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映画は個人的にはつまらなかった。ストーリーも淡々とし過ぎていてこれといったハプニングもほとんど起きなかった。
けど赤津は好みに合ったのかめちゃくちゃ面白かったと映画を見終わった後も興奮しながら話していた。
「大人達の身勝手さのせいであの男の子が不幸過ぎて泣きそうになったけど、でも、ぎりぎりで助けてくれる人が現れたりして、その度に自分の境遇を恨むのではなく、こうした出会いのある未来に希望と夢を持って生きる姿なんか、もう感動もんだったよね。そして何よりハッピーエンドで終わって本当良かった」
僕は赤津の聞き役に周り、終始うなずいたり、そうだねーなどと相槌を打ち続けた。
テンションが上がってる赤津を見るのは楽しくてこっちまで嬉しくなった程だった。
「誘ってくれてありがとう」
ストロベリーシェイクを飲みながら赤津がそう言った。
「世界には私達の知らない素敵なものが沢山あるんだね」
「うん。映画に限らずこれから生きていく間にどれだけ素敵なものに出会えるのかな」
僕は何気なくそう呟いた。
「茂木にも観せてあげたかったな」
「そうだね」
「私達の住む世界って嫌な事も沢山あるけど、でも死んじゃったら、素敵なものに触れる事もできなくなるんだもん。それは悲し過ぎるよ。だからいっぱい生きなきゃいけない。勿論、行きたくても生きられない人も沢山いるのはわかってるよ。けど生きられる人が生きていかないとそういう人達に対して失礼だと思う。だからね。私は生きるよ。いっぱいいっぱい生きるから、仲野部よろしくね」
最後は笑ってそう言った。その事に僕は少なからず尊敬の念を示した。
けれど僕の中での赤津の生はやはり死と同義だった。死んだ人が生き返る事が出来るなら僕は今すぐ赤津を殺し、身体を解体しただろう。
僕等はファーストフード店を出て駅ビルの中をウロウロして夕方に別れた。
「また自転車で何処か行きたいね」
別れ際に赤津が言うものだから、僕は乗ってるだけじゃんと言い返した。
「違います〜ナビも見てるし」
胸を張り誇らしげに言い放った赤津を見て僕は胸がドキドキした。あぁやっぱり僕は赤津の事が大好きなんだ。
「なぁ。赤津」
「何?」
赤津を駅の改札口まで見送り行き、入る手前で呼び止めた。腕を掴みこちらに引き寄せる。
「僕と付き合ってくれないか?」
赤津は突然の僕の告白に驚くと同時に戸惑っていた。しばらく沈黙の後、赤津は僕にこう言った。
「仲野部ごめん。私、大好きな彼氏がいるんだ。最近、その彼が浮気してるのがわかって喧嘩してる最中なの。勿論、こんな浮気するようなろくでもない彼氏とは別れようと思ったけれど、無理だった。思えば思うほど、好きっていう事に気付かされちゃってさ」
「彼は同級生なの?」
赤津は首を振った。
「大学1年生」
「そっか」
「ごめんね」
「いや良いよ。赤津に好きな人がいて、その人が彼氏なら仕方ないからさ」
僕はそっと掴んでいた赤津の腕から手を離した。
「気をつけて帰りなよ」
改札口を抜けた赤津に向けて、無理矢理に笑みを作って見せた。赤津は申し訳無さそうな表情でこちらを見ていた。
僕は手を振り、赤津に背中を見せるようにして踵を返した。赤津の視線を感じたけど振り向く事はしなかった。
恋愛に勝者と敗者があるとするなら僕は明らかに後者の方だった。
胸の辺りがチクチクと痛む。心臓がカミソリワイヤーに巻き付けられ力一杯締め付けられたように苦しい。
茂木もこんな気持ちを味わったんだな。そう思うとこの気持ちのままで誰かと遊んだり話したりするのは確かに苦しかった。
もしその気持ちを紛らわせられる物があるならば、きっと僕はそれにしがみ付くだろう。
そのような物が見つからなかった茂木は、僕が暮らす街まで出てきて傷ついた心に寄り添ってくれる何かを求めあのミニシアターに入ってしまったのだ。
恋なんてものは僕にとって肉体の消費にしかならないと思っていた。だが実際に言葉となってアンサーを聞かされた時、僕はその闇の深さを思い知らされた。
打ちのめされと言ってもいい。これならまだ殴られる方がマシだと思った。殴られて傷つくのは肉体だけだからだ。
僕は自転車置き場から自転車を取り出した。
自然と後ろの荷台に目がいった。ここに赤津が座ったりステップに足を乗せて僕の両肩を掴む事は今後ないのだろう。
そう思うと赤津の彼氏に腹が立った。浮気をするような最低の男なのに、赤津は別れられないという。付き合っていても幸せになれない事がわかっているのにだ。
ある意味赤津は自分の心に正直なのだろう。きっとその大学生は赤津の気持ちを利用して、都合のいいように扱っているだけだ。身体が目当てという可能性もある。
僕は自転車に乗りながら速度を上げていった。
怒りというアドレナリンが全身を駆け巡る。
僕の心臓はその大学生によって切り裂かれ、豪雨によって氾濫した河川のように体内を駆け巡る。
破裂寸前の心臓が激しくポンプアップしていく。巻きついたカミソリワイヤーの鋭利な刃が心臓を傷つける。
体内の血液は今はもう濁流となり様々な思いを運びながら僕の中から流れ出ようと、その時を今か今かと待ち侘びていた。
そう。それしかない。そうしなければ赤津はまた泣く事になるだろう。
僕は点滅している信号機を無視して自転車をかっ飛ばした。いつかきっと僕はこの手で赤津の彼氏を殺そうと思った。




