知れない。夕飯を食べ片付けするよ?と言ったら珍しくお母さんが
「毎日のように片付けてもらってたら、お母さん何もしなくなるかもだよ?それは嫌でしょ?だからせめてお昼くらいお母さんがやるわ」
と言った。
「て事はお母さんさ」
「何?」
「夜はやってよって意味にも取れるんだけど?」
「さすが圭介。中々鋭いじゃない?」
どうやらお母さんは本気でそう思っているようだ。
「私に似たのね」
そうおちゃらけて舌を出してみたが誰もその事には突っ込まなかった。ただお父さんは、少し、本当に少しだけ笑ったように見えた。
お父さんは仕事の依頼が来ないことに対しての焦りは全く無さそうだった。なるようになると言った、半ば投げやり感とも違っていてどことなしか余裕すら感じられた。
今は僕が手伝いをしているから、お父さんの仕事に意識を持って見ているけれど、昔はそんな事はなかった。
ずっと家にいるなぁ。そんな感覚くらいのものだった。だが今、こうして一緒になって仕事に取り組む関係となるとやっぱり依頼の来ない日常への精神的対処が上手く出来てない感じは自分でも気づいていた。
だけどお父さんは我関せずみたいな雰囲気で淡々と日々のルーティンをこなしていた。きっと過去にも長期に渡り仕事の依頼が来なかった時があったのだろう。
その経験から今の余裕が生まれているのかも知れない。現実問題、このような仕事の依頼は無い方が良いのだ。何故ならそれだけ世の中にクズな人間が少ないという証にもなるからだ。だが僕は我慢出来そうになかった。
手当たり次第というわけではないが、僕という正義に反している奴等はやはり殺したいと思っていた。それでもしばらくは大人しくしている事が賢明だろう。
昼食後、緩めのストレッチをした後、死体が発見された以上、一刻も早く、名前を公表して欲しいと思った。
そうすれば赤津にLINEする口実が出来る。その発表があるまで僕は机に向かって勉強をした。集中力を失いそうになる度、スマホで話題のニュースをチェックした。
だが未だ赤津悠太の名前は何処にも掲載されていなかった。
夕方になるとお風呂掃除をして1番風呂に入った。身体のあちこちの部位には筋肉がつき始めて来ている。
まだ割れてはいないが腹筋もかなり硬くなった。継続は力なりとは良く言ったものだ。変化していく自分に喜びを覚え、より、自分自身に惚れ込んでいく。
それがトレーニングの強みであり危険な所かも知れない。要するにトレーニングジャンキーになってしまうからだ。だが僕はそれでいいと思っていた。
何故ならこの先、どんな相手と向かい合うかわからないからだ。だから鍛えておくに越した事はない。格闘技も習った方が良いかもと考えたのは一度や二度じゃない。が、僕には手斧という最凶の武器があった。
下手に格闘技を齧って殺害にバリエーションを増やしてしまえば、反撃をくらい、こちらがやられる場合もあるかもしれない。それを危惧して僕は格闘技は習わないと決めたのだ。どの道、殺害に正々堂々なんて精神は存在しない。僕にも皆無だった。だからこそ、5人もの大人な人間を殺す事が出来たのかもしれなかった。
夕食時、お爺ちゃんは寝室から出てくる事はなかった。お婆ちゃんはそれについて何も語らず、普段通りに笑顔でTVを見ていた。
両親2人も変わらずに夕食を取っていた。まるでこの家には最初からお爺ちゃんは存在してないかのような振る舞いだった。
その振る舞いに僕が戸惑う事は全くなかった。遅かれ早かれいずれはここにいる全員がいなくなる存在に過ぎないからだ。ただ早いか遅いかの違いだ。
僕は無性にお腹が空き普段滅多におかわりをしないくせに今夜は2杯もおかわりをした。身体がまだ成長しようとしているのかもしれない。
赤津悠太の名前がニュースで発表されたのは
翌日の夕方だった。僕はするべきトレーニングと夕食、そしてお風呂に入り部屋で待機した。
扇風機をつけ裸になる。スマホのLINEのアイコンを押す。トークの赤津の所を押すと自然と勃起し始めた。ペニスを弄りながら赤津に対して文字を打った。
「さっきニュースで赤津悠太って人が殺されたって見たけど、まさか赤津の知り合いとかじゃないよね?」
僕はこの瞬間を待っていた。僕のLINEに赤津が昨日の今日で返信してくるかはわからないが、とにかく僕はこういうやり方で赤津と連絡を取りたかったのだ。
だがいくら待っても既読はつかず、当然のように赤津から返信は来なかった。




