⑥⑦
絶望的で退廃的な心は失恋という鋭利な凶器によって僕の中に新たな傷を植え付けた。
赤津が悪いわけじゃない。赤津が憎いわけじゃない。
悪いのは赤津の心を、健気にも悲しみの淵にある中で努めて明るく振る舞っている赤津の心を、平気で踏み潰すような別な心が存在している事だ。
そんな心は赤津から離れるような事があろうとも、必ずきっと何処かで別の心を踏みつける。
許されない事だった。赤津とどう知り合い付き合うまでに至ったのかわからない。けれどそれは所詮、過去の話しだ。
どんな奇跡が起きようとも変えることは出来ないのだ。僕らの現在にあるのは後悔と未来を見つめる希望の2つしかない。
生きていく為にはその後悔をどれだけ減らしていけるかで良い人生を送れるのではないだろうか。僕は後悔はしない。決めた事に対して絶対に後悔はしない。改めてそう心に誓った。
あの後、僕は駅で別れた後、飛ばしていた自転車に急ブレーキをかけ駅まで引き返した。
そして必死に走って駅に飛び込む。間に合うとは思わなかった。でも今、赤津の後をつけ住所を特定しておかなければ、そう思って必死に走った。
階段を駆け上がると、ベンチに座って悲しそうな表情でミニサイズのお茶を両手で握りしめている赤津の姿があった。
少なからずその姿には僕に対しての罪悪感があるようだった。僕は赤津がいる場所から距離をとり赤津の後をつけた。住所を特定する為だ。家がわかっていなければ赤津の彼氏にたどり着けない、そう考えたのだ。
今後2人が仲直りする事を僕は望まないけど、赤津自身がクズな彼氏を好きでいる以上、いつかは彼氏が赤津を家まで送り届ける事があるだろう。
それを見張り、後をつけ彼氏の家を特定する。始まりはそこからだった。
そこに行けなければ赤津の彼氏を殺す事も出来ない。何本の電車をやり過ごしたのかわからないが、赤津はようやく重たい腰を上げ電車に乗った。
見失わないよう同車両の端に乗り込んだ。
僕の地元から5個先の駅で降りた赤津を慎重に尾行する。
20分くらい歩いた後、ようやく赤津の家を特定する事が出来た僕は、その後近所を散策する事にした。
赤津の家を見張るのに良い場所や近隣の目から見えにくい場所を決める為だ。
候補は3つ程見つかった。僕はそれで納得し自宅へ帰る事にした。
激しい筋トレを終えた僕はシャワーを浴びながらどうやって赤津の彼氏をどうやって殺し、どのように死体を処分するべきかを考えた。
人1人の死体を別な場所に運ぶのはかなり難しい事だ。車があるなら別だがまさか自転車の荷台にくくりつけ運ぶわけにはいかない。
答えが見つからないまま僕はこの夏休み中にするべき新たな事が決まった事に少なからず喜びを感じた。
お父さんの手伝いが出来ない今、手斧を振りたくてウズウズしていたのだ。
フラれたショックは大きかった。けれど代償としてやるべき事が見つかったのは良い事だった。
手斧カバーを外し柄を握る。握りしめる手に力を込め、真っ先に狙う場所をイメージした。
当然、正面から襲うわけはなかった。僕はそんな馬鹿じゃない。足を狙い機動力を奪うのは良い事だと思う。
けれどそれによって悲痛な声を上げられるのは勘弁だった。周りに気付かれるからだ。となればやはり人気のない所で襲うのが1番だ。
だがどうやってそのような場所まで誘い出す?アニメや映画みたいに赤津を騙って手紙を出すのか?全く馬鹿馬鹿しい。そんな物でノコノコやって来るような奴は現代にいる訳がない。
直ぐにLINEや電話で確認されて終わりだ。アカウント乗っ取りという手もあるらしいが僕にはそんなスキルは無い。
いきなりつまずいた形となったが悲観はしていなかった。何故ならまだ夏休みは始まったばかりだ。焦る必要は全くなかった。
夕飯を食べ片付けは僕がやった。お父さんは少しずつ気持ちの安定を取り戻しつつあるようだった。そんな印象を僕は受けた。
お婆ちゃんは相変わらずニコニコしながらお母さんとお父さんの会話を聞いたりTVを見たりしていた。
後、2、3日すればお爺ちゃんも帰って来る。内心はお爺ちゃんの病気の事で気が気じゃないだろうけど、お婆ちゃんはそんな所を微塵も見せなかった。
これが長年生きてきた人間の強さなのかも知れない。
部屋に戻ってスマホを見ると赤津からLINEが来ていた。僕からの告白は凄く嬉しかった事、そして改めて気持ちに応えられなかった謝罪が送られて来ていた。
「気にしないでというのも変だけど、大丈夫だからさ」
僕はそう返事を返した。
直ぐに既読になったけど返信はなかった。
今はこれで良い。無理に気を遣って欲しくないし、それにやがて訪れるであろう愛する人の死に向き合えるよう、今は存分にそのクズな彼氏を好きでいればいい。
僕はスマホをふせて机に向かった。今日は1度も勉強していなかったから、それをやらなければならない。宿題にも少し手をつけてから再び「川へ沈む」を読み始めた。読みながらいつしか僕はうとうとし始め、いつの間にか眠りに落ちて行った。




