⑥④
それは重量を孕みながら深みへと沈んでいく。
そのものは既にこの世界での生を全うしていた。
全く想定外の死の訪れだったが、そのものは決して不満を抱く事なく死へと導かれたに違いない。
数人の男達の手によって運び出されたその肉塊にはチャーシューのように全身を紐で結ばれていた。
紐の先にはコンクリート製のレンガが幾つも結いつけてある。
車のトランクに押し込まれ上から毛布をかけられた。
そして数時間のドライブの始まりだ。
そのものは激しく揺れても文句の一つ言わなかった。
いや言えなかった。何故なら既に死んでいるからだ。
そうしてそのものは多摩川へ沈められた。
だが希望がないわけではなかった。いつかこの身体に結いつけられた紐が切れ川底から浮かび上がる日をそのものは夢見ていた。
そしてその夢が叶った時、そのものの皮膚は膨れ上がり青白い血管は数千匹のミミズのように全身を這い、唇は腫れ目玉は飛び出していた。
頬肉が剥がれ落ち、幾つかの歯が露わになっていた。腹部は魚が突いたのだろうか。内蔵が飛び出し凧のように川面に揺れていた…
ここまで鮮明な夢を見たのは初めてだった。
茂木の葬儀と告別式に参加した後、僕は赤津と一緒に帰った。
赤津は茂木に対して充分涙を流したせいか、この時は涙を一粒も流さなかった。斉藤こだまは過呼吸を起こすのでないかと思うくらい泣いていた。小野夢子は自分の涙を拭きながら斉藤こだまの背中をさすっていた。
飛田は韓国の泣き女のように、人目をはばからず泣きじゃくった。
僕は飛田の肩に腕を回し抱き寄せた。読経中、あやすようにずっと肩を叩いてあげていた。
落ち着きを取り戻すと飛田は茂木を殺した奴等を殺してやりたいと鼻を啜りながらそう呟いた。
「わかるよ。僕だって殺してやりたいさ」
「なぁ。仲野部、これから俺は毎日誰とゲーセン行けば良いんだ?なぁ俺は誰と馬鹿みたいにゲーセンではしゃげばいいんだ?」
「茂木しかいないだろ」
「茂木は死んじゃったよ」
「お前が楽しんでればきっと茂木も喜ぶ筈だから、誰といくとかは問題じゃないさ」
「そっか」
飛田と別れ赤津としばらく散歩した。アイスを買って公園のベンチに座る。
太陽が真上で己の強さを主張していた。
「茂木君の分まで楽しんで生きなきゃだね」
「そうだね」
それきり僕等はお互い黙り込み言葉を交わさなかった。
アイスを食べ終わりゴミを捨てに立ち上がると赤津が帰るねと言い出した。
「またLINEするから」
そう言い僕の返事も聞かずに帰って行った。
仕方なく僕も帰宅して全裸になり扇風機をつけて筋トレをした。とことんまで身体を痛めつけた後、そのまま床に寝転んだ。扇風機の風が心地よくていつしか眠ってしまい、そしてあの鮮明な夢を見て目が覚めたのだ。
恐らく2時間近く寝ていたようだ。
夢のきっかけは茂木の告別式だと思う。
でもそれなら別な奴が出て来てもよいものだと思うけど、何故か夢には僕が最初に殺した浦尾徹也が出てきた。それも僕の知らない筈の場面が夢として現れた。
リアリティさに驚きはしたが怖くはなかった。何故なら浦尾徹也が死んでいるのを知っているからだ。本当に怖いのは死んだ人間ではなく生きている人間だ。その人間は腹に何を抱え込んでいるかなんて本人以外には分かりようがない。わかっていたら、僕はあの日、ミニシアターへ足を踏み入れる事はなかったのだから。
僕は裸のままスマホを手に取った。夢で見たものが頭から離れず咄嗟に頭に浮かんだイメージを実現する為にAmazonにインした。作業着とカミソリワイヤーを購入した。
作業着を着ていれば手斧をつけて街中へ出ても怪しまれないと思ったのだ。カミソリワイヤーは薔薇の棘のような物だが、それを使っても相手は致命傷には至らないが、だが代わりに痛みをひきずるような武器としてなら良さげ思い買う事にした。
要するに有刺鉄線の棘がカミソリの刃になっているものだ。それで身体を巻き付ければ身動きをした瞬間にカミソリの刃が皮膚を傷つける。逃れようとすればするほど自らの命を削り取るようなものだ。これも夢から得た発想だった。手斧を使い一撃で切断するのも良い。
でもカミソリワイヤーを鞭のように操る事が出来ればそれはそれで楽しそうだと思った。いつの日か、僕はそれらの武器を携え漂白者となる。そしてアリゲーターマンと変貌し、生きていてはいけない人間に死という制裁を与えるのだ。
スマホをベッドに放り投げ服を着た。階下に降りると誰もいなかった。
冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出しコップに注ぐ。一杯目を一気に飲むと空になったコップに再び麦茶を半分だけ注ぎリビングへ戻った。
TVを見ようとテーブルの上に整頓されたリモコンに手を伸ばしテーブルに戻す時、置き手紙がある事に気がついた。
「お婆ちゃんとお父さんの3人で病院に行って来ます。その後買い物をして帰るから帰宅は夕方くらいになると思います」
お母さんからだった。
「追伸、いくら真夏だからといって裸で寝るのは良くないからね」
お母さんはわざわざ部屋まで僕を呼びに来たようだ。お爺ちゃんのお見舞いに来て欲しいと思っているのだろう。
けど入院はもうすぐで終わる。自宅療養になるからだ。ならばわざわざ病院に行かなくたって直ぐにお爺ちゃんに会えるのだ。だから行く必要はない。
僕は頻繁にチャンネルを変えた。昼間は面白いものがやっていない。CATVに変更しミステリーチャンネルに合わせた。
ダラダラとやっているドラマを眺めながら夏休みってこんなにも退屈だったっけ?とそんな思いが頭の中を過った。
いや違う。退屈と感じるのはやるべき事を後回しにしてるからだ。僕はTVを消した。
トイレに行き顔を洗った。部屋に戻り、手斧を取り出す。腰に巻いて素早く抜き取る練習をした。利き手とは逆の位置の腰に刺して利き手やそうでない手で抜き取る練習をした。その後で僕は机に向かい夕方まで勉強をした。
お母さん達が帰って来ると僕は風呂を掃除しておいてと頼まれた。面倒くさいと思ったけど、黙ってやる事にした。お父さんは相変わらず、浮かない表情だった。話しかけるのを躊躇してしまう程、近寄りがたい空気を纏っている。
僕の考え過ぎだと思うけど、何か上手い言葉が思いつかなかった。
早朝の釣りの時も、必要最低限の会話しかしなかった。だから仕事でも入れば改めて教えてもらいながら会話も出来るのに。洗ったお風呂をお湯で流しながらそんな風な事を考えた。
お風呂掃除を終えて、それを伝えにリビングに行こうとしたらお父さんに呼び止められた。
「今後は自由に使っていいぞ」
お父さんはそう言い、手のひらを上にして僕に向かって突き出した。
一瞬、何の事か分からなかったけど、手のひらに乗っている物を見ると意味が理解出来た。
それは小屋の合鍵だった。
「いいの?」
「あぁ。ちょっと色々あってな。しばらくお父さんは仕事をする事はなくなったから、それだとせっかく夏休み中、手伝うと決めてくれたお前に悪いからな」
お父さんは僕に気を遣って合鍵を作ってくれたようだ。
「だから自由に使っていい。でもまぁ中に入った所でやる事は鰐の水槽の水抜きや床の掃除、工具類の手入れくらいのものだが」
僕にはそれでも充分だった。あの場所に自由に出入り出来ると言うのはお父さんが認めてくれた証でもある。それが何より嬉しかった。
「ありがとう。大事にするね」
「なくすんじゃないぞ」
「わかった」
お父さんはいいリビングへ向かって行った。
僕は部屋に戻り机に向かう。しばらく合鍵を眺めていた。このままだと無くしちゃいそうだからキーチェーンを買いに行こう。
僕は夕飯までには戻るとお母さんにいい、自転車に乗って100円ショップへ行く事にした。




